私は食べました

神楽泰平

第1話

私、ジアンはバラ色の人生を送っていた。

シンギュラリティが発生し、AIを最大限に活かせるよう研究が重ねられ、全人口の7割が頭脳にAIが内蔵された、この世界では遺伝子的にAI以下の素養しかない人間はベーシックインカム制度によって、自動的に不労所得者にされる。

そんな世界の中でジアンはAIによって導き出された才能として「マネジメント能力」が秀でていることが判明した。彼女はその能力を活かすために会社を設立し、あっちこっちの企業の運営を執り行っているのである。普段はAIが簡単にできる「マネジメント能力」のため企業はAIを駆使して対応できてしまう。しかし、彼女はAIの想像を超える手腕をもって企業の業績を上げたり、立て直したりするため、「AIでは不可能であったことを可能にする世界唯一の女性」と世間でもてはやされている。

今日も彼女は、鮮やかなスーツに身を包み、自信に満ちた表情で依頼のあった企業の廊下を歩いている。手には、大事なプロジェクトの資料が握られており、それを熟読しながらその企業の会議に向かっている彼女。チーメイトや社員を活かせることもあるが、重大なプロジェクトのマネジメント対応を担う際には、自分から出向くのである。

「ふ、一瞬で片付いたわ」

今回の内容も会議10分で解決した。AIが内蔵された人間で構成された世界のため、そもそも優秀な人しかいないのである。AIの叡智と演算処理能力で本来、会議を開いて行う企業も珍しい。ただ、会議を開かなくてはならない理由があり、そしてそれは彼女が最も必要とされる理由ともなる。それは「勇気」がないのである。AIが出力する結果はいつも正しい。しかし、企業にいる人々が最後には実行する。その勇気がないのだ。そのため、第三者から「これを実行するには〇〇が必要で、〇〇の期間、チームには〇〇の専門家が必要であり、いくらくらい予算がいる」などをAIが認めた、よりプロとなるマネジメンターに助言を求め、それを元に行動するのである。まあ、AIが出力した結果を鵜呑みにして行動するだけだとほぼ同等の機能のAIとの戦いとなり、競争分野が一生拮抗状態になるのであえてプレゼンをするとき、少し数字は誇張していたりするのだが。

仕事は一瞬。数は1000件。稼ぎは手にあまるほど。とまさしく理想のキャリアウーマンであると同時に、彼女は、家庭と仕事の両立を成功させようともしている。彼女は、社交的で多くの友人を持ち、人生を楽しむことも大切にしている。それと同時に結婚も控えている。ジアンの彼は大学時代からの出会いだった。優男だが、自信に満ちた表情で彼のAIから示された才能は「リーダシップ」。彼女が起業すると聞いて、ともに歩みたいと告白し、パートナーとしてリーダシップの素質を遺憾なく発揮し、彼女の企業をわずか3ヶ月で大企業へとのし上げたのだ。彼女と同じくビジネススーツに身を包み、仕事に対する情熱と使命感を持ち、彼女同様プロジェクトの際はマネジメンターとして行動する。彼女の仕事に理解を示し、彼女が成功するためのサポートを惜しみなく提供もしてくれる。それだけでなく、彼は、共通の趣味や価値観を持ち、彼女と一緒に成長することを楽しんでいる。

ジオンは彼の成功に向けたアドバイスや戦略を共有し、励まし、支援する姿に惹かれ、人生の豊かさを尊重する存在となった。彼もまた、彼女の常に前向きで、誠実で事故を啓発する姿にいつしか一生のパートナーとして歩みたいと思うようになっていた。

社内では実質夫婦だろう、と言った認識だったが、最近になって結婚しようと決めたのだ。子供についても、現代の最新技術である赤ちゃん製造機を用いて、彼とジオンからそれぞれ半分遺伝子を取り出して、それを操作し、より優秀な人を生み出すことにしている。

まさに幸せ絶頂のジアンである。

しかしこんな彼女に突然の悲劇が襲ったのである。それはあるマネジメント依頼での出来事。その依頼は、居酒屋の依頼であった。個人経営のため本来であれば社員に行かせるものであるが、そこはその地域でも有数の有名店であり、このマネジメントの成功有無でその地域の今後の影響があるのではないかと、AIが出力したのである。AIが滅多に全体の影響に疑念を出すことはないため、その時に限り、彼とともにその店に訪れることにした。周りの社員にはデート楽しんでくださいね、とからかわれながら。

依頼の店は海の近くにあり、地元の漁師たちとれた不漁魚を譲り受けて、独自の調理法で調理し他料理を振るまう。料理人もAIから「魚の調理師」の才能があると判断され、修行を積み、今では世界で有名な料理人となっている。実際、彼と料理を味わいつつ、提供するものはもう都会で出ても制圧できるレベルだった。店内は和風の落ち着いた雰囲気で、接客も温かく、リラックスして食事ができる。人も多いのだから全く問題ないようだが。

しばらくすると、店が急に締め出される。周りにはお客さんがいる。一部のお客さんもソワソワしている。すると、お客さんの一人が立ち上がり、よくわからない言語では喋りだす。

AIがすぐに言語を変換して「ここはこれより占拠した。あなたたちは、これから我が国へと来てもらい、働いてもらう」

 ・・・拉致だ。彼女は瞬時に理解した。AIが発達したことである新たな職業も生まれた。それはAIから見出された才能で「強盗」というもの。シンギュラリティで成功した国はそういった人は事前に間引いてしまうのだが、乗り遅れた国はそうではない。国に貢献するための立派な「強奪者」として身分があり、日々お国のために他国から強奪しているのである。特に世界で生まれてくる人間の3割は遺伝子的に「不優秀である」という科学的根拠が認められ、それはシンギュラティに乗り遅れた国に「不優秀」が集中することも社会問題になっている。当然、優秀な遺伝子を強奪することも自国を守るためには必要なことなのだ。おそらくこの料理人はそういった優秀な人間を誘い出して、拉致していたのだろう。データで出てきた有名な点とかもおおよそハッキングした偽情報。味覚に関しても店には入店した人限定でAIをハッキングすればバグらせることだってできる。

 ジアンの彼は必死に抵抗し、彼女を守ろうとしたが銃で打たれそのまま屍となっていた。そして、頭をすぐに割って、AIを取り出している。拉致者にとっては抵抗する者は別に殺してしまっても構わない。優秀な人のAIは人生の蓄積によって更に優秀なAIとなっており、それを回収して別の人の脳に埋め込めばいいのだから。いかんせん、ジアンも彼も武術においても英才教育が備わっていたことが仇となり、通常の人間よりも抵抗できる力が強かった。抵抗しなければ、まだ肉体を保つことができたというのに。ジアンは彼が亡くなった悲しみに浸りかけたために、隙を生んでしまい、別の男に撃たれ、あえなく殺された。殺されてもAIは起動しており、常に危険信号と蘇生術が施され続ける。死んでいるのに頭をかち割られた痛みも、脳からAIがほじくり出される瞬間も感じながら、ほんとうの意味で絶命したのである。

 この悲劇はすぐに国中で話題となった。しかし、捜査で見つかったのは海に捨てられた遺体の身体が浮き上がってからであり、遺品も何もかも見つからずに終わった。建物も即座に爆破され、跡形もなく残っておらず、ジアンも、その彼のAIも見つかることはなかったのである。

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