第8話 深淵の魔女
とある人物を始末する、という普通なら絶対に呑まない要求だが、従わないといけない身なので大人しくする……ではなく、積極的に協力する。
ひとまず、情報収集から始めよう。情報が全くない中で急に「とある人物を始末しろ」と言われてもすぐに殺せるはずがない。
「とある人物とおっしゃいましたが、その方の情報をご教示願います」
「……その堅苦しい口調はやめてくれ。話はその後だ」
情報を教えてほしいと言ったら、口調の改善を求められた。解せぬ。
「承知いたしました……いえ、分かりました」
「これでいいだろう?」という眼差しをアル村長に向けながら話すと、満足したように頷いた。
「では、現在判明している情報を伝えよう」
その人物がそれほど厄介な相手でなければ良いのだが……。
「その人物は12〜13歳ほどの魔族の少女だ。彼女は〈
〈
「他の情報はありますか?」
流石に、この程度の情報では人物を特定することなどできはしない。もっと情報があるといいのだが……。
「他の情報か……。残念ながらそれはない」
これだけの情報で特定し、始末しろと言っているのか? 無謀すぎる。いくら何でも無理だろう。
「お〜い! 資料を持ってきたよ……って、あれ? 何でレイ君はこちらを見てくるのかな?」
ティグリスが姿を現した瞬間、僕はティグリスを見つめていた。この男なら情報を持っているのではないのかと考えたからだ。尚、どうしてそう思ったかは僕でも分からない。
「ティグリスさんなら任務のターゲットの情報を知っていると思ったので」
こういう場合な素直に話すのがよい。適当なことを言っても意味がないしな。
「任務のターゲット? ああ!『深淵の魔女』のことか!」
「『深淵の魔女』?」
聞いたことがない言葉に首を傾げるアル村長。
「ターゲットの少女の二つ名だよ。兄さんは知っているはずだけど?」
「悪い。それを聞いた記憶はない」
「はあっ、はぁっ」
二人がそんなやり取りをする中、唐突に
「はぁッ、はァッ!」
俺の頭はぐちゃぐちゃに掻き乱れていた。
ガタンッ! 何かがぶつかった音が聞こえる。あれ? 何だか頭が……。
「おい、レイ君! 大丈夫か!」
その声を最後に、僕は意識を手放した。
***
なぜか……過去のことを思い出す。俺が……忘れたかった記憶を。
◇
『私はシルフィーネ。貴方の名前は?』
『俺の名前は……ゼロだ。まあ、お前とはもう二度と会わないだろうがな』
*
『私のことは「魔女」じゃなくてシルフィーネって呼んでって言ってるでしょ!』
『おい、魔女。いちいちうるさいぞ。お前のことをどう呼ぼうったってお前には関係がないことだ』
*
『だぁーかぁーら! シルフィーネって呼んでよ!」
「……しょうがねぇな。一度だけだぞ。……シルフィーネ』
*
『ねえ、ゼロ。私のことはシルフィーネではなく、シルフィと呼んでちょうだい。あと、貴方の本当の名前も教えなさい!』
『分かったよ……シルフィ。俺の名前はレイだ。覚えておけ』
*
『レイ。貴方がどんな選択をしようとも……私はついていくわ』
『……その選択が神を殺す、ということや、世界を滅ぼす、ということでもか?』
『……』
『なあ、黙ってないで答えろよ! シルフィーネ・カイゼル・ロザリーナ!』
『……私はそれでもっ……!』
*
『「深淵の魔女」、お前は……こいつに勝てるか?』
『ここは私が引き受けるから貴方……いえ、「復讐の
*
『俺はどうすればいいんだ! 答えろよ……シルフィ! 答えてくれ……!』
◇
思い出したくない嫌な記憶が蘇る。もう、
どうして、どうして!! よりにもよって、その二つ名なんだよ!! あの頃を思い出してしまうではないか……! あの、頃、を。あの、少女、を……。
美しい
忘れようとしても……彼女のことは、忘れられないッ……!
***
「話している最中に倒れた? はっ! 何とも情けないな」
アル村長からレイのことを聞いたソルデウスは笑う。心の中で何かが沸き上がってくるのを感じる。黒い、ナニカが。
「俺は認めないからな。レイ……!」
端正な顔を歪めながら不敵な笑みを浮かべる。己の心に黒い塊が鎮座していることなど、ソルデウスには分からなかった。
――――――――――――――――――
次回はレイ視点に戻ります!
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