頬をつたう

秘すれば花

第1話

私は人前で泣けない。




金沢名波(かなさわななみ)は海沿いの町に住む25歳。


「大人」と呼ばれる年齢になってはや数年、大学受験や就活を越えて市役所に就職し、社会人4年目。


私の住んでいる地域にいる人たちといえば高齢の方々が中心だ。バリバリ働いている中年のおじさんたちもいるが、そういう年上の誰かと話せば「あんたはまだ若いからねえ」という言葉がすぐに出てくる。それくらいには田舎だ。


4年も社会人をやっていると仕事にも慣れてきた。大変なこともあるが、少しずつ責任のある仕事もできるようになってきている。転職を考えていた時期もあったが、このまま市役所で働くのも悪くないのかもしれない。


家は実家に住んでいる。両親と、高齢のおじいちゃんと4人暮らし。おばあちゃんは、少し前に亡くなってしまったけど、無事葬儀やその後の法事を終えて、ほっとしたところだ。趣味はメイクやコスメのYouTubeやInstagramを見ること。休日は少し離れたカフェなんかに友達と行く。


そのへんによくいる、地域の実家住み25歳。

そんな私には、人に知られたくない秘密がある。




それは、人前で泣くことが極度に恥ずかしいと感じることだ。

つまり人前で泣くことができない。


小学校のものごころついたころから、この特性をもっていた。


私が通っていた小学校では冬になると必ず耐寒訓練というものがある。寒い中を半袖半ズボンで、小学生なのでせいぜい1kmくらいの距離を同性の友だちと走り、順位を競う。もちろんはなからやる気のない連中もいたが、私は当時ものすごく負けず嫌いで、そういう勝負ごとは全部本気だった。今思うとあまりにピュアだ。


当時高学年だった私は、ロングだった髪を頭の下の方に、一つにきゅっと結って赤白帽子をかぶった。全力で挑んだにも関わらず最後に2人に追い抜かれて4位。ゴールのラインを過ぎた瞬間、あがる息と一緒にぎゅっとのどに込み上げるような苦しさを感じる。泣きそうになっていた。


でも、泣くのが恥ずかしいのだ。

もう5年生で、上級生なのに泣くなんて、と思っていたのかもしれないし

その日は家族も応援に来てくれていたので、涙なんて見せたくないと強く思っていたのかもしれない。


そんな泣きたくない気持ちと、目の前の「負けた」という事実を受け入れたくない、つまり悔しいという気持ちにまさに板挟みになり、心で渦巻く嵐のような気持ちたちを、必死で下唇を噛んで押しつぶし誤魔化した。


ただ、当時私はまだ子どもだった。

誤魔化したつもりの気持ちは、全てでなくとも一部だけ涙となり目に溜まってしまった。ゴールした後に並ぶ位置に向かいながら、瞳に水分がたまっていくのを感じる。視界の下部が揺らめき出し、まずい、と思う。


ゴールした私たちは体育座りをして並んで待つことになっていた。教師がまだゴールしていない子を応援するように声をかけている。その声が耳には届くが、自分のことに必死で、他の誰かの応援なんてできない。


本当は今すぐ息を細切れに吸って泣き出したい。だけどそれをしたくはないから、バレないようにゆっくり息を吸って吐く。少し息がふるえる。体育座りしたその膝と膝の間に頭をもたげた瞬間、両目から


パタタッ


とほぼ同時に涙の粒が校庭の砂の上に落ちた。少し視界がはっきりする。そのタイミングでまぶたを強く閉じ、瞳に溜まった涙を無くすと、体操服の肩のところで強く両目を拭いた。



小学生のころから、こうして泣きそうなときをやり過ごしてきた。

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頬をつたう 秘すれば花 @ivory0

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