夏の骸
華野マルメ
蝉
「ねえ」
炎天下の中堤防を歩いていると何処からか声が聞こえる。
最初は自分に向けられた声だと思わなかったが、
「ねえ」
と再び聞こえた声に不信感を覚え振り向く。
否、振り向いてしまった。
「「貴方だよ」」
これは彼女の物語であり
憐れな骸の記憶だ
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「貴方だよ」
振り向いたと同時にそう言われた俺は目の前に立っている少女に目を奪われる
何故なら少女は炎天下には似合わない真っ白な見た目をしており、着ている服や肌までもが真っ白だ。
そして極めつけには膝裏にまで届きそうなくらいに伸びた長い髪ですらも雪を思わせるような白であり目を奪われないわけがなかったのだ。
そんな少女に見とれたまま固まっていると再び少女から声を掛けられる
「ねえ、あの、大丈夫?」
目の前で手のひらを左右に振られハッとする
「あっ、うん...」
思わずタメ口で答えてしまったが少女は気にすることもなく満足げに微笑む。
「あの、それで何の用ですか?」
恐る恐る少女に声をかけた理由を問う
「そうだ忘れるところだった」
「君、A組の日向くんでしょ?」
突然そう言われ焦る
「なんで、俺のこと」
確かに俺はA組の日向で合っているが俺の知っている人物の中に
こんなにも特徴的な少女は居ない。
一人で困惑していると少女は少し悲しそうに笑う
「もしかして私のこと覚えてない?」
悲しそうに言われ必死に少女のことを思い出そうと自分の記憶を遡る
すると薄っすらだが学校の近くに流れている川で
白い帽子を深く被った少女の探し物を手伝った記憶がある
「もしかして...」
小さな声で呟く。
「思い出してくれたかな」
「私の名前は空蝉真白。真白って呼んでね」
そう自己紹介をし真白はニッコリと笑いながら手を差し伸べる
握手ということで良いのだろうか、緊張しながら俺も手を差し出し握手を交わす。
「さて自己紹介も済んだことだし日向くんにまたお願いしたいことがあるんだ」
「俺にお願いしたいこと...?」
面倒だなと感じながらも自己紹介までされてしまっては断るのも忍びないため大人しく話を聞く。
「うん、私の帽子を探して欲しいんだ」
「帽子ってあのとき被ってた白い帽子?」
「ううん、あの時の帽子じゃなくて茶色の帽子」
「お気に入りだったんだけど川で風に飛ばされちゃったんだ~」
と項垂れながら言う。
まあ帽子を探すくらいなら造作もないため
「うん、それくらいならいいよ」
と返す。
すると真白はとても分かりやすく喜ぶ
「やったー!やっぱり日向くんは優しいね」
「これくらい別に...」
「それに俺は優しくなんてない」
ボソッと息を吐くように言う
「ん?何か言った?」
「いや、何も言ってないよ」
「...そっか」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
堤防から川に降りてきた俺達は早速真白がなくした帽子を探す。
帽子はどうやら小さくて見つけずらいらしく色も茶色と目立たないので少々時間がかかりそうだ
「そういえば風に飛ばされたって言ってたけど川に落ちて流されてはないの?」
「うん絶対に流されてはないよ」
何故流されていないと言い切れるのか不思議だったが
あまり話をややこしくはしたくないのでこれ以上は聞かなかった。
それから暫く大した会話もせず草むらなどでひたすら帽子を探していたが
そう簡単に見つかるわけもなく少し休憩しようと真白に声を掛けかけたとき気づいた。
真白が帽子を探している場所は草むらや影になって見えにくい場所ではなく"木の幹"だったのだ。木の幹を凝視しながら見つめる真白を不審に思いながら声を掛けるか迷っていると真白に喋りかけられる
「日向くんって蝉は好き?」
「え...?」
突然そんなことを聞かれ混乱するが答える
「蝉は好きだよ」
「だって蝉はたった一週間くらいしか生きられないのにあんなにも力強く生き、一生懸命に鳴いているんだ」
「それってとても素敵なことだろ?」
自分の好きなものを語り始めると口が止まらなくなる
昔からの悪い癖だ
「でも俺は蝉が羽化するときが一番好きなんだ」
「...どうして?」
「真白は蝉が羽化する瞬間って見たことあるか?」
「殻を破って出てくる瞬間の蝉は綺麗なんだ、まるでこの世の生き物じゃないくらいに儚い雰囲気を纏ってる」
それに、
「真白みたいに真っ白なんだ羽化する瞬間の蝉は。」
「だからかな、真白を見た瞬間に蝉を思い出したよ」
あの時見つけた白い蝉を
「俺の蝉好きに周りの人達は引いてたけどあんまり気にならなかった」
「きっと俺の蝉への感情は恋に似たなにかなんだろうな。」
好きな理由を一通り語ったあと真白に問う
「真白は蝉、好きか?」
真白の方を向き直り視線を投げかける
すると真白は
「私はね、大っ嫌いだよ」
「だって蝉は成虫になってから一週間しか生きられない」
「土の中には何年もいるくせにね」
そう呟く真白の顔は影になっていて見えない
「ねえ日向くん」
「君、昔まだ幼虫だった蝉を掘り返したことがあるでしょ」
「幼虫のまま掘り返した蝉はどうなると思う?」
真白の質問の意図がわからない
そもそも何故俺が小学生の頃に好奇心で蝉を掘り返したことを知っているのか、
俺の目の前にいる真白は本当に人間なのかと感じるくらいに今の真白が纏う雰囲気は不気味だった。
「わからない?」
「正解はね栄養が取れずに餓死するんだよ。土の中に戻してもほとんど意味はない」
「どう?この話を聞いて罪悪感が沸いた?胸が苦しくなった?」
手が震える。怖い、此奴はいったい誰だ?
「でもね私はもっと苦しかったよ」
「「ねえ日向」」
「私最初は日向のこといい人だと思ってたんだ」
「君は私の真っ白な見た目を綺麗だと言ってくれた唯一の人」
「綺麗って言ってくれて嬉しかった」
「でもあの日...」
君は私を殺した
「ただの好奇心で」
そう責めるような視線を向けられ心臓がドクドクと嫌な音を立てる
「違う!!!俺は人なんか殺してない!!!!!」
そうだ俺は人なんて殺してない、殺したのはただの蝉だ。
それに俺が真白を殺したって言うなら目の前にいる真白は一体何なんだ⁉
「いや、確かに君は私を殺した。君が蝉を殺したと勘違いしているだけだ」
「よく思い出してみるといい。ちゃんと確認をすれば思い出すはずだ」
思い出すも何も俺は確かに蝉を殺しただけのはずだ、そう丁度ここら辺の木の下に...
「あ、れ...」
俺は...蝉を掘り返した?いや違う埋めたはずだ、小学生には大きすぎるスコップを使って...?
そういえば何故あんなにも大きいスコップを使っていたんだ?
あんなに大きなスコップを使ってまで埋めるものなんて、それこそ...
「うっっ......!」
急に頭が痛くなる。まるで脳の一部を作り変えられているみたいに
頭を抱えながら地面に膝をつく。
あぁそうか。あの時埋めたものは...
全て理解した途端、急な吐き気に襲われる。
思い出したのだアレを殺した時の感覚、アレを埋めた時の感覚。
地面に蹲る俺を真白が見つめる。
「思い出した?君が私を殺した時のこと」
「君は私を殺すときどんな表情をしてたと思う?」
「笑ってたよ」
「ほんと、君を信用した私がバカだったよ」
「周りの大人に君には近づかないようにって注意されてたのに」
私ね、土に埋められたときまだ少し意識があったんだ。
埋められた後土の中で蝉の幼虫を見て思ったの
"君も蝉になればいいのに"って
だってそうすれば私の気持ちがわかるでしょう?
だから...死んで?
そう言われた瞬間後頭部に強い衝撃を受け地面に倒れる。
そしてそのままいつの間にか掘られた深い穴の中に落とされ上から土がかけられる。
これは罰なのだ、嫌な記憶から逃げ続けた結果自分に返ってきた。
抵抗もできないため大人しく埋められ終わるのを待つ。
あぁ。これが彼女の味わった気持ちか、なんとなく理解できそうな気がする。
ぼんやりとする意識の中で俺はそう思った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
心地良い風が吹く中ざわざわと草を掻き分ける音が聞こえる
「みーつけた」
そう言い微笑んだ少女の手にはボロボロになった蝉の抜け殻が握られていた
夏の骸 華野マルメ @Hanamaru_4771
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