海列車エアウェイライン 大崎➤無限区間
悟房 勢
第1話 ブラックアウト
視界が狭くなっているせいか、ホームへの階段が
冷たい金属の手摺に手を掛け、つるつるの靴底で階段の滑り止めを頼りに歩を進める。眼下に硬い階段の角とコンクリートの床。足を踏み外せば一巻の終わりだ。
なんとかホームに立てたのはいいとして、体が重い。すごい汗だ。ベンチに腰掛けられれば何と幸せなことか。緊張の糸はぷっつりと切れ、目覚めれば次の朝となる。
重力に対抗すべく手を突いて這いつくばる、って考えもある。いいや、そっちの方が問題だ。日中焼けたコンクリートは朝日を迎える頃、スケートリンクに変わる。
酒なんて飲まなければ良かったと思う。いや、なんで俺は飲んでいるのか。こんなになるまで俺は誰と飲んだんだ。
全く覚えてない。酔って記憶を飛ばすとはこのことを言うのだろう。初めての体験だ。酒飲みはこれを何度もやるというから驚きだ。
電車がやって来た。乗り込まなければならない。電車のドアが開き、人が押し寄せる。体の自由が利かないのろまな俺を誰もが上手く避けて行く。
俺の体をまるですり抜けていくかようである。誰一人、触れる者はいない。それは人の流れが変わっても同じだった。
ホームからの人がドアへと吸い込まれていく。俺は置いてけぼりを食らわされそうで気力を振り絞る。ドアが閉まる前になんとか電車に滑り込む。
視界は依然として狭まるばかりだった。ちょうど席が空いていた。ボックスシートだ。とにかく座りたい。重力と電車の震動に俺の二本の足は耐えきれない。震えた足で席に倒れ込む。
ホッと、は出来なかった。席についても圧迫感はぬぐえない。シートに上から押し付けられているようだ。かろうじて見える街の明かりは狭い視界をにじませていた。
突然、視界が閉ざされた。はっとしたが、一呼吸置く。意識はまだある。車内に明かりも灯った。大丈夫。これはトンネルだ。
埼京線といえば赤羽トンネル。そこを通っているのだろう。
それにしても窓ガラスに映る俺の顔。まるで別人だ。ここにいる男は俺なのであろうが、朝に鏡の前に立った俺と比べてこいつは品祖で、やつれていて、貧乏くさい。俺はどれほど飲んだんだ。人相まで変えてしまっている。
はて? 電車がいつまでたってもトンネルを抜けない。俺は酔っているんだ。落ちてしまったのだろうか。いや、しかし、意識はまだある。
電車が大きく揺れた。何かにぶつかったような揺れだ。ボックスシートの中で俺の体が躍った。
すぐに電車は落ち着いた。俺の体はシートとシートの間の床に丸まっていた。
電車は何もなかったように走っている。体中が痛い。どうやらトンネルを抜けたようだ。車内のライトが落ちて窓から光がさす。
夜だったはず。朝か?
俺はトンネルに入った時、寝落ちしてしまっていたんだ。シートにしがみ付き、窓枠に手を伸ばす。まるでロッククライミングだ。必死に体を引き起こし、窓の外を覗いた。
一面、真っ青だった。一直線に走る道床のバラストに、レール。それ以外は青一色だった。
まるで列車が空を飛んでいるかのようである。下を見ると車体その物が映し出されていた。
水面!
電車は水面に敷かれたレールの上を走っている。真っ青なのは水面に映った空。水面はまったく波立っていないので鏡のようである。
湖?は水平線の彼方まで続いている。陸地はまったく見えていない。ここはどこだ?
窓を開け、身を乗り出し、レールの先を見る。レールは水平線の彼方で陽炎の中に消えていた。
夢なのか。
ふと、水面に映った車体。木製? 金属製ではない。
窓枠も木製だ。床も、シートの枠も。
埼京線ではない。僕は別の電車に乗っている。
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