第41話 オープン記念特別ドッキリショー
3月、クラブ エスカイアのオープンの日がきた。キラキラと輝くネオンが立ち並ぶすすき野の中でも、七色の流星をあしらったクラブエスカイアのネオンは、一段と輝いていた。
メインエントランスの両サイドは道漁連など、道内各地の著名団体から贈られた花輪で埋め尽くされた。
道行く人たちには桝酒がふるまわれ、南4条は店の外までお祝いムードに包まれていた。
店内では50名のフルオーケストラがムード音楽を奏で、フロアではチークダンスの二人の肩を淡いランプが照らし、ホステスの化粧の匂いが心を揺さぶる。
夜遊びに慣れた紳士たちも「ああ、これがキャバレーだ」と、思わず呟くほど、煌びやかさに満ちていた。
ステージは変わり、ポール梨木が登場した。ポール梨木の「ラ・マラゲーニャ」と「キエンセラ」と「その名はフジヤマ」は、まだ手稲山に残る雪をも溶かすような、ラテンの熱さだ。
ステージは変わり、スポットライトが洋子を照らし出した。
洋子がノースビアーズが奏でるストリングスに乗せて、「霧の街」を歌い出すと、「おー」と客席からどよめきが聞こえた。
札幌の有線でも洋子の「霧の街」はよく流されていて、8チャンネルではリクエストが1位、2位を争うほどの人気曲になっていた。だが名前が明かされず、どんな人が歌っているのかと、話題になっていた。そこに突如本人が現れたので、場内は騒然となった。
洋子が深々とお辞儀をしてステージを降りようとすると、洋子を制止するような仕種をして、予定より早くバーブ佐竹がステージに上がってきた。
そして「誰が名づけた川なのか……」と、大ヒット曲「ネオン川」を歌い出すと場内はシーンとなって聞き入った。
と、そこに真っ暗なステージの袖から背の高い、外国人が現れて、なんと、洋子の手を取ってダンスを始めた。あっけにとられた洋子を後目にバーブ佐竹は、ちょっとニヤッと笑ったあと、悠然と歌い続けた。スポットライトが徐々に上に上がってきて、男の顔を照らすと、なんとその人は、「太陽は燃えている」などたくさんのヒット曲を持つ国際的なイギリスの人気歌手、エンゲルベルト・フンパーディンクであった。
エンゲルベルト・フンパーディンクはたまたま私用で来日中、札幌に日本一のキャバレーがオープンすると聞いて、急遽駆け付けたのであった。出演の話が決まったのはクラブエスカイアがオープンする3日前で、プロモーターとの契約の関係上、私用で来日したときは歌えないことになっていた。
そこで歌わないという条件付きで、ステージに立ってもらったのであった。
そのことは洋子にだけ内緒にされていて、ドッキリカメラのような仕掛けであった。もちろんお客さんにも知らされてなく、お客さんも巻き込んだオープン記念特別ドッキリショーであった。
バーブ佐竹は続けてこれも大ヒット曲、「女心の唄」を歌った。
エンゲルベルト・フンパーディンクが「カモン」と人差し指を動かすと、フロアにはチークダンスの影が揺れだした。
ダンスをしない席では引田天祐のテーブルマジックが始まっていた。
トリックとは知りつつも、客は天祐の鮮やかな手さばきに魅了され、500円硬貨を何枚も何枚も払い続けた。
ステージから一番遠い2階席に。㋥佐々木の専務になった甚弥と常務の菊池順子と、元衆院議員の滝沢修一がいた。
「先生お元気そうですね、あっちの方はどうですか」と甚弥が話を切り出すと、
「当たり前だ、毎日ビンビンだ。おい菊池、釧路にいるときはできなかったけど、
今日はやっちまうからな、覚悟しとけよ」と、相変わらず口だけは達者な親父だった。
だが滝沢にはまだ北海道漁連の会長という肩書が残っている。
㋥佐々木にとって滝沢はまだまだ使える男であった。
「お前たちが2人揃ってここまで来たのは末広町のことだろ。席を用意しておくから、難しい話は明日だ」と、㋥佐々木と滝沢修一は、再び組むこととなった。
ともかく、クラブエスカイアのオープンの日は、大盛況で終わった。
そのころ、アカネではベンチャーズが、「テケテケテケ」とお馴染みのエレキサウンドを鳴らしていた。
ここでも若い客とホステスが「キャー」と悲鳴のような声で叫んでいた。
どっちの入りが良かったかは別として、すすき野はクラブエスカイアの誕生によって、一層輝きを増した。
だが明日にはエンゲルベルト・フンパーディンクはいない。バーブ佐竹とポール梨木が出演するのも二日間だけだ。明後日からは洋子が一人だけでステージを務めることになる。本当の闘いはこれからだ。洋子は身が引きしまる思いがした。
☆☆☆
そのころ釧路では、パット・ブーンがニュー東宝のステージで「砂に書いたラブレターを、あの甘いマスクと甘い声で、ホステスたちをうっとりとさせていた。
ホステスだけではない。この日のためにバスが仕立てられ、ニュー東宝は満員の 盛況であった。
☆☆☆
「ねえ、高弁ちゃん、あんたパット・ブーンを聞きたくて来たの。本当はデビー・ブーンが一緒に来ると思ったんじゃないの」
「デビー・ブーンなんて聞いたことがないな」
「デビー・ブーンってのはパット・ブーンの娘で、『恋するデビー』っていう曲でビ
ルボードで10週連続第一位になった人よ、だけど2年前に20歳で結婚しちゃったよ、残念だったわね」
「パット・ブーンを聞きたいから来たに決まってるだろ、そうでなきゃ高い金を払ってこんな店に来ると思うか」
「こんな店で悪かったね、あんたが興味あるのは金と女だけってのは、分かってるわよ」
「おい汐未、金と女だなんて、人聞きの悪いことをいうなよ。俺はどっちも興味ないな」
「そんなことよくいうね、あんたが乗り回してる白いベンツは、料理研究家の可乃子の車でしょ。あんたは金づると女の両方を掴んだってわけだよね」
「可乃子とはもう縁を切った、あの車は借りてるだけだ」
「それはどうかな、この前、可乃子がテレビで言ってたよ『おいしい料理のコツは最後に愛情という調味料を入れることなのよ』って、どっかで誰かがいってたことをそのまんま言っちゃってさ、可乃子が言う愛情ってさ、あんたの指を鍋に突っ込むことじゃないの、そんなのってさ、汚くて食べられたもんじゃないよ」
「お前がそんなことを言ってるうちに、パット・ブーンの歌が終わっちまったじゃないか、どうしてくれるんだ」
「第2部があるから大丈夫よ、今日はゆっくりしてきなさいよ」
「しょうがないな、じゃあ第二部が始まるまでダンスでもするか」
「高弁ちゃんとダンスをするの ? 知り合ってからずいぶん経つけどダンスをするのは
初めてね。でもダンスよりいいことがあるじゃないの、私はあっちの方がいいわ」
「お前とはいつかはやろうと思ってたとこだ。じゃあ明日、リバーサイドホテルではどうだ」
「明日は都合が悪いわ、明後日じゃどお?」
「明後日でもいいけど忘れるなよ」
「高弁ちゃんこそ忘れないでね」
ステージではパット・ブーンが2回目のステージで「エイプリルラブ」を歌っていた。
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