第3話 プエルの家

 ツインは、ジェミニから誘われた事を考えていた。

 プエルの家に、今日は顔を出してよ


「そういえば、最近行ってねぇもんなぁ」

 ツインは呟いた。

 別に避けていたわけではない。何だか別に行かなくていいや、面倒だし。くらいの感覚だった。


「今日はジェミニに付き合ってもらったしな。たまには顔を出すか」

 ツインは捕まえたばかりの宝石虫を見つめながらそう呟いた。



 朝食を食べ、支度をして家を出る。

「ツイン、出かけるの?」

 ツインの母親が声をかける。

「ああ。ちょっとな」

「いつになったらジェミニを殺すの。あげたでしょう、病死に見せかけれる魔法毒薬」

 母親の冷たい声に、ツインはうんざりする。

「っせぇなぁ。んな事しねぇって言ってんだろ」

「何いってんの。あの子を殺せばツインは死ななくていいのに。一人が死ねば自動的に一人が生きれるのに」

「うるせぇって言ってんだろ!」

 ツインは叫ぶ。

「いいか、ジェミニになんかしてみろ。俺がテメェを殺してやるからな」

 ツインはそう母親を睨みつけるとさっさと出て行った。

 ここ最近、いつもジェミニを目の敵にするような母親に、不快な気持ちでいっぱいになった。この気持ちを落ち着かせたい。早くジェミニに会わなければ。


 ツインは走ってプエルの家に向かう。


 プエルの家はツインの家からそう遠くない。集落の繁華街のど真ん中にある大きな家だ。


「おおお!ツインじゃないか!久しぶり!」

 プエルの家に入ると、ちょうど玄関に魔法族男子のリーダー格、ロミオがいた。

 ツインとジェミニより10歳年上のロミオは、二人をとても良く面倒を見てくれていた。

「もう何ヶ月も来ないから心配したぞー。ていうかもっと頻繁に、来なさい」

「すんませーん」

 ちっとも反省していない様子でツインは返事をする。

 中に入ると、ジェミニもいたし、5歳年上のリヤも5歳年下のオセロもいた。

 ジェミニの顔を見ると、ツインはさっきの不快な気持ちが少し落ち着いてきた。


 プエルの家は、魔法族の男子が集まる学校のようなものだ。と言っても、男子は文字の読み書きなど必要とされていない。

 例外もあって、ジェミニはよく本を読みたがり、物好きな魔女たちから学問を教えてもらっていたので文字を読める。

 しかし普通男子は学問を必要としていないので、学ぶことといえば、魔法の使えないものが生活していく上で必要な家事や農業、狩などだ。

 そして何より大切なのは、性行為について学ぶ事だ。男子の一番の仕事は、性行為をし、子孫を増やすことなのだから。


「ツインが全然来ないから、引きずってでも連れてこなきゃと思ってたぜ。どうせ虫取りに夢中だったんだろ」

「大正解」

「ったく。お前もそろそろ18歳なんだ。自覚を持ってくれよ」

 ロミオが呆れたように言う。

「だってさ。一生懸命ここで学んでも、どうせ死ぬかもしれないしさ」

 ツインは口を尖らせて言う。何気なく言ったつもりだが、ロミオの顔がこわばった。


「そんなこと、言うな」

 ロミオは泣きそうだった。

 別にロミオにそんな顔をさせたいわけではなかった。ツインはあわてて言った。

「いや、ほら、面倒じゃん。男から性行為教わるなんてダルいなぁって」

「まあ、その気持ちはわからんでも無いがな」

 ロミオは少し悲しそうな顔を戻した。


 ふとツインはジェミニの方に目を向けた。ジェミニはツインが見ているのに気づくと、ひらひらと手を振った。

 5歳年下のオセロが、ジェミニにあまえている。

「なあ、今日こそ魔法使って見せてくれよ。俺も空飛びたい」

「ダーメ。危ないもん」

「なんでだよー。今朝ツイン連れて飛んでいくの見たぜ」

「あらー、みられちゃった?」

「ツインばっかりズルいじゃんか」

 口を尖らせるオセロを見ていると、いたたまれなくなって、思わずツインは声をかけた。

「悪い。今朝は俺のワガママだったんだよ。ジェミニ、たまにはオセロのお願い聞いてやりなよ」

「ツインが言うならいいよ」

 ジェミニはあっさり言う。


 ジェミニがツインに甘いことは誰もが知っている。もちろんツイン自身も。それに甘えている自分もいることをツインは自覚している。


「よっしゃあ!」

 オセロが喜びの声を上げたところでロミオに止められる。


「はいはい、まずは今日やることをやってねー。ジェミニとオセロは体力づくりね」

「はーい」

「やだなぁ、重いんだもん」

 ジェミニは細い二の腕をまくりながらブーブー文句を言う。文句を言いながらも重いバーベルを運ぶ。

「いやぁー重いぃー」

 顔を真っ赤にさせて女の子のように悲鳴を上げながらバーベルを上げる。

「ジェミニはホント体力無ぃなあ。魔法ばっかり使ってるからだぞー」

 オセロはジェミニを小馬鹿にしながらひょいとバーベルを何度も上げ下げする。

「うるさいっ」

 ジェミニはオセロを睨んだ。


 その様子にツインは目をそらした。


 男子ばかりのこの場で、細い腕を披露するジェミニは、まるで女の子のようだ、とツインは思ってドキドキする。今朝魔法で飛ぶときにしがみついていたときは別に何とも思わなかったのに。


 そんなツインの様子に気づいてはいないようで、ロミオは今度はツインに言う。

「ツインはリヤに性行為について教えてもらえ」

「えー。俺家事教えてもらおうと思って来たのに」

「えーじゃない。お前いつも性行為の件になると逃げて来なくなるじゃないか」

 ツインより5歳年上のリヤがやってきた。

「僕が嫌ならジェミニにお願いしますか?ジェミニとっても優秀なので」

「いや、リヤでいいです。ジェミニから性行為教わるなんて気持ち悪い」

 ツインはあわてて言う。


「なあにぃ?僕ならいいんだよー?手取り足取り教えてあげるのにー」

 ジェミニは体力づくりをサボりたいので、ツイン達に呼びかけてきた。


「やめろよ。お前はちゃんと自分のことやれよ」

 ツインは少し顔を赤くする。

 ジェミニから性行為を教わるなんて冗談じゃない!ただですらたまに女の子にみえてしまうっていうのに。変に意識してしまったのを誰にもバレないように、ツインは急いでリヤに「さっさと始めるぞ」と言った。


 ツインとリヤは別の部屋に行く。

 ツインはこの部屋が好きではない。初めて入ったときは、嫌悪感で吐いてしまった程だ。

「相変わらず悪趣味な部屋だぜ」

 ツインは呟く。

「悪趣味に見えようが、一応必要なものですよ」

 優等生なリヤは真面目に答える。


 性行為を教え教わる部屋には、魔法で作られたという精巧な女性の裸体人形が、たくさん置いてある。実在する妙齢の魔女たちの、身体をモデルにしているのだという。


「見慣れてくださいよ。本当は今頃はツインはこの人形ひとりひとりの特徴を覚えて本番に備える準備をしてないといけない時期なんですよ。それが、ずっとサボってたからまだ座学からじゃないですか」

「ずっと座学でいいよ」

 ツインは弱々しく呟く。

 リヤはツインの言葉を無視して紙に絵を書いて行く。

 文字の読み書きが十分にできていない男子は、絵と伝聞のみで授業を行う。

 妙にリアルな性器の絵に、ツインはウエ、となった。


「一応聞くが……ツイン女性に嫌悪感なんか無いですよね?」

「いや、ずっとあいつらにいつか殺されるかもしれないと思って生きてきたんだ。いい気はしないだろ」

「それにしても、女性の裸体や性器に異常に不快感があるような……」

「え、だってキモくない?」

「……まぁ、うん、そうですね」

 リヤは少し何がいいたそうにしていたが何も言わなかった。


「一応、今日は男性不能じゃないかだけは確認させてもらうよ」

 リヤの真面目な顔に少しツインは不安を覚えた。



 数時間後。

 部屋からぐったりしたツインとリヤが出てきた。

 ジェミニとオセロはサボって遊んでいたようだ。

「お疲れ様、ツイン」

「お前ら遊んでたな」

「へへ、どうだった?久々の授業は」

「疲れた」

 それだけ言うと、ツインは椅子にぐったり腰掛けた。

「とりあえず、男性不能ではないようで良かった。不能なら、この集落で男は生きていけないですから」

 リヤは淡々とキツイことを言う。

 ジェミニはぐったりしているツインに何やら念じる。すると魔法で涼し気な風が起った。

「あー気持ちいい…」

「ふふ、いいでしょ」

 ジェミニは優しい顔でツインの頭に風を当てる。

「ジェミニ、そうやって甘やかすから、ツインが女性よりジェミニのほうが好きになって女性不信になるんですよ」

「はっ!?」

 リヤの言葉をきいて思わずツインはリヤを睨んで椅子から腰を上げる。

「ジェミニ関係ねぇねぇだろ。てか、女性不信とか何だよ」

「す、すみません。軽い冗談のつもりだったんですが…」

 あわててリヤが答えるが、ツインは「帰る」と一言だけ言って家を出て行ってしまった。


「リヤ兄は顔が真面目だから冗談に聞こえないんだよ」

 オセロが非難するように言う。

「まあまあ。オセロもリヤに意地悪いわないの」

 ジェミニはオセロを咎める。

 その時、ロミオが「喧嘩かぁ?」とのんびりした口調でやってきた。

「今ツインが凄い顔で出ていったけど」

「すみません、僕のせいです」

 リヤが小さく手を挙げて説明する。ロミオは険しい顔をした。

「あー、女性不信とか、あんまり人の性的な揶揄は冗談でも良くなかったな」

「反省します」

「まあそれだけでも無さそうだが」

 チラリとジェミニを見る。

 ジェミニも、肩をすくめた。

「なんか、僕のせいも多少ある感じ?ちょっと追いかけてくる」

「いいよ、ほっときな。昼飯でも食べてからでもいいだろ」

 ロミオの言葉に耳を貸さず、ジェミニも行ってしまった。


「何ていうか…リヤが言いたくなる気持ちもわかるな…」

 ロミオの呟きに、「そうでしょう」とリヤは少し諦めた様な返事をした。





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