第3話 かおる
十八歳の七月の日曜日、その日、僕の足取りは妙に軽かった。このところ、毎日バイトが忙しく、ろくにかおるの顔を見ていなかったが、今日の埋め合わせには自信があったからだ。四月に福岡の専門学校と通信教育の大学に入り、すぐにできたばかりのひとつ年下の彼女、かおるは、いつもの海岸近くの駅前のバス停で待っていた。
そして一ヶ月に一度実家まで行って、僕の父に借りた車で、かおるが初めて地図で見つけてくれた、秘密の海岸、その日行くのが三度目の不思議な海岸向かってアクセルを慎重に踏む。
左側は砂浜、直進すると小さな町を一周して砂浜、右に曲がると鳥居のある少しだけ絶壁の海岸。
いつもふたりで口ジャンケンをしながらの、たわいのない楽しいドライブ、1カ月ぶりの車でのお出かけ。
そしてその日はいつもとは少し違う、贈り物を用意しているのだ。口ジャンケンにも負けるわけにはいかないが、かおるは絶対に右には曲がらないと言い張って聞かなかった、そして、時計も左回りなのだよね、とか言い出した。おまけに僕の左側に彼女が乗っていても聞いてくれてないのねぇ、かずくんって優しく言い出した。僕は何の意味がないことに気がついて、3度目も左回りのコースを選んで最後に鳥居のあるところへ行ってみた、そこへ行ってみて感心した、階段みたいになっているところもあるんだなって。
しばらく歩いて僕は持って来ていた、包み、をかをるに手渡しした。
かずくん何が入ってるのこれ?
プレゼント
だから何この袋?
指輪だよ、かおる
これいくらくらいするの?
十万円以上かなかおるが喜ぶと思って。
僕はかおるに背を向け、自信満々に海を見ながら答えた、夜のバイトをして奮発した贈り物でかおるに何かしてあげたかったのだ。特別な人に大切なかおるに何か特別なものをーーーーー。実際に僕はかおるのことが心底好きだった。それかおるに一生懸命に伝えるために、何か、証、を探していたのだった。
そして、学生にしては気の利いた高価なプレゼントをしよう、と思い立ったのはほんの二ヶ月半くらい前のことだった。
すぐにかおるがつないでいた手を離して、海の方へと包みを投げた!呆然とした僕の視界の中を、ティファニーのシルバーリングが入った包みが横切っていく、僕は、ぼんやりとその光景を、高校時代に修学旅行で行ったアメリカのニューヨークの5番街で行った際にとは違うイメージでこう描きながら飛んでいく包みを見ながら僕は海面を漂いながら遠くに行きだして我に帰った。
かおるが袋ごと指輪を海に捨てたのだ!僕はゆっくりとかおるを振り向いた。かおるは半分泣きながらすごい目をして僕に怒鳴りつけた。
あんなもののために電話だけでずっと会えなかったの?
僕はかおるを怒るべきだと思っていた。
指輪なんかのために、かずくんの声だけしか聞けなかったの?
僕は言い返すべきだと思っていた。
指輪を買うことがかずくんに会えなかった理由だったなんて、それも声しか聞けないなんて、いや!
結局僕は言い返すのも怒るのも忘れていた。なぜなんでだろう、ゆったりとした満足感を覚えながら、かおるを車に乗せ、ゆっくりとアクセルを踏んで安全運転で助手席のかおるの横顔をちらっと眺めては、こんなことを考えていた。それは彼女が、高価な贈り物より僕といる方がいいと言ってくれたからからか? かおるの行動の理由がはっきり分かったからか? その時むしろ不思議な感覚、感情? 嬉しかった。
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