第4話 好きじゃない

 ツインは集落の端のほうの川辺に寝そべっていた。すぐそこには結界の境目があり、結界の外には墓場があるらしい。

 ツインは嫌なことがあるといつもここに来る。

 冷静になったら、別にあんなにムキになる必要なかったな、と恥ずかしくなってきた。


 ふ、と顔をあげると目の前にひらひらと見た事の無い虫が飛んでいく。

「……!なんだあれ!」

 思わず飛び起きて追いかける。真っ白な蝶だ。あんなに真っ白なのは見た事がない。

 蝶に夢中になって走って行くと、ふ、と目の前に人が現れた。

「捕まえた」

 ジェミニだ。

 蝶は消えていた。

「何だよ、お前かよ。てかもしかして、さっきの蝶は」

「ごめんねー。幻覚だよ」

「クッソ」

 ツインは口を尖らせる。

「嫌な罠仕掛けやがって」

「こんな罠に引っかかるなんて、虫よりちょろいんじゃないの?」

 ジェミニは意地悪を言いながら空に指で何かを描く。するとさっきの真っ白な蝶が現れた。

「この集落じゃ見た事ないけど、結界を抜けた、魔法の無い世界では、こんな真っ白な蝶はいっぱいいるらしいよ」

「魔法の無い世界なんてあるのかよ」

「むしろこの結界の中の狭い集落だけらしいよ。魔法があるのは。結界を抜ければ、み~んなツインたちみたいに魔法は使えない」

 ジェミニは話しながら蝶を増やす。

「知らなかった」

「別に秘密にしてるわけじゃないみたいだよ。魔女たちは結界の外によく行き来するじゃない。僕がよく読む本も外で買ってきて貰ってる本だし。ほら、この蝶も、外で買ってきて貰った本の挿絵に書いてあったんだよ」

 ツインは蝶を触ろうとした。しかし蝶は触ると消える。

「そうだよな、あいつらはいくらでも自由に外に行くのに、俺等男子は結界の外に出られない」

「そうだね」

 ジェミニは同意する。


 ツインとジェミニは、何度もこの集落から逃げ出そうとしたことがある。

 しかし結界に阻まれていつも失敗し、そのたびに厳しい折檻を受けたものだ。ジェミニが魔法でなんとかしようとしてもだめだった。

 男子のみが通れない魔法の結界だという。


「どうしてさっきリヤにあんなに怒ったの?女性不信って言われたから?」

 急に言われてツインはドキリとする。

「あー。ああ。ほら、女性不信だの女性に対して立たないだの噂になったら、俺等男子はもう絶望だろ。俺なんて必要無いって殺されるの確定だろうし」

「うん、まあね。でもちゃんとさっきの授業で立ったんでしょ。男性不能じゃなかったってリヤが言ってたし」

「まあ、なんとか」

「もしかして、僕のこと好きとか言われたのが嫌だった?」

 ジェミニがツインの顔を下から覗き込むようにたずねる。

 ツインは目をそらした。

「嫌じゃねぇけど」

「けど?」

「嫌だ」

「なんだそれ」

「別に好きとかじゃねぇし。それを好きとか言われるのが嫌だ。それもそのせいで女性不信とか」

 ふーん、とジェミニは鼻を鳴らす。

「好きじゃないの、僕のこと」

「好きだけど、その、リヤの言い方だと、その、俺がジェミニに性的な意味で好きみたいじゃねえか。俺はジェミニが親友として好きなんだ」

 ツインは答える。それはジェミニに答えているというより、自分に言い聞かせたものだった。


 とてもじゃないけど言えない。


 さっきの授業でツインの男性器の機能が健全かチェックされたとき、女性の姿を見ても自分の性器は萎えるだけだった。女性は自分かジェミニを消す存在、と思って育ったので、どうしても恐怖心があるのだろう。

 しかしリヤがそんなツインを不安視しているのに気づくと、どうにかして興奮している様子を見せなければと焦った。

 その時ふとジェミニの事を考えたのだ。

 細い身体、白い肌、赤く濡れた瞳。

 ジェミニは性行為の授業でどんな事をしたのだろうか。どんな声が出たのだろうか。

 気づくと性器は興奮していた。


 まさかジェミニに性的な興奮をしてしまったなんて。

 絶対に言えない。


「リヤはそんな意味で言ったわけじゃないよ。それにしょんぼり反省もしてたし。後で仲直りしにいこうよ」

 そんなツインの気持ちを知ってか知らずか、ジェミニはポンと肩を叩く。

「そうだな。俺もちょっと久々のあの部屋でストレス感じて当たり散らしちゃった感じだわ」

「あの部屋怖いよね」

 ジェミニは笑う。そして手を差し伸べた。

「行こ。飛ぶ?」

「いいや、ゆっくり行きたいから」

「わかった。じゃあ歩こう」

 ジェミニはツインの手を握る。ツインは握られた手を慌てて離す。

「こうやるからリヤになんか言われるんだよ」

「見えないとこならいいじゃない。変に意識するからだめなんだよ」

 ジェミニはニッコリとツインに微笑み、また手を握り直す。何も言い返せずツインはされるがまま手を繋いでプエルの家に向かって歩き出した。暖かいジェミニの手を感じて、何故か泣きそうになってしまった。


 プエルの家について、ツインはリヤに謝った。リヤも揶揄したみたいで悪かったと謝った。

 二人が仲直りしたことでとりあえずみんなホッとしたようだ。


 ジェミニはオセロに言う。

「オセロ、空飛ばせてあげるの、また今度ね。ちょっと疲れちゃった」

「ちぇー、絶対今度な!約束だぞ!」

「うん、約束。そうだ、再来週花祭りあったよね?その時空から見せてあげるよ」

「再来週って…」

 と言いかけてツインは口を閉じた。

 ジェミニが気づかないはずは無い。

 再来週にはツインとジェミニの18歳の誕生日が過ぎている。つまり、どちらかが、消されているはずだ。

 どんなつもりでジェミニは約束しているのだろうか。

 ロミオも気づいているようで何ともいたたまれない顔をしていた。


 しかしオセロはそんな繊細な空気を読まなかった。

「再来週じゃ、だめだよ」

「…あれ?そう?」

「そうだよ……。だめだよ。何ていうか、そんな気持ちになれないかもしんないだろ。誤魔化さないでよ」

「そうかー」

 ジェミニはオセロに笑って見せる。

 オセロは泣きそうな顔をしている。

「分かった。じゃあ今週中に、絶対」

 ジェミニはオセロに笑いかける。

 ようやくオセロは大人しく頷いた。


「ほら、オセロもあんまり困らせないように。ほらほら、皆オヤツでも食べよう」

 ロミオが空気を変えるように大きな声をだしたので、ようやく雰囲気が和らいだ。


 ツインは分からなかった。なぜジェミニは再来週なんて無理なことを言ったのだろうか。


 そして、結局ジェミニはオセロとの約束を守ることは無かったのだった。










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