第184羽♡ 甘くない甘口カレー
――7月23日火曜日午前11時39分。
部室棟四階になる甘口カレー同行会部室で広田とふたりで風見さんの手作りカレーを食べている。
「どう? ボクのカレーは」
「えーとだけど」
「うんうん」
「ちょっと微妙かも」
「えーー!?」
「緒方、はっきりマズいと言ってやれ」
広田が眼鏡をずり上げながら無慈悲な事をいう。
ひどい……
「ねぇ風見さん作る時に味見した?」
「あ、忘れちゃったかも」
素人料理あるある。
何故か味見しない人が多い。
味見は大した手間じゃないし、俺は必ずやった方が良いと思う。
次に同じもの作る時のチェックポイントになるし。
「野菜を炒める時間が足りてない、玉ねぎはキャラメル色になるのが基本かな。あと野菜を炒める順番も意識した方が良いよ、それと香りづけが欲しい……好みで分かれるけど、クミンやシナモンとか色々あるから、まずは色々試してみて自分がこれだと思うのを見つけた方がいいかも。市販のカレールーを使う場合は組み合わせも大事」
「……緒方君は本当にお料理好きなんだね」
「楓に色々教えてもらったから」
「楓……あぁ望月さん月明かりの天使か……あの子かわいいよね。ねぇ緒方君と望月さんって中学が一緒なんだよね?」
「そうだけど、それ以前に幼馴染だから」
「へー宮姫さんの他にも幼馴染いたんだ」
「短い間だったけど、宮姫と同じように楓も保育園が一緒だったからね」
風見さんは俺と宮姫が幼馴染だったことまで知っているらしい。
やはり俺のことをある程度知っていると見て間違いなさそうだ。
「ふーん、なるほどね」
「どうかした?」
「何でもないよ。ところで広田君、もう少し美味しそうに食べてよ」
「それは無理だ。さっき何度もカレー作るのを練習したって言ったが、あれは嘘だろ」
「あ、バレちゃった? 実は初めてで……でもスマホで調べながら頑張ったんだよ! 足りない分は増し増しな愛情と、この100万ドルの笑顔でお願いにゃん♡」
猫ミミ眼鏡っ子でボクッ子と属性増し増しな風見さんは舌ペロをしたかわいらしい笑顔を浮かべる。
こ、これは効果抜群!
押せる。
「100セント(=1ドル)の間違いでは?」
……今日の広田はとにかく口が悪い。
アロハをいじられたのをまだ気にしているのか?
「……風見さんやっぱかわいいよ。さすが
「元だけどね。事務所との契約は3月で切れたから」
「じゃあもう芸能活動は辞めちゃうの? 勿体ないな」
「ボクは続けたいんだけどね……はぁ」
そう言うと少し寂しそうな顔をする。
「あれだけのスキャンダルを起こしたんだ、難しいだろう」
「違う……全部誤解なんだよ! ボクは何もしてない」
「どうだか」
「ねぇ広田君、ボクへの当たり強くない?」
「そんなことはない。第三新聞部部員としてジャーナリズム精神に基づき客観的かつ現実的な意見を述べただけだ」
「でもボクが遠野奏多だって気づいてくれたよね、あと失望したって……あれあれあれ? ひょっとして君は……うんうん、そういうことか」
風見さんは左手をグーにしてパーの右手のポンと叩くと『ワタシ閃きました!』という顔をする。そして次にドラマ出演してた頃のように目を細め笑顔を浮かべる。
「なんだ? その勝ち誇ったような顔は」
「君は遠野奏多のことが好きだったんだね」
「なっ?! ち、違う!」
広田は慌てて否定したが、図星を指されたようだ。
なんだ……そういうことか。
「恥ずかしがらなくてもいいよ。興味関心のない人がへまをしても何とも思わない、君はボクに期待していたから今のボクに失望しているんだね」
「勝手に決めつけるな、貴様など大嫌いだ」
「それでもボクを見つけてくれた、前園さん以外でボクに気づいたのは君だけだよ……ありがとう広田君」
先ほどまでとは打って変わり、風見さんは満面の笑みを浮かべる。
「ぐっ……遠野奏多の演技は素晴らしかった。それ以上の深い意味はない! 勘違いするな!」
「だってさ緒方君……広田君は中々のツンツンなデレデレさんだね」
「やっぱり嫌いだ、今言ったことは全て撤回する!」
広田は憤慨するがもう手遅れだ。
そりゃテレビの向こうにいた憧れの人に、目の前で嬉しそうな顔をされたら誰だって動揺する。
……でも広田、彼女の北川さんにはバレないように気を付けろよ。
俺は絶対に言わないから。
「テレビに出ている側からすると、視聴者の生の声を聞ける機会はあまりなくてね。ネットニュースやテレビ番組で自分の名前が出てきても他人事みたいに感じるんだよ。だから広田君に好きだと言われて嬉しい。頑張った甲斐があったって。あぁボクは何て幸せなんだろう。嬉し過ぎて今なら余計な事も喋ってしまいそうだ。気を付けないとね」
「そうだ風見さん、さっきの話の件だけど」
風見刹那は非公式生徒会について何かを知っている。
そしてそれを共有しても良いとさっき言っていた。
「そうだったね……機械学習生成AI研究会の
「いや……広田は知ってるか?」
「確か去年9月に中等部三年に編入にしてきた帰国子女の」
「そうそう、今はボクと同じF組なんだけど基本誰とも話さないし、すごい変人……って変人の君等に言うのもおかしいけど」
「俺達が変人なら、貴様は相当な奇人だ」
確かに変わってるよね風見さん。
そこは広田に激しく同意。
「彼とはF組のぼっち仲間でね、クラスで浮いてる者同士たまに話をするのさ。少し前に学園経由でAI研にトークアプリのプログラム改修依頼が持ち込まれたらしくてね。でも内容が複雑過ぎてわかるのが柊木君だけで、一か月ほどかけて一人で改修したらしい、でもこの依頼がどうにも変わっててね。改修が終わり修正プログラムを渡したら、すぐに作業データを全消去するよう言われたって、指示通りに消去したらしいけど、しばらくしてテストデータの一部が
「そのデータは今どこに?」
「角にあるそこのデスクトップPCだよ、でログインパスワードはこれ」
風見さんがルーズリーフにボールペンで書かれたメモを俺に差し出す。
「柊木だっけ? よくそんなこと教えてくれたね」
「さっきも言ったけど彼は本当に変わってるの。頼まれたからやっただけでどうでも良いって、非公式生徒会のことも興味ないし何も知らないって、そんなんだから彼自身を調査しても無駄だよ」
「でも本人が気づいてないだけで、非公式生徒会とどこかで接触しているかもしれないよね」
「ボクもそう思ったよ。でも今は柊木君に関わるのはやめてあげて。彼には一つ年下の妹さんがいるんだけど、どうも病気が思わしくないみたいでね。柊木君は毎日のように入院先の病院に通っているから」
柊木夏蔵は気になる。
彼の見つけた残データ次第では、聞きたいことは出てくる可能性もある。
だが今のところ急いで会う必要はない。
まずは残データの解析だ。
忠告を無視すれば、得体の知れないところがある風見さんと対立することになりかねない。
それは避けたい。
「わかった。柊木とは関わらない」
「ありがとう緒方君」
「ところでこのカレーだけど甘口じゃないよね?」
「うん、ボクは辛口の方が好きだから」
それでは甘口カレー同好会ではない。
と思ったが、そもそも風見さんは同行会メンバーじゃないし別にどうでもいいのかもしれない。
「俺は甘口がいい……辛りゃい」
よほど辛かったのか、広田の語尾がバグってしまった。
「うわ~広田君マジギャップ萌え! そんなところが瑞希ちゃんにはたまらないのかも」
「……知るか」
そう吐き捨てると温いコップの水を一気飲みする。
ホント……ギャップ萌えだな。
どう見ても広田は甘口好きには見えない。
……というか広田と風見さん何だかんで仲が良い?
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