命の寄付財団へのご協力をお願いします。

ちびまるフォイ

命の価値

「恵まれない人たちに命をわけてくださーーい」


駅前でなにやら騒いでいる。

ちょうど近くを通りかかると、押し強めに寄付の箱を寄せられた。


「寄付お願いします!」


「今手持ちがなくて……ははは」


「手持ちがなくても大丈夫です!

 私達は命の寄付財団です!」


「命の寄付?」


「この世界には生きたくても生きていけない人がたくさんいます。

 でも、いくら寄付して環境を整えても

 今すぐに死ぬ人が助かるわけではありません!」


「それはまあ……そうかも」


「そこで私達命の寄付財団では、

 命そのものを少しずつ寄付することで

 直接余命を延長するという方法をとっているんです!」


「それはご立派で……。ではこれで失礼します」


そそくさと逃げようとする俺の服のすそが掴まれた。


「1日! 1日だけでもいいんで!!」


「ああもうわかりましたよ! 寄付すればいいんでしょう!?」


透明なアクリルボックスに手を突っ込むと、

自動で自分の余命が吸収された。


「1日ぶん、ありがとうございました!

 はいこれ返礼品です」


「あ、そういうのもらえるんですね」


「返礼品は最高級の牛肉です」


「えええ!? いいの!? もらっちゃって!?」


「命の1日分がどれだけ貴重かを考えれば

 これくらいの返礼品はむしろ安いくらいですよ」


「いやあ、得しちゃったなぁ」


最初こそ命の寄付には否定的だったが、

家に帰って最高級の肉に舌鼓をうつころにはすっかり肯定的にはやがわり。

山の天気よりも俺の考え方は変わりやすい。


翌日、俺は病院へ向かった。


五体満足で病気もしていないのに病院へ行ったので

待合室の病人たちは「なにしに来たんだ」と奇異の視線を送っていた。


「〇〇さん、どうぞ」

「はい」


名前が呼ばれて医者の前に座る。


「元気そうですね。今日はなにしにきたんですか?」


「実は、先生に俺の余命を調べてほしいんです」


「は? なんで?」


「誰だって自分の余命くらい知りたいじゃないですか」


「自分の余命を聞く人なんて寝たきりで不治の病の人くらいですよ。

 あなたみたいに元気ハツラツで聞く人なんていません」


「まあまあ教えて下さいよ。減るもんじゃないでしょう?」


「まったく……変な患者さんだ……」


医者は体のデータを細かく取ってから、再度こちらへ向き直る。


「もし、あなたがこのままの生活を続けていくとしたら

 そうですね、あと余命60年といったところです」


「ありがとうございます! 十分です!」


「それを知ってどうするんです?」


「俺は自分の人生をふとく短く生きるんです!」


「……?」


診察を担当した医者は強く脳神経外科への診察を勧めたが、

俺はどこも頭を打ってないと強く否定して病院を出た。


家の前の駅前ではまた寄付をやっていた。


「恵まれない人たちに命をわけてくださーーい」


アクリルボックスを持った人の前に俺はさっそうと歩み出る。


「寄付、させてください」


「ありがとうございます! 1日ぶんお願いします!」


「ちっちっち。そんなちゃちな額じゃ寄付とはいわないよ」


ボックスに手を突っ込むと、58年ぶんの命を寄付した。

このきっぷの良い寄付に寄付団代も駅前を通りかかった人も、

ひいてはこれを読んでいるあなたも驚いていた。


「こ、こんなに!?」


「世界には恵まれない人がたくさんいるからね。

 58年なんて分配したら少ないくらいさ」


「ありがとうございます! こちらが返礼品です!!」


「待ってました!」


あまりに大量の年数を入れたことで返礼品のグレードも大幅アップ。

高級な牛肉にとどまらず、豪華クルーズの旅だとか、ギフト券100万円分などもついてくる。


「寄付してよかったーー! これが欲しかったんだ!」


最初に寄付したとき俺は考えた。

この先あと何年生きられるのかを。


100歳まで生きられるとして、

そのうち何十年を自分の趣味や好きなことに使えるだろうか。


体の自由がきかなくなり、娯楽の幅も少なくなって

ほそぼそと貯金を食いつぶしながら命をつなぐ。


そんな生活はまっぴらだ。


それだったら大量に命を寄付して、

返礼品で太く短い人生を謳歌するほうが良いじゃないか。


58年分の寄付のかいあって、返礼品は想像以上のもの。


「よ~~し! 遊ぶぞーー!!」


余命がわかってからは急にアクティブになった。

毎日うまいものを食い、好きなことをして、疲れたら寝る。


まるで小学生の夏休みみたいな生活を続けていた。

本当に最高で濃密な日々が続く。


人生はいつから始め直してもキラキラした日が取り戻せるんだなと思った。


2年がすぎるのはあっというまだった。


「もう2年か……。今年で俺は死ぬのかなぁ」


医者の診断した余命で多少の前後はあれど、

遅かれ早かれ自分の死がすぐそこまで迫ってきていた。


けれど心残りはなかった。

心残りがないように生きてきたから。


「さて、あとはいつ迎えが来てもいいように片付けでもするか……ん?」


いざ部屋の片付けをしようとしたときだった。

普段は開けてない引き出しの奥の方から紙切れ1枚出てきた。


宝くじの紙だった。


「あ、そういえばこれ前買ったっけ」


まだ命の寄付をする前に、将来になにかしら期待感を持ちたいと宝くじを買っていた。

そのことを忘れるほどに最近は忙しくしていた。


「当選番号はまだギリ有効っぽいな。

 えーーと、番号は……これか?」


ネットで番号を確かめたときだった。

何度もたしかめたが番号はフル一致していた。


おそるおそる金額を確かめてみると、

電卓の桁数じゃおっつかないほど莫大な金額だった。


命の寄付でえた返礼品で豪遊する人生が

ちゃんちゃらおかしくなるほどの金額が秒で手に入ってしまった。


「う……うそだろ!? やったぁ!! 最後の最後でこんなラッキーが!!」


大喜びしたときだった。

急に心臓が苦しくなりそのまま満面の笑みのままぶっ倒れた。


救急車で運ばれてからは意識がなかったが、

目を覚ましたときには病室で寝かされたままだった。


「せ、先生……俺はいったい……」


「いつだったか、あなたは寿命を聞いていたでしょう。

 どうやらその日が来たようです。早すぎますがね……」


「そ、そんな! せっかく!! まだ人生のアンコールチャンスが来たってのに!」


「はあ?」


「お金は……まだ換金してないからないんですけど、

 先生! なんとか治療してください!」


「寿命を伸ばすなんてことできませんよ。私は魔術師じゃないんです」


「く、くそぉーー! こんなことなら寄付なんてするんじゃなかった!」


寄付なんてしなければ自分はまだ生きていられた。

宝くじにも当選して寄付なんてしなくてもセレブ生活はできたはずなのに。


寄付なんかしてしまったから……。


「い、いや待てよ。まだチャンスはあるぞ!?」


命の終わりまで追い詰められたことで脳がフル回転。


今、自分の置かれている状況は他人から見れば

"まだ若いのに命が終わってしまう悲しい人"となるだろう。


まさに命の寄付をすべき相手じゃないか。


俺が寄付をするんじゃなく、

俺に命を分けてもらえれば余命を増やすことができる。


余命さえ増やせれば宝くじで再びセレブライフができる。


「もしもし!? 命の寄付財団ですか!?

 実はどうしてもかわいそうな人がいるんです!!」


他人を装って命の財団へ連絡した。


命の寄付をする担当者がやってくるのを見て、

俺はおしろいをつけてゾンビよりも死にそうな病人を演出した。


「あなたですか、命の寄付を希望する人は」


「はい……僕はもう……余命あとわずかで……。

 でも人生には悔いしか残っていない」


「それはかわいそうに……」


「こんなところで死ぬなんてできない……。

 どうか、どうか僕に命を寄付をしてください……!!」


「もちろんです。われわれ、命の寄付財団は助けを求める人全員にチャンスを与えます」


「ああ、よかった! 命を分けてくれるんですね!!」


「ええ。それで、いくら出せますか?」




「いくら?」


俺のきょとんとした目を通しても

役人はいたって真面目な顔を崩しちゃいなかった。


「いくら払えるか、と聞いているんです」


「いやお金なんて……。今にも死にそうなんですよ。

 早く寄付してください。そのための財団でしょう!?」


「ええそうです。

 ですが、死んでしまっては貯め込んでいるお金なんて意味ないでしょう。

 我々財団がそのお金を有効利用いたします。

 

 だから、あなたが払えるぶんだけ我々は余命を差し出しましょう」


「あ、あんたら……」


「さあ、いくら払えますか? 払えないなら、我々は失礼するだけです」


俺はいまさら理解した。

どうして命の寄付で得られる返礼品がやたら豪華なのか。


そのからくりを知ったときにはもう余命なんて残されちゃいなかった。




「……あ、もう死んじゃってますね。

 まったく。金を吐き出してから死んでほしいものです」



そう言うと、命の寄付財団は振り返りもせずに病室を出ていった。

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