第17話 双子の兄の独り立ち

カナデがリビングでくつろいでいると、表情の抜け落ちたミナトがカナデの隣に座った。兄のただならぬ雰囲気にぎょっとするカナデ。


「ミ、ミナト?」

「あ~うん。さっきバイト先から連絡があって…ソウタが事故ったらしい」


スマートフォンの画面を眉間にしわを寄せながら、まるで睨むように見つめるミナト。


「え…事故…」

「それで…ソウタの代わりにバイトに出る日が多くなりそうで…」

「え?ソウタ、大丈夫なん?」


ミナトは自分のスマホを何度もスワイプしながら答える。


「…多分大丈夫っぽいけど…、お前のとこにも連絡無いやんな?」


その質問は、ミナトの所にもソウタからの連絡が無いという事だった。


「っ!」

「あ…いやソウタ、当事者やから…多分連絡とかすぐ出来へんと思うねん。

…店にもソウタのオカンが連絡してきたらしくて。とりあえず一か月休むらしいから…」


今にも泣きそうな顔で崩れるようなカナデを慰めるように、ミナトが優しく状況を伝える。


「…そ、そうなんや」

「…とりあえず、俺もソウタに連絡入れとくから、お前も入れたりな」


ミナトはカナデの背中をポンと軽く押して自分の部屋へと戻って行った。




*****




自室に戻ったミナトは、早速ソウタへメッセージを送る事にした。

ソウタの具合がどうなのか聞きたかったし、素直に見舞いにも行きたかった。

だからそのまま素直に文字にした。


文字を打ち込んで送信をするも、相手は入院中の怪我人。直ぐに既読は付かないだろうとミナトは踏んでいた。


ソウタがメッセージに気が付くのは、2~3日後になるかも…。

それ位のんびりと構える事にしたミナトは、スマートフォンの画面を閉じてベットの上に、ぽぃっと放り投げた。


すると思いもよらずスマートフォンの通知音が鳴った。


「え?」


慌ててスマートフォンを拾い上げ画面を開く。

通知欄にはソウタからメッセージが来ている知らせが載っていた。

急いでメッセージアプリのトーク画面を開くミナト。


『心配かけてごめんな、バイトもごめん。とりあえず、足以外は大丈夫』

「っ…なんや、あいつ…」


ミナトは安堵のあまり、ちょっぴり泣いてしまった。

そんな自分の状態に戸惑いつつも、続けて届いたメッセージを読めばテンションが上がった。


『電話出来る?』

「そうか、電話とか出来るんや」


そう思ったのも束の間。

喜ばしい内容のメッセージなのに、何故だかその文字の並びに、何となく嫌な予感がする。

どう考えても急いで話をするような話題は無いはずだ。

あるとすれば、それは恋人のカナデにだろうと。


『できる。いつでも良いよ』

既読


ミナトは電話の快諾の文字を送りつつも、妙な不安を抱いたままソウタの返事を待つ事になった。


「…電話でする話って何や…」


ミナトがいつまでも進まないスマホ画面の右上のデジタル時計の数字を睨んでいると、トーク画面が通話に切り替わった。

来た…。

ミナトは小さく息を吐いてから通話ボタンを押した。


「あ、ソウタ?」

「あ~ごめんな、ミナト」


構えていたミナトが思わずズッコケそうになるほど、ソウタの声はいつと変わらない。

少しゆっくりとした口調の、やや低めの、のんびりとした声に安堵するミナト。

さっきの嫌な感じは、ただの思い過ごしだと改めた。


「ソウタ大丈夫なんか?」

「足以外はな~、全治三か月やって」


スマートフォンの画面の向こうで、ソウタの小さな笑い声がする。


「結構長いな、大事故やん」

「骨折れたからやな、車にひかれて…」

「ソウタもそんな事があるんやな…」

「う~ん…まぁ、ちょっと不注意やったかもしれん」


少し沈んだ声のソウタ。

それもそうか。彼は事故にあったのだ。


それでも沈んだ声の印象が妙に気になるミナトは、自分の嫌な予感が当たるような気がして、直感に従い話を切り出した。


「あ、そっち見舞いに行っていい?」


多分だけど、電話とか、文字のやり取りではダメだ。

直接ソウタと会って話をした方が良い。


「え、来てくれんの?何か悪いな…」

「あはは、悪くないやろ。

前に熱の時にぬるくなったジュースいっぱい貰ったしな」

「っつ!…それは、ごめん…」


ミナトはあえて空気を変える為に、昔話を持ち出したのではない。

見舞いの気遣いに嬉しかった事を思い出し、それを持ち出しただけだ。


少し前の出来事だけど、なぜか懐かしく感じる話題。

ソウタも思い出したのか、焦って謝り出した声にミナトは安堵した。


だからミナトは少しだけ気を抜いていたのだ。

続けたソウタの言葉に、咄嗟に反応が出来なかったのは仕方が無い。


「あ~カナデにもよろしく言っといてな。また連絡するわ、ごめんな」

「あ、え?」

「消灯過ぎてるから切るわ。じゃあな」


ソウタは言いたい事だけを言うと、通話を終わらせた。


「は?なにこれ」


突然の出来事に、ミナトは驚きを超えて戸惑いを覚えた。

ミナトの耳には通知が切れたと知らせる音が響いている。

スマートフォンをゆっくりと耳から離し、画面を見ると、通話時間が表示されているだけで、他には何の連絡もなかった。


あり得ない、何がよろしくだ!…と、以前のミナトだったら怒っていた。

なんで一方的に会話を終わらせたのかと。

なんで自分の声でカナデに状況を伝えないのかと。


だけど今のミナトは怒りではない、別の感情が湧き起こっていた。


「…どうしたんや…あいつ…」


それは怒りでも失望でもなく、ただ純粋にソウタの事を心配する気持ちだった。

おかしい。ソウタがおかしい。


それはミナトの友人への心配を超えた直感だった。




*****




ミナトの元にソウタから連絡が来たのは、通話のあった日から4日も後の事だった。

ソウタから来たメッセージは、病院の住所と名前。

それに病室の番号と面会時の諸注意などが事務的に書いてあった。


何が欲しいとも、どうして欲しいとも書いてなかった。

ただ、「来てくれるのなら、気を付けて」と、そんな気づかいが書いてある事だけが、ミナトの知っているソウタと同じだった。


ミナトは自分一人で見舞いに行った方が良いような気がして、平日の夜の学校終わりに、一人で病院へ立ち寄る事にした。


カナデにも家族にも、見舞いに行く事は言わなかったし、ソウタとやり取りがあった事もカナデには言わないつもりだった。

だってカナデに「よろしく」だなんて、自分から言うつもりも無かったから。


無事に病院に着いたミナトは、ソウタの居る病室に向かった。

ネームプレートを確認して部屋に入ると、一番奥の窓辺にソウタが上半身を起こして本を読んでいるのが見えた。


ゆっくりと近づくと、ミナトに気が付いたソウタは一瞬驚いた顔を見せた。

けれど直ぐに嬉しそうな顔に変わる。


「ミナトや、ありがとう~」


笑って迎えてくれた顔はミナトの知っているソウタの顔だった。

安堵からミナトの持っていた妙な緊張感は無くなった。


「お前なぁ、びっくりするねんって」

「あはは、俺もや~」


お互いに声を掛け、笑い合えば、まるで時間が巻き戻ったような感じがする。

以前と何も変わらない。そんな空気感だ。


ミナトはベット脇の椅子に座りながら会話を切り出す。


「足、どうなん?」

「あ、順調やで」


ソウタはギブズで固定された足を見ながら答える。

促されてミナトもソウタの足へ視線を向ける。


「そういや全治三か月って言うてたな…」

「うん…」


小さく答えたソウタから、一瞬だけ表情が抜け落ちたように見えた。

ミナトは再びソウタの怪我をした足に視線を戻す。

暫しの間、特に会話もせずに、そのままソウタの足を眺めていた。


やがて沈黙を切り出したのはミナトだった。


「何があったん?」


ミナトの言葉にソウタの肩がわずかに揺れる。

それは怪我の詳細の話では無いと、ミナトの真意がソウタに伝わった事を認めた動きだった。

気落ちしたソウタの様子。

そんなソウタを見てミナトは「ちょっと話そか」と言って席を立った。


「そうやな」


ほんの少し苦い笑みを浮かべて、ソウタもベットから起き上がり、二人で談話スペースへ向かう事にした。




*****




談話スペースのテーブル席にソウタが座ると、ミナトは自販機の前にいて、飲み物を選んでいた。


「ソウタは何がええ?」


ミナトの問いに、ソウタは出来る限りいつも通りに振る舞う。


「あ~、悩む~なぁ」

「あはは、お前コーラ一択やろが」


そんなソウタを知ってか知らずか、ミナトの返事もいつも通り。


「なんで聞いたんや」

「ま、俺もコーラやけどな」


ミナトはソウタの突っ込みを無視し、続けて自分の分も購入する。

2本のコーラを手にして戻ると、ソウタの横に並んで座った。


「あいよ」

「ありがとうな」

「別にええよ」


ペットボトルの蓋を開け、二人一緒にコーラをあおる。


「あ~。コーラ飲むの、めっちゃ久しぶりな感じする」

「あはは、そうかもしぃひんな」


ソウタが再びコーラを口にする。

深くて甘ったるい炭酸飲料は、身体の中にあるわだかまりまで溶かすようだ。


「なんかごめんな」

「うん…」


ミナトは談話室の天井をぼんやりと眺めたまま、返事にならない返事をする。


「なんかな、ちょっと落ち込んでるねん…」

「うん」

「あ~…」

「うん?」

「あ~あぁ。怪我したからかな?」


ソウタの濁した風の言葉に、ミナトはソウタに聞いた昔の話を思い出した。

そうだ。高校生の時もソウタは怪我をしたと言っていた。

そしてミナトの直感は、それで合っていると告げていた。


ミナトは聞いた話を思い出し、思考を整理する。

確か…ソウタの相手はマネージャーだった。

そうか、とミナトは合点がいった。


以前のミナトなら、思い出のマネージャーと、カナデとを一緒にするなと怒っていたかも知れない。

けれど今もそうだが、先日の通話の時もそうで、怒りの感情よりも先に心配の方が先にたった。

そしてすぐ隣に居る、ただ気弱なだけのソウタが心配だった。


「……」


その時ミナトは気が付いた。カナデに伝えた言葉は間違いだった。


『俺も同じやな。ソウタがカナデを傷つけた状態で、ソウタと仲良く友達やれる自信は無いもんなぁ。まぁ、ソウタはそんな事しぃひんやろうけど』


(そうか…俺、別にカナデとか関係なくて、先にソウタの友達で、親友やったんや)


その事に気が付けばカナデには申し訳ないけど、ミナトはソウタと自分の関係が最優先だと思った。だから素直に声に出せた。


「カナデと何が合っても無くても、俺ら友達やから心配すんなや」


ミナトの言葉にソウタが驚いた顔で振り向く。


「あ、いや、ちゃうで!何も無いで!ちゃんとあいつはソウタの事好きやからな!」


良からぬ勘違いが起きないように、別の可能性は速攻で消し去る。

しかしそれは、カナデの思いを暴露したようなものだ。


ミナトの言葉の直球さにソウタは顔を赤らめて沈んだ。

まさか聞きたいカナデの言葉が、ミナトを介して聞けるとは思わなかったからだ。

恥ずかしさと安堵から、照れた顔をするソウタ。


そんなソウタを見てミナトは安堵もしたし、ソウタの事を放っておけないヤツだとも思った。


「あはは。お前、変な心配しやんと、ちゃんとカナデと話し合ったらええねん」

「……」


全くその通りのアドバイスで、ソウタは何も言い返せない。

そんなソウタの耳にミナトの心地の良い言葉が届く。


「だって、カナデはあいつとちゃうで」


ミナトの言葉がストンと腑に落ちたソウタは、「そうやんな」と小さく独りごちた。


「ま~、あれや。お前がカナデに振られても友達や」

「ぐっ…」

「あはは、まぁそれは100%無いと思うけどな。それにお前がカナデを振っても友達や、心配すんな」


そんな身も蓋も無いミナトの言葉にソウタも拗ねながら言い返す。


「…それは1000%無いわ」

「あはは!ソウタは俺にしたら、未来の弟や、だから何も心配すんなって!」


ソウタの答えがミナトの琴線に触れたらしい。

ミナトはソウタの肩をバンと叩いた。


「ってぇ!」

「いや、痛ないやろ」


ミナトの素早い突っ込みにソウタが笑い出すと、二人は以前のと変わらないまま笑いあう事が出来た。




*****




わだかまりが消えて、他愛の無い雑談も尽きた頃、残りのコーラも飲み終えたミナトはソウタに声をかけて席を立った。


「じゃ、帰るわ。見送りはいらんから、ここでええよ」

「うん、ほんまありがとう。ミナトが友達でほんまに良かったわ」


本心からだろう。

ソウタの顔は晴れ晴れとしていた。


「うん、じゃあな」


晴れやかな顔のソウタに安心したミナトは手を上げて、別れを告げると談話スペースから立ち去った。

そんな爽やかさを纏うミナトを、ソウタは椅子に座ったまま手を振って見送った。


ミナトは来た時とは違って軽い足取りで病院の廊下を歩いた。

やがて病院の自動ドアを抜けて病院の門の前に出ると、何気も無く空を見上げた。


すっかり日の暮れた広い空。

そこには小さな星たちが輝いているのが見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る