第16話 禁書ニ記サレシ文

 客室にある椅子に腰掛けて休んでいると、アル村長が説明会の直前に言ったことを思い出した。


『早速昼から学術稽古を始めるので心構えを作っておくように』


「学術稽古と言われても、文字の読み書きができないから何もできないよな……」


 ステータスに表記されている文字は読めるのに、本の表紙に書いてある文字は読めない。これらに使用されている字は同じなのだが……。


 ちなみに、僕は日本語や英語、イタリア語やフランス語などの言語の読み書きはできる。


 本の表紙に書いてあった文字――は長いので「この世界の文字」と呼ぼう。この世界の文字は僕が見たこともない不思議なものだ。


 英語のアルファベットやギリシャ文字のアルファベットに似ているような気がする……というよりも、混ざったような感じだろうか?


 当たり前のことだが、知らない言語を読めるわけがない。当然、僕が文字を解読することはできなかった。


   *


 昼食が終わってから少しの時間が経った頃。僕とソルデウスはアル村長に呼ばれたので、指定された部屋に向かう。


 ギギィ……


 この家の扉は相変わらず軋んだ音を出す。こっそり侵入しようとしても簡単に発見されてしまいそうだ。


 そんなことを思いながら部屋に入る。僕が部屋に入って初めに目に入ったのは

長机だった。長さは僕が5人並んでも余裕があるくらい。


「この席に座りなさい」


 僕とソルデウスはアル村長の指示通りの席に座る。


「初めに君たちの実力を測るために座学の模擬試験を行ってもらう。科目は  数学、文学、科学、歴史学、魔法学の5つ。それぞれの配点は100点で、制限時間は5時間だ」


 ……数学、文学、科学、歴史学はまだいい。問題なのは「魔法学」だ。僕は魔法とやらを知らない。ステータスに魔法の欄があったので存在していることは把握しているのだが。


 これを踏まえた上で、模擬試験を受けるとしたら僕の点数予想は……0点だ。そもそも問題文が読めないので答えられるはずがない。例えば、日本語しか分からない日本人がモンゴル語で書かれた問題を解けるのか、ということだ。


 勿論、選択問題なら運で解けるのでは……とも考えた。だが、どの問題が選択問題なのかすらも分からないだろう。


「何か質問はないか?」


「あの……私は文字が読めないのですが、どうすればよいのでしょう?」


「文字が読めないだと? ……ああ、確か記憶の一部が欠損しているのだったな。それなら仕方ない。模擬試験はソルデウスだけが受けて、模擬試験の代わりにレイ君は文字の学習をしよう」


 文字が読めないと言ったら、すんなりと受け入れてくれた。……それが何だか不審に感じるのは俺の心が穢れているからなのだろうか。


   ***


 『不思議な人物』


 私がレイ君に対して感じたことがこれである。何と言えばいいのか分からないが、歪なのだ。彼はあやふやな存在で、きっかけがあれば良い方向、または悪い方向に大きく向かうことは確実だろう。


 ガラス細工は美しいが、簡単に崩れる物。レイ君はそれに似ている。きっかけが最悪の物であった場合、壊れてしまう可能性もある。慎重に扱わなければいけない。


 また、言葉を話すことができるのに文字を書けないこともおかしい。彼は記憶の一部が欠損していると言ったが、それを信じることはできないな。



『俺は……世界を壊して神を殺す。これだけは絶対に成し遂げてみせる。これが

俺に唯一できることだから』



 ……レイ君のことを考えていると、一つ言葉が思い浮かぶ。なぜだろうか。毎回この文が頭から離れない。


 あの御方の許可が出たとしても、安易に禁書庫の書物を読むのはやめておいた方が良かったのかもしれないな……。


 禁書庫にある書物には、様々な人物の生い立ちや逸話が記されてあった。その中の一つにあの文が登場したのだ。



『ヴェルガリアの一族は……異常だ。ローデリアの血も極僅かながらに混ざっているからこそ、更にその異常さが際立っている』



 これもその書物に記されていた文である。ヴェルガリアもローデリアも聞いたことがないので調べてみたが、判明したことは一つも無かった。


 ヴェルガリアもローデリアも、一体何のことなのだろう?



   ***



 世界ニ潜んでイル闇に気付ク者は誰もイナイ。


 夜空ニ浮かぶノハ朧月と輝ク星。ソレハもうナイ。


 振り下ろされタノハ正義ノ鉄槌ではナク、かすカに紫紺の輝キを放ツ漆黒ノ鎌ダカラ。


 振り下ろされタノガ正義ノ鉄槌だったのナラバカエッテキタのかもシレナイ。ダガ、漆黒ノ鎌ナラバ、失ったモノはカエッテコナイ。


 ――ソレが、コノ世界のコトワリなのダ――

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