ロボット・エイチ

うろこ道

 耳障りなブザーが部屋中に鳴り響いた。

 来訪者を告げるけたたましい音は、ぼくの意識を物語の世界から現実へと強引に引き戻した。

 原稿用紙から目を上げ、しばしぽかんとしてしまった。

(来客? このぼくに?)

 ぼくは「今日の予定」と呟く。壁の一角にカレンダーが電子表示され、電子音が日付と時間を淡々と読み上げた。

 来客の予定は皆無だった。そもそもここ十年以上、お客など来たことがない。辺境で暮らしているため、客どころか、押し売りのわずらわしさも強盗の心配も無縁なのである。

(では来たのだろう)

 唐突に不安になった。

 再度ブザーが鳴らされ、ぼくはぎくりと身を強張らせた。耳をつんざくほどの音量である。

(このインターフォンはなぜこんなに耳障りなんだ。ピンポーンでいいだろうに)

 それは訪問者の身の安全のためだとはわかっていた。誰であれ、一刻も早く中に迎えなければならない。ここでは一秒の遅れが命にかかわることになりかねないのだ。

 ぼくは老眼鏡を外し、鉛筆とともに原稿用紙の上に置いて立ち上がった。

 玄関に行き、インターフォンのモニターを見る。

 画面には、はろばろと広がる広大な宇宙空間が映っているだけだった。

(誰もいないじゃないか……)

 どうゆうことだろう。確かに、誰かが呼び鈴を押したはずだ。ぼくはそわそわと落ち着かなくなる。

(まさか――宇宙空間に飛ばされてしまった?)

 冷たい汗が背を伝った。

(なんてことだ。一度目のインターフォンですぐに玄関に行きけば間に合ったかもしれなかったのに――)

 その時、モニターの下部に金属質のものがうつりこんでいるのに気付いた。

「コンニチハ」

 平坦な合成電子音に目を見開く。――ロボットだ。

 この保久ほうきゅうの世ではロボットなんて珍しくない。ゆきすぎた高齢化の後押しもあり、人型アンドロイドの普及はむしろ人口よりも多いほどだ。

(しかし、どうしてロボットがぼくの宇宙船に?)

 持ち主は一緒ではないのだろうか。モニター画面の隅々まで目を馳せたが、映っているのは一面の星屑と金属の一部だけであった。

高崎義政タカサキヨシマササマノ元カラ参リマシタ。ドウゾ、ハッチヲ開ケテクダサイ」

 ぼくは面食らった。

 高崎義政は大学生の時に知り合った教授である。もう二十年以上も音信不通だった。

「君が、高崎教授が送ってきたものだという証拠はあるのかね?」

「爪ヲ頂イテマイリマシタ。生体認証ヲ、オ願イシマス」

「そんなものはぼくが高崎教授の生体データを持っていなきゃ照合できないじゃないか」

 電子音が黙りこんだ。人工知能エーアイが最適な回答を検索しているのだろう。

 ぼくは小さく溜息をついた。

「……まあ、世捨て人のぼくにこんな風変わりなことをしかけてくるのはあの教授くらいしかいないものな。信じるよ。入りたまえ」

 ぼくはハッチの開閉スイッチを手の平でぐっとした。モニター映像がエアロック内部映像に切り替わる。ハッチが開き、一台のロボットがキャタピラを回しながら内部に入ってくる姿が写し出された。

 そしてぼくは――そのロボットの姿にすごく驚いたのだった。

 頭部は横長の立方体で、正面の真ん中にレンズを守るゴーグル型のプロテクターがひとつついている。鼻や口にあたるものはなかった。頭部の下に円柱の胴体が続き、足の代わりにキャタピラがついている。胴体の側面には蛇腹じゃばらホースのような腕がそれぞれ一本ずつ垂れ下がっていて、先には大きなプライヤーレンチによく似た手先がついていた。

 全体的にマットな質感の金属で、太古のSF映画に出てきそうな、レトロで、いかにもロボット然としたロボットなのだった。

(これは……人型ひとがたに分類されるのか?)

 頭部も手足もそれと認識できるような仕様であるが、日本中の家庭に広く普及している精巧な人型アンドロイドとは程遠い姿である。

 ロボットはぼくのいるキャビン側の気密扉をコンコンと軽く叩いた。ノックしたのだと気づき、慌てて宇宙側のハッチを閉めた。エアロックの加圧を確認し、玄関に隣接するハッチのコックを捻って気密扉を開けた。

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