第19話 スキダラケ状態です
ノンちゃんは言いました。
「まさに今がそのスキダラケ状態です!」
その言葉にカナデは戸惑い隠せずに居ました。
*****
事の起こりはソウタが入院先の病院からカナデに愛の告白をした日まで遡る。
その日を境に、ソウタの糖度が増したのだ。
ソウタは通話の度に、「可愛いなぁ」とか、「好きやで」と自分の気持ちを声に出して伝えるのだった。
もちろんカナデにとっては嬉しい事なのだが、そんな通話の幸せをかみしめた後は、逆に会えない寂しさが募る。
だからその反動も大きく、少し落ち込んだ。
初恋にしては贅沢過ぎる悩みではあるが、恋愛初心者のカナデにとって、初めて経験となる恋愛の浮き沈みは、大きな悩みの種となっていた。
こんな贅沢な悩みを発端に、カナデはソウタの事を思い出しては、浮かれたり寂しくなったりしていた。
そしてこんな状態のカナデは、他の人から見れば、「憂いを帯びた美人」に見えるのだ。当然このような見た目は厄介な方向に働いて、カナデは再び、ちょっかいをかけられるようになった。
つまりソウタの居ない今がチャンスとばかりに、少しばかりの下心を抱えた男達が、またカナデに声をかけ出したのだ。
カナデはソウタが傍に居ない間に、恋の悩みと人付き合いの悩みが増える日々を過ごす事になったのだ。
浮かれては悩んで、浮かれては悩んでを繰り返すカナデ。
見かねたノンちゃんは早速絡む事にした。
「か~!カナ
カナデの前のニックネームの「アレックス殿下」と、本名の「カナデ」を混ぜた斬新な呼び名でノンちゃんはカナデを呼び止めた。
もちろんそんな呼び名は、普通は通じない。
それでもデレデレとした顔で、自分の顔を見て、聞いた事のない名前を叫ぶノンちゃんを見れば、彼女の人となりを知っている人間からすれば、自分を呼んでいる可能性を推測する事は出来る。
つまりカナデは、ノンちゃんが新しい呼び名を勝手につけたのだなと理解した。
一方のノンちゃんは、カナデの様子を自分の妄想の材料にするべく呼び止めたのだ。
そしてバイト先のファミレス…つまり二人の職場なのだが、そこへ誘い、二人っきりの女子会を始めると言い出した。
因みにノンちゃんの親友であるミユウは、ご機嫌な様子のノンちゃんと、その後を大人しく付いて歩くカナデ達を見て、『マルチ商法にはめる悪徳商人とカモ客』と、心の中で突っ込みながら、何食わぬ顔で客席に案内したのは、ここだけの話である。
見慣れたバイト先のファミレスの客席に案内された二人は、そのままスムーズに注文も終えた。
注文を終えると準備は万全とばかりに、二人はドリンクバーのスタンドで飲み物を手にして再び席についた。
カナデはアイスティーを一口飲んで、気分を落ち着かせると、ノンちゃんにポツポツとソウタとの事や自分の悩みを語り出した。
カナデの悩みを一通り聞いたノンちゃんは、少し考えながらも、自分の考えを話し出した。
「まぁ、急に好きやら何なら、そんな事言われたらびっくりするかもですが、ソウタさんは入院して寂しくなったんじゃないですか?」
なるほど。ノンちゃんは確かに突出して個性的ではあるが、人を冷静に見る目もあるらしい。
「急に…と言うより、前置きも無くて、いきなりやったからびっくりして…」
「あはは、ソウタさんやりますね~」
「だから…実は夢でした~みたいな感じもあって」
ノンちゃんはカナデの「夢」と言うキーワードで何かを思いついたようだ。
「あはは、私、変な事言ってんね…」
カナデが恥ずかしさから誤魔化すように続ける。
「まぁ…そう言うのは会って聞きたいですもんね。
その辺りは、女子っちゅうもんの憧れとか夢が、分かってへんかもですね~」
少しだけソウタへの苦言のような言葉を口にするノンちゃん。
するとその場に注文したハンバーグドリアが届けられた。
ノンちゃんの興味はソウタから目の前のハンバーグに移ったようだ。
「いただきま~す」
アイスティーをグイっと飲んだノンちゃんは、届いたばかりの熱々のハンバーグドリアをフォークで上手に切り分け、ふぅふぅと冷まし口に運ぶ。
カナデの目の前には、注文したパンケーキが置いてある。
パンケーキを見てカナデはソウタと一緒に食べた日の事を思い出す。
それでも目の前ので美味しそうにドリアを頬張るノンちゃんの微笑ましさに笑みが零れる。
「実はお付き合いってのが、今まで一度も無かったから、色々悩んでしまって…」
一緒にパンケーキを食べた時は、ミナトの友人としてすっかり安心しきって、もっと仲良くなりたいと思っていた。
だけどいざ恋人になり、それなりに過ごせんば、男女の恋愛と自分達の恋愛が大きく違うように感じてしまう。
それにだ。ミナトからのアドバイスは未だに活かせていない。
『実はな、ちゃんと目ぇ見て好きですって言わんと、男はわからへん生き物や!』
確かに今回は自分の思いを言葉として伝える事は出来た。
だけどそれも相変わらず勢いのまま告げただけで、アドバイスを活かしたとは言いにくい。きっと恋愛ドラマとか漫画のような、もっと素敵なシチュエーションで告げる方が良かったのだろう。
そんな事を考えれば、自分はソウタの期待に応えていない不安も出て来る。
ソウタと付き合う事になった時のように、勢いだけで来てないだろうか?
ソウタの気持ちに対して、自分はちゃんと返せているのだろうか?
自分の気持ちは、ソウタと同じ熱量には足りていないのではないだろうか…。
最近のソウタの好きと言う言葉を聞くたびに、カナデはそんな贅沢な不安まで過る日々だ。
「…まぁ、私も付き合うとか、そんな経験は無いですが」
ノンちゃんはそう前置きをして少し考えるようにアイスティーに手を伸ばす。
「告白されました。付き合いました。めでたしめでたし…って終わるのは、物語の世界だけですから、実際はもっと大変ですよね」
「…ノ、ノンちゃんって、なんか達観してる…」
ノンちゃんを賞賛する言葉にノンちゃんは少しだけ鼻が高そうだ。
「恋の悩みは、有った方が人生にとっては面白いと思いますが、それに囚われたら本末転倒ですよね?」
「本末転倒?」
「ま~、何と言いますか。恋は楽しむのは良いですけど、それが気になって、手につかない事態になるのは本末転倒って事です。まぁ、恋とはそんなモノでしょうが」
「な…なるほど?」
ノンちゃんの語る恋とは、本末転倒になるものらしい。
なるほど、恋愛とは本末転倒なのか…?
「それが面白いのは物語の人物だけです。だって日常生活が描かれてないですからね。でもリアルな私達は日常とか社会生活があります」
「はい…」
「だから、悩みに囚われず、自分を見失わない事が大切なんです」
どうやらノンちゃんはフィクションの世界と、現実世界の差の事を言っているようだ。
悩みに囚われず、自分を見失わない…とは、恋愛に限らず人生の教訓のように聞こえる。
「まぁ、そうですね。物語の緩急に恋愛の悩みはもってこいですけど、リアルの人生の悩みには、都合のいい解決策は無いんです。
だから悩みに対してどうするか?って考えるよりも、自分がどうしたいか?を考える方が建設的ですね」
「…ノ、ノンちゃんって人生何週目?」
「私は前世の記憶も無ければ、転生者でも無いですよ」
ノンちゃんは笑って答えると、まだ熱いドリアをふぅふぅと冷まし口へ運ぶ。
「物語の中の面白さが、悩みを乗り越えるリアルさにあるなら、現実の面白さは自分の選択のリアルさですかね」
なるほど、この感じはいかにもノンちゃんらしい。
つまり悩みの解決策を悩んだり、探ったりするよりも、悩みと対峙した自分が、どうしたいかを選ぶ…と言う事なのだろうか。
「ノンちゃんって実は年齢ごまかしてない?」
カナデはズバっと言い切って美味しそうにハンバーグを頬張るノンちゃんを見て、益々興味が湧いた。
ノンちゃんの制服姿を見れば、今は女性でもパンツスタイルの制服があるらしい。
彼女なりの「どうしたいかの選択」の表れなのだろう。
「いくら家業がお寺だからと言って、私はそんなにジジババ臭くはありませんよ」
ノンちゃんはケラケラと笑い出した。
「私から見るにですね、今のカナ殿は、隙しか無い隙だらけ状態と言うか、まぁむしろ、すき~って感じしか無い、隙だらけなので、もっとちゃんと気持ちを締めて行った方が良いですね」
「っ!…スキダラケの…キモチヲシメテ?イッタホウガ…イイ」
「はい。隙だらけをちゃんと認めた上で、相手の言われっぱなしはダメです。ああいうのは、言い返す位で丁度いいんです」
何という事だろう。
どうやらソウタを好きな事が表に漏れているらしく、気を付けないといけないらしい。その上気持ちを引き締めて、言わないといけないとか、言い返す位が丁度良いとか何とか。
カナデは頬を赤くさせながら、内心では小さな突っ込みを入れた。
(やっぱり、ソウタにちゃんと言わないといけないのかも)
そして再び自分に問いかけた。
(でもノンちゃんは言い返す位が丁度良いって。って事は、あの電話の時みたいに、勢いで告白したのはアリって事?)
一人で悶々と悩んでいるカナデを見て、ノンちゃんは突っ込んだ。
「それ!それ!それ!まさに今がその、隙!、だらけ!、です!」
またしても何というのだろう。
顔からだろうか、全身からだろうか。
どうやらカナデの好きは見るからにバレているレベルのものらしい。
「えぇ…それは困る…」
そんなに周囲に知らせなくても…と思いながら、そう言えば、ラブラブなカップルは見ていても分かるし、そういうものかとカナデは考えを改める。
とは言え、自分の気持ちが周囲に駄々洩れ状態は恥ずかし過ぎる。
「ど、どうすれば?」
「う~ん。だからどうすればいいか?では無くて、どうしたいか?ですって」
「ドウシタイ…」
「最終的には、カナ殿のやりたいようにやれば良いんです!」
ノンちゃんの言葉は一見冷たいように見えるけど、多分、これが一番の近道なのだろう。
自分のやりたい事…ソウタにしたい事、してみたい事…。
「今度は何を妄想してるんですか…」
ノンちゃんは面白そうにニヤニヤとしている。
そう言えばミナトも『色々したくなったら、ソウタにそう言えばええねん』と言っていた。
「何を…って…」
指摘されると恥ずかしい。
カナデの顔がみるみる真っ赤に染まっていく。
「ま、焦らずに、ゆっくりでええと思います。だけど、カナ殿がソウタさんとどうなりたいか?よりも、ソウタさんに対してどうしたいか?を考える方が建設的ですよ」
「そっか!どうしたいか、やね!」
「むしろ、それしか無いですね!」
ノンちゃんのアドバイスで、少し方向性が見えたカナデは、意気揚々とパンケーキを口に放り込んだ。
そのなんと可愛らしい事か。ノンちゃんの脳内には、カナデの頭部にハスキー犬ワンコ耳がついて、背中には尻尾がパタパタと揺れている。
ノンちゃんはニンマリと微笑むと、小さく鼻から息を吐いて、満足そうな様子で残りのドリアを頬張り出した。
カナデがノンちゃんのアドバイスに感謝をしているその向かいで、ノンちゃんの脳内はあらぬ方へフル回転している事にカナデは気が付いていない。
そう。ノンちゃんの脳内は見た目がそっくりなアレックス殿下に置き換えて、ソウタからあれやこれやと翻弄される、BL的展開の道筋を立てていたのだ。
(愛の告白の悶える殿下…いや、今の姿なら、むしろワンコ系受け的な?たまらんっ!ふふふ、執務中の書類の山の影でとか…あのシーンの派生やな!かぁ!たまらんっ!)
そんな二次的妄想でご機嫌なノンちゃんをよそに、恋人関係のステップアップへの妄想に、カナデはいよいよ自分の限界を感じるのであった。
*****
ノンちゃんは言っていた。
『ソウタさんに対してどうしたいか?を考える方が建設的ですよ』と。
だとしたら…。
カナデの思う事は、「ソウタに会いに行きたい」に尽きる。
確かにノンちゃんの言う通りなのだ。
希望の言葉を思うだけでは、何の進展も起きない。
まずは「ソウタに会いに行きたい」と告げる事から、道が開けるのだとカナデは気が付いた。
「やっぱりノンちゃんは人生が2周目以降の人かも知れへん…」
カナデは自室のベッドの上でそんな事を独りごちて、スマートフォンのメッセージアプリを開けた。目的はもちろんソウタへ会いに行きたいと告げる事だ。
『ソウタに会いたいので、お見舞いに行っても良いですか?』
そんなカナデのメッセージに悩んだソウタの答えは『俺も会いたいなぁ』だった。
そしてメッセージを数回やり取りして、二人の出した答えは、退院後にソウタの家にカナデがお見舞いに行く…になった。
それは入院中の姿を見せたくなかったソウタの気持ちと、相部屋にカナデを招き入れたくない不安から出した答えだった。
そしてソウタはようやく退院の日を迎える事が出来た。
暫くはギブスを付けたまま生活を行い、学校もその姿のまま通う事になる。
バイトにはまだ行けず、自由に外へ遊びに行くのもはばかられる。
そんな状況下で二人が会うのは、ソウタの家にカナデが来るしか無かった…。
「カナデが家に来る…」
ソウタはアレヤコレヤと考えながら自分の部屋の様子を見回して、本当にそれで良かったのか?と年相応の妄想をはべらせつつ、前日まで悩みに悩むのであった。
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