第07話 のこぎりの夢

 夢には日ごろの不安や恐怖が反映されるという。思うに、これからお話しするこの夢には、聖域であるはずの〈家〉が侵されることへの恐怖が現れているのだろう。


 ある真夜中、僕は金縛りにあった。アパート暮らしの大学時代のことで、このころは連日のように金縛りにあっていた。元来眠りが浅いうえに、人間関係に悩んで日ごろ不安と緊張にさいなまれていたからだろう。


 また、始まった。金縛りは何度あっても慣れるものではない。心の底に恐怖が忍び寄り、パニックを起こしてしまう。とはいえ、この日の僕は比較的落ち着いていた。心を落ち着け、眠りが再び訪れるのを待とう――。


 ふと視界の両端に誰か別の人間の存在を感じた。燕尾服をらしきものをまとった二人の男がそこにいた。心拍が跳ね上がった。全身に凍りつくような冷たさが広がった。


 ドアを破って侵入してきたのだ。ぎいぎい。玄関から部屋へと通じるドアが、微風に揺られて、きしんでいる。


 両者とも僕を見下ろしていた。その視線が冷徹なあまり、僕は自分が実験用のマウスになったような気がした。


 頭の後ろから、ぎしぎしと音が鳴り渡った。


 なんだこの異音は?


 ものがきしむような、いら立ちを訴えるような、断続的な音。それはなにか硬いものを切り付ける音であった。


 僕は理解した。この人間たちは、手袋を履いた手でのこぎりを引いて、ベッドのステンレスパイプを断ち切ろうとしているのだ。ちょうど、僕の首の真下にあるパイプを。


 もしパイプが全部切り落とされたら、次にベッドの上に乗っかっているものを切り取るのだろう……。


 あわてて体を起こそうとするが、金縛りにかかっている。すみやかにベッドから逃げなくてはいけないのだが、どう頑張っても体は動かない。


 助けを求め叫ぶが、声は喉の奥で滞留するばかりで、形をなすことはない。首の下で響く音は、最大限まで大きくなってくる。


 いやだ、殺されたくない――。


 半狂乱になりながら、全身の筋肉に力をこめる。


 ベッドをはね起きたのはその直後のことだった。


 目覚めてみると、人の気配はなく、ドアも閉じている。念のため、玄関までいってドアを確認するが、鍵は内鍵までちゃんと閉まっている。もちろん、部屋の窓だって開いていない。


 心からほっとした。あの男たちは僕の夢が作り上げたものだったのだ。


 ただ、数ある悪夢を見た中で、ここまでリアルに感じられるものはなかった。のこぎりの音は鮮明に脳裏によみがえってきた。しばらく寝るのが怖くなったほどだ。


 このタイプの夢は、その後も何度か形を変えて襲い掛かってきた。


 ある時は、部屋の扉をバンバン叩く音が聞こえたり、ベッドのすぐ横にある窓から何者かに見つめられたりした。そのたびに夢でよかったと胸をなでおろすのである。


 昨今だれも安心して眠ってはいられない時代がきた。これが正夢にならないことを願うばかりだ。


 第07話 のこぎりの夢……終わり

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