第14話 真実の話

──なぜ獣はこの国に居座るのか?

 最期は疑問で終わっていた。

 獣の正体という最大の謎が判らないままであったが、日誌のおかげで視野が広まりつつあった。

 獣が国に居座ったパターンもあれば、元々は人間で時折獣になるパターンもある。一番良いのは、皇后に正体を吐かせることだ。

 件を瑛に報告した。日誌の内容も知らなかったようで、終始渋い表情を崩さなかった。

「禧桜陛下に、満月の夜のことを話すべきではありませんか?」

「獣になっていると?」

「ええ。この国にお邪魔させて頂き、人間関係を見つめてきました。皇后に敵対している瑛や柏より、陛下は寄り添っているようにも見えます。我々が知らない皇后の姿を知っているような気がするのです。そのためには、陛下へすべてを話すべきかと思います」

「さすがに俺ひとりでは決められない。医師や柏、伯父上たちにも相談して決めよう」


 数日後、織は陛下直々に呼び出しを受けた。

 瑛がいる中で首を跳ねるようなことはしないだろうが、緊張を身にまといつつ玉座へ向かう。

 中には禧桜はおらず、数人の衛兵と柏がいた。

「陛下はいらっしゃらないのですか?」

「織、こちらへ」

 言われるがままについていくと、隣の大部屋へと案内された。

 中ではすでに陛下は腰を下ろしていて、織は膝を曲げようとするが制止された。

「そのようなことは良い。本日は隣へ参れ」

「しかし……陛下のお近くなど恐れ多く……」

「禧桜陛下が良いとおっしゃっておるのだ。隣へ行け」

 衛兵は偉そうな態度で声高らかに言う。

 織は一歩一歩進むと、陛下の隣へ座った。

 続いて柏や瑛もやってきて、食事の席へつく。

 席の件は陛下から聞いていたようで、特に何も言わなかった。

 禧桜は衛兵たちを部屋から出るように促した。

「食事の前に話がある。織よ、昨日に瑛と柏から満月の夜の話は聞いた」

 織は身を固くした。瑛はポーカーフェイスを保ったままだ。

「儂は獣に変身して、数多くの女人を傷つけていたと。そして皇后がお前を儂の閨へ来るよう仕向け、大怪我を負わせてしまった。すまなかった」

「禧桜陛下……私はそちらにいる瑛郭と柏郭に助けられました。彼らのおかげで私は今、ここにおります」

「ああ、もちろん二人には褒美をやらねばならない。織、お前にもだ」

「恐れ多いことでございます」

「だが聞きたいこともある。満月の夜は不思議と体調が悪くなり、記憶がないのだ。目覚めるのは翌日か数日後。本当に獣になっておるのか?」

「憚りながら、私は陛下のお姿を拝見しました。この目に焼きつけた私ですら、俄には信じがたい出来事でした」

「儂の知らないところで、もう一つの姿を治そうと模索しておったのだな?」

「まことに勝手ながら。陛下はとても苦しそうにしていらっしゃいました。このままではいけないと、文献を読み漁り、医師とも相談しながら何か薬を作れないかと考えておりました」

「何か判ったことはあるか?」

 織は歴代国王の日誌の件を話した。

「なんとも不思議な話だ。誰も日誌の内容を知らなかったのは、厳重に保管されていて中を見る機会がなかったからだろう」

「私もそう思います。これからの話は、大変言いづらいのですが………」

「良い。だから衛兵たちも文官も席を外させたのだ」

「……陛下以外にも、角の生えた獣の影を見たという目撃情報が入りました。陛下との因果関係を突き詰めようとしている最中でございます」

「獣の正体は誰だと思っておるのだ?」

 これにはさすがに息を詰まらせた。皇后と答えたいところだが、彼女は禧桜の第一夫人だ。

 考えあぐねていると、瑛は「皇后です」と横から口を挟んだ。

「そうか……彼女か」

 禧桜は怒りもせず、ただ静かにそう呟いた。

 禧桜の反応を見るに、気に触れるような経験があるのかもしれないと思った。

「実は、彼女を妻として娶った経由が思い出せないのだ。いつの間にか側にいて、彼女の行き過ぎた行いを止められないときがある」

「憚りながら申し上げますが、玉座の間で焚かれているお香が関係あるのではないかと考えました。思考を鈍らせたりする成分の薬草の香りがしたため、毒素を抜くお茶を瑛や柏に飲んでもらっています」

「儂にも淹れてもらえるか?」

 瑛と顔を見合わせた。彼が大きく頷いたため、織は一度自分の家へ戻り、茶器や茶葉を持ち込んで、彼らの前で淹れて見せた。

「美味い。しかし苦いな」

「幸甚の至りでございます。苦みを感じるのは、身体に毒が溜まっている証拠です。飲み続けていれば、甘みを感じられるようになるでしょう。……お香に関しては、我々もよく嗅いでいるものです。陛下のみがあのようなお姿になると考えると、直接的な原因ではありません」

「歴代の王たちからの血筋……とは考えられないか」

「それも視野にいれております」

「何にせよ、原因を特定しなければなるまいな。皇后に吐かせるのが一番いいが……」

 食事を楽しむまではいかなかったが、禧桜自身が現状を知っただけで大きな一歩だ。

 禧桜の言う褒美は数日後にやってきた。

 柏が大きな木箱を抱えていて、すべて禧桜からの褒美だという。

 中には見たこともない薬草や薬に関しての本もある。織にとっては何よりの誉れだ。

 読み進めていく中で、織はぴたりと止まる。

「これは…………」

 紙一枚分に、絵が書いてある。二足歩行で歩く獣人だ。

 書かれている文を翻訳してみると、二十種類もの薬草を調合した薬を飲むと、このような姿になれると書いている。人体実験そのものであり、織は無意識に顔をしかめた。

 半分ほどは聞いたことのない薬草だ。織は医師の元へ向かう。

「獣人になる薬? なんとそれは……」

「頂いた本にたまたま書いてあったのです。ですが、知らない薬草もあり、こちらがどこで取れるものなのか……」

「どれもこれもこの国で取れるものではありませんな。だがこれを作ったところで、陛下をお助けできるわけではないでしょう」

「浄化させる薬を作りたいのです。そのためには詳しい成分を研究したいので、一度作ってみる必要があります」

「……思い出しましたぞ。その薬は過去に煌苑殿にあったような気がします」

「煌苑殿に? 本当ですか?」

「昔、そのような薬を作っていたと先代から聞いたことがあります」

「詳しい作り方の本などありませんか?」

「探してみましょう」

「私も参ります」

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