第四十八話「悪夢は再び・・・」


「じゃあ、今夜は皆で夕ご飯にしましょう」


 そこで今まで完全に沈黙していた祖母が口を開いた。鋼志郎さんは対策が有るからと遠慮して帰ってしまったのが残念だったが俺達は五人で晩餐となった。


「婆ちゃんと爺ちゃんに買って来たお土産有るから、それも出してね」


 台所の方から「わかった」と返事が来たが今ここに居るのは俺と祖父だけだ。優姫たちは祖母を手伝うと行ってしまったから今は二人きりだった。




「……何を買ってきたんだ?」


「モツ煮だよ、爺ちゃん好きだろ?」


「ああ、覚えていたのか……ふっ」


 帰りの休憩のPAで地場産のお土産を用意していた。二人の事を話すための手土産として他に地酒も買って来たとは今さら言えない。だから普通にお土産として二人には出す事にした。


「去年も買って来たら喜んでくれたからさ」


「ふふっ、そうだったな…………あやつも、良則もそうだった。秘書時代は、よく好物など用意してくれた」


 その名を聞いて俺はゾクリとしてから拒絶反応が起きていた。木崎良則……何年振りかに聞いた俺の父の名だ。


「そう……なんですか?」


「ああ、あやつも曜子……お前の母も気が利いていたのだが……な」


 あれから俺は一度も両親とは会っていない。祖父も、爺ちゃんも同じらしい。だが婆ちゃんだけは俺達の目を盗んで何度か会いに行ったそうだ。


「お前も笑うか?」


「ううん、婆ちゃんの自由だよ」


「違う、意地を張っている私を、だ」


 その爺ちゃんの言葉は俺の両親を拒絶していることか、それとも俺と二人の関係を指しているかは分からない。でも悩んでいるのは分かった。


「爺ちゃんの気持ち分からないけど、理解はできるから」


「そうか、お前も私と同じと思っていたのだがな」


「助けてもらったこと、大事にしてもらってること感謝してるよ……今でも」


 俺が傷付いた時、苦しかった時を支え守ってくれたのは間違いなく祖父母だ。にも関わらず俺は自分の想いを優先し祖父を、爺ちゃんの厚意を無下にしている。


「ふぅ……お前の道は修羅の道、場合によっては兄らより業が深い」


「分かってる、よく考えてから結論出すよ。でも今は……二人を助けたい」


「その心に嘘偽りの無いことは分かっている、分かっているのだが、な」


 でも信じられないのだと思う。娘夫婦のていたらくっぷりと僕ら孫の反発も含め祖父は本当に苦労しているし俺自身も申し訳なさでいっぱいだ。


「信じてとは言えないけど……頑張るから、俺」


「そう、か……分かった」


 そして俺は、この言葉を文字通り有言実行しなくてはいけない事態に追い込まれる事になる。それは僅か三日後だった。




「大学はどうだった悠斗先輩?」


「ああ、マスコミ関係は異常無しだった……ほら一年のレポート課題だ」


「ありがと、でも大丈夫なら私も出ても」


「そうだよね私も、家に戻って着替えとか欲しいし」


 あれから三日、警察の記者会見やワイドショーでストフリ事件は報道された。通称『第二次ストフリ事件』は終結。そして逮捕者も続出し世間はセンセーショナルな話題に飛び付き今なお好き放題に騒いでいた。


「せめて一週間は様子見って話なんだ、我慢して欲しい」


「いいんじゃないの? 優姫ちゃんも、芽理愛ちゃんも着替えが少ないのよ」


「婆ちゃん……でもそっか、旅行の分のが有ると言っても限界か」


 実際、大学に行っても鋼志郎さんの懸念は外れたようで俺が追われるような事態は無かった。ただ一つだけ変化は有った。


「え? フットサル同好会が潰れた? ほんとですか先輩?」


「ああ、主要なメンバーが自主退学して残りのメンバーも休学、現メンバーも半分以下だから別サークルを申請したそうだ」


 残った人間は真面目にフットサルをやる人間と、あの旅行では関係のない人間達ばかりで俺達のサークルと、ぶつかる危険は無いと朝霞も言っていた。


「あの人達、まさか悠斗を怖がって?」


「そんな連中には見えなかったけど……でも二人が家に戻るくらいなら大丈夫かも」


 祖母の提案通り俺達は紅林と優姫の家を巡ることになった。一週間は様子を見ろと言われたが一時帰宅くらいなら大丈夫だろう。


「あの、それと少し買物とかも」


「私も……」


「分かった。じゃあ駅前に行こう」


 そう言うと二人は部屋で着替えて来ると戻って行った。だけど一応は用心が必要だと思った俺は祖母に伝言を頼んでおく事にした。


「婆ちゃん悪いんだけど爺ちゃんにも連絡しといてくれる?」


「ええ、三人でデートね? いってらっしゃい、あと悠斗これを」


 そう言って祖母は自分の財布から一万円札を五枚も渡してくれた。おまけにカードも好きに使えと緊急時用のクレカの使用まで許可してくれた。


「婆ちゃん!? でも……」


「女の子が二人もいるんだから、頑張りなさい」


「頑張るって……そんなの」


「お爺ちゃんにも頑張るって言ったんでしょ?」


「あっ、うん……二人はさ、最近まで本当に酷い目に遭ってばかりで……だから支えたい、守りたいんだ、俺」


「ええ、悠斗。あなたは本当に優しい子よ、やりたいようにしたい事をしなさい」


 そして男女三人で買物に出た。デート……では無いと思う。だが二人は化粧をバッチリ決めていた。




「買い物は今ので最後?」


「うん、でも……全部買ってもらって……わるいよ」


「いいから、婆ちゃんにも予算をもらったから、二人は我が家のゲストなんだし心配しないで」


「ありがと先輩、でも、こういうのはこれっきり、私も優姫も先輩には借りも恩は有っても貸しは一つも無いから、本来は守られる資格だって……」


「ああ、だからこれは俺がしたい事だから……さて次は二人の家だ!!」


 俺が言うと優姫は困った笑みを、紅林は呆れて苦笑し渋々といった感じで従ってくれた。次は車でそれぞれの家だ。まず紅林のマンションで彼女が荷物をまとめて出て来ると続いて優姫のアパートへ行く事になった。


「それにしても優姫のアパートはセキュリティが……」


「なるべく急ぎで安いとこ探したから……」


 車を前に路駐して、すぐに戻ろうと三人で優姫のアパートを見た。言い方は悪いがボロアパートだ。


「そっか、その……良ければ、このまま屋敷に……」


「先輩、優姫の部屋の前……誰かいる」


 下から見た時には誰も居なかったのに……突然? 人が現れたような感じだった。そして、その人物は振り返って俺達を驚愕させた。


「やっと来やがったか……久しぶりだなぁ、悠斗ぉ!!」


「なんで、お前が……ここにいるんだよ……誠一郎」


 そこに居たのは紛れも無く俺の兄、木崎誠一郎だった。

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