ラストアタック・デバフボーナス

渡貫とゐち

ラストアタック・デバフボーナス【前編】

 森の奥で遭遇した未知の生物――、半透明な体内を巡る血液は虹色に見え、その生物が動けば周囲に舞い散るミスト――。

 漂う甘い匂いは思考力を鈍らせる……、甘い匂いに騙されて、実は毒を多量に吸ってしまっているのではないかと危惧してしまう。


 見た目はガラス細工のような馬だった。輪郭は液体のように揺れている。馬の形でその場に固定している液体なのではないか。そう思わせる見た目だった。


「なんだ、あの魔物は……魔物なのか?」


 身の丈以上の大剣を背負った男が呟いた。

 突然の敵の出現に、慌てて岩陰に身を隠した冒険者たちだ。隠れているのは四人である。

 大剣の男、回復役を担う金髪の少女、短剣を構える少年、そして猫耳獣人の少女だ。パーティを先導しているのは大剣を背負う男だった……そして、絶対的なリーダーである。


 彼の意見には逆らえない。


「おい、ガキ猫、役に立て。あれがなんなのか確かめてこい」

「誰がガキ猫よ! ……まあいいわ、ちょっとだけ様子を見てくる」

「あ、じゃあおれもいくよ」


「ダメだ。ラドとシャルはオレの援護をしろ。いいな?」

「ちょっ――、まさかまた彼女を囮に使うつもりじゃ、」

「そうだが? それがどうしたんだ? ガキ猫は元々、そういうつもりで連れてきたんだ。予定通りに道具を使って、なにが悪い」


 ついつい、言い返しそうになって……しかしその声は遮られた。


「――いいよ、ラド。あたしは納得してこの場にいるから」


 言って、猫耳獣人の少女が飛び出した。彼女の素早い動きに、未知の生物は視線だけを向け、しかし攻撃する素振りはなかった。敵意も向けてはいないようだ――。


「あれをどう見る、シャル」

「んー、そうだね……」


 金髪の少女――シャルルが、囮に反応しない未知の生物を観察する。


「敵意は、ない……。魔力を溜めて、わたしたちを返り討ちにしようとしているわけでもなさそうだし……、戦闘向きの魔物ではないのかも」

「えっと……シャル、あれは魔物なの?」

「魔力があるから魔物だと思うよ」


 人類に害を与える生物を魔物と呼ぶようになって長い年月が経っている。なのでイメージが先行してしまっているが、目の前の半透明な馬のように、人間を見ても襲うつもりがない魔物だっているのだ。

 冒険者が敵意を向けても、敵意を返してこない魔物は珍しい……、優しい魔物なのか、それとも敵意を相手にしないほど、実力を持つ魔物なのか――。


 後者であれば、あまりしつこく狙うのも、こちらの寿命を縮めるだけだ。


「も、もうやめようよ、ダンパー……あの魔物に関わるのは危険だよ」

「うるせえぞ、ラド。このパーティのリーダーはオレだ。オマエが口出しすんじゃねえ」


 ダンパーが岩陰から出て、背中の大剣に手を伸ばす。猫耳少女が囮になってくれてはいるが、だからと言って、彼が自由に動けるわけではない。


 未知の魔物は、動いたダンパーの様子に気が付いている。


「ダメだッ、ダンパーッ!!」

「うるせえと言ったぞ。黙って見てろ……、シャル、オレの速度を上げろ」

「……分かったわよ」


 シャルルが魔法を使用し、一時的にダンパーの速度を上げた。


 ダンパーの腕力は既に高レベルに達している。不足している速度や継続回復などを強化することで、自身の穴を埋めている。

 苦手分野を外から補強してもらえれば、ダンパーは無敵に近い状態を手に入れることができる。ただ、冒険者とはみな、同じスタイルで活動しているため、無敵であっても弱点があることを理解している。

 冒険者同士で争うことは、表向きはないが、水面下で戦うとなると、無敵は無意味だ。

 無敵がスタンダードになれば、あとはそれをどう崩すかだ。


 そして、その思考は、目の前の魔物も理解しているらしい。


 魔物は大剣を振り上げたダンパーではなく――

 常時、増強魔法をかけ続けているシャルルに目をつけた。……足音なんてなかった。目で追うこともできなかった。

 その馬のような魔物は、気づけば消えていて、気づけばシャルルの目の前にいた。


 ミストに紛れたように、その水分でできた魔物は、距離を泳いだのかもしれない――。


「あ、」

「――シャル!!」


 ラドが咄嗟に投げたのは爆弾――、爆発というよりは爆風に焦点を当てたアイテムだ。そのため、破壊力はまったくない。

 突風を外側へ放出するだけだが、それが功を奏した。爆風によって吹き飛ばされたミストと、同時に馬の姿をした液体。

 シャルルに覆い被さったラドは、その場しのぎだが、危険を回避したことを理解し、シャルルを抱えて走り出す。


 抱え上げられたシャルルは照れることもなく――そんなことをしている場合ではないほどに切羽詰まっているのだ。

 次にやってくるであろう敵の位置を見つけるため、視線を巡らせる。吹き飛ばしたミストが再び視界を染めていく。


 ……恐らくこのミストの中が、あの魔物の移動範囲なのだ。


「ラドっ、さっきの爆風弾は!?」

「あと二つ! どうする、また使う!?」

「いや――」


 早々に使っていいものではない。

 さっきのようなどうしようもない場面で使う用に残しておくべきだ。なら――。

 シャルルが頭上を見上げ、


「ランビ!! 敵がどこにいるか分かる!?」


「ミストの中を移動しても、あたしの目を誤魔化すことはできないよ――いた!」


 猫耳少女が野生の勘を頼りに、取っ掛かりを見つけてその高い視力で見抜いた。

 敵はすぐ真横だった。

 攻撃がくる――回避しなければ、ラドとシャルルが危険だ!


「ラドっ、右に回避ぃ!!」

「う――」


 転ぶように回避するラド。意図的に転んだのではなく、シャルルを支え切れなくなって、だ。ただ、もちろんカラクリはある。

 ラドは自身の能力を偏らせたり、均したりすることができる。それを利用し、脚力の数値を低く設定したことで、シャルルの体重を支えられなくなったのだ。

 意図的に転ぶよりも先に、数値をいじった方が早い。意図的ではあるが、どう転ぶかは、あとは運任せだった。

 予測できない回避は、未知の魔物も戸惑ったようで――

 する必要のない急ブレーキをかけていた。


 一瞬の硬直……その隙に。


「よくやった、テメエら」


 半透明の体の奥に存在する核。

 魔物が油断した時に見せるその弱点をいち早く発見したダンパーが。

 ――背負っていた大剣で、敵を一刀両断した。


 当然、はずすヘマはしなかった。

 核を破壊された未知の魔物は、その姿を維持できなくなり――ばしゃり、と、全ての液体が地面に落下した。


 ミストも消えていく。

 得体の知れない魔物は、こうして討伐されたのだった。



「……なんだこりゃ。あの魔物の角なのかねえ」


 見えていた姿には、角も翼もなかったはずだが……、周囲を探してみれば、透明な、綺麗な素材がいくつか置いてあった。

 まるで宝石である。高価なそれをダンパーが独り占めし、町へ戻ることになった。

 宿に戻る頃には、かなり遅い時間になっていたので、換金やギルドへの報告は明日にしようということになり、今日のパーティは解散となる。


 翌日、ギルドへ顔を出すと……――騒ぎが起こっていた。

 また冒険者同士の喧嘩かと思えば……、大事件とのことだった。

 ラドとシャルルが顔を合わせ、近くにいた冒険者に聞いてみると、


「昨日、保護対象の幻獣が殺されていたらしいんだ。世界に数頭しかいないし、滅多に人間の住む場所には下りてはこない魔物なんだけどな……。どうやら誰かが間違って討伐したらしい。報告が上がっていないってことは、知った上で殺し、素材を奪って逃亡したか――。今、その大罪人を探しているところらしいぜ」


「……え?」


 さっ、と顔を青くするラド。

 隣ではシャルルも同じように――だが、まだ彼女の方が冷静だった。自己申告をしなければ、ばれることもない……はず……、だが、そういう思考をしている段階で、彼女もやはり焦っているらしい。隠せばばれる。逃げれば捕まる。それくらい、すぐに分かっただろうに。


「ラドさん、シャルルさん」


 と、ギルドの受付嬢から、優しい笑顔で声をかけられた。

 大勢いる冒険者の中で、どうして二人に声をかけたのか……、つい今さっきやってきたばかりだから、かもしれないが、ラドとシャルルは、既に犯人に目星はついている、と言われているような気がした。


「みなさん、先日の冒険の報告がまだでしたよね……、詳しいお話を聞かせてもらっても?」


 二人は頷くしかなかった。

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