寵愛の悪魔

天ヶ瀬

「あら、夕立かしら」

 その日は、檸檬の木の葉が蒼い日の小さな逢瀬だった。

彼女は細く白い指をティーカップから離し、

木陰の日傘から顔を覗かせる。

「本当だ。雨の香りがしているね。」

 私もその方向を見やると、

辺りの空気は湿り、空には日暮れ色に灰がかかっていた。

私と彼女は腕時計をチラリと見る。

「どうしましょう。もうこんな時間なのに...」

 時刻は夕の五時。外は既に雨の空気に覆われはじめていた。

彼女は困った顔をして、雨露が滴る葉を小さく触っている。

私は腕時計をもう一度見て、少し考えると、彼女に手招きをした。

「もしよければ、泊まっていくかい」

 彼女の長く、艶のある黒髪が雨に掠めている。

病弱な彼女の身体に万一があれば。そう考えれば考える程、

私は理由もなく息が苦しくなるのだ。

「こんな雨の中で外に出れば、風邪を引いてしまうよ」

 少しの間を置くと、彼女は少し嬉しそうに微笑んで答えた。

「なら、お言葉に甘えようかしら」

彼女は私の手を取ると、少し頬を赤らめて呟いた。

「それに、貴方といる時間が、少しでも長くなるのですものね」

その小さな言葉はどうにもいじらしくって、可愛らしい。

 私は彼女の手を引いて屋敷へと向かう。

小さな歩幅、楽しそうに弾む声、綺麗な横顔。

その全てが、愛おしいのだ。

嗚呼、ころしてしまいたい程に、愛おしいのだ。

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