1-5:「Interval Flight」

 離脱し遺跡を後にしたKV-107は、そこから北に向けて進路を取った。


「ラインガン3、こちらステイシス。こっちも822に拾われて、なんとか離脱した」

《了解ステイシス、無事で何よりだ。向こうで会おう》


 機内では、敢日がバブルキャノピーより眼下地上を見降ろしながら、無線通信を行っている姿がある。

敢日の視線の先、飛行するヘリコプター左手下方の地上に、軽装甲機動車2輌と、73式中型トラック1輌からなる車輛隊の走行する姿が見えている。先んじて遺跡より離脱した、第77戦闘団から発された合流部隊の物であった。


「やれやれ、とんだドッキリだったな」


 地上車輛隊との通信を終えた敢日は、外へ向けていた視線を機内へ戻して、発する。


「アレを、あのまま放ってはおけんぞ」


 そんな敢日に対して、制刻は先のベイルサークを放置してきた事を、懸念する言葉を発する。


「分かってる、もう一度退治に行く必要があるだろう。だが、ちゃんと火力装備を整えてだ」


 そんな制刻の懸念に、敢日も承知している旨を返す。しかしそれには、入念な準備を整えての出直しが必要である事を、付け加えた。


「――しかし、同じ部隊にいると聞いてたからもしやと思ったが、やっぱりだったな」


 そこから敢日は、表情を明るく変えて視線を移す。そして機内に居る各員の中の、鳳藤の姿を目に止め、言葉を紡ぐ。


「剱ちゃんも、自由と一緒だったか」


 そして敢日は彼女を下の名前で呼び、そんな言葉を発した。

 敢日と鳳藤もまた、元より互いを知る中であったのだ。


「えぇ、どうも……解放さん」


 しかし、明るい様子で声を掛けた敢日に対して、鳳藤は何かあまり愉快ではなさそうな色を見せ、濁すような返事を返した。


「あらら、まだ苦手に思われたままか」


 そんな鳳藤の態度を見て、敢日は何か困ったように発する。


「解放」


 そこへ、制刻が両者を隔てるように割って入り、二人を微かにだが遠ざけた。


「っと、自由」


 そんな制刻の見せた行動に、敢日はまた何か困ったような様子を見せる。


「なぁ――制刻、いいか?」


 しかしそんな所へ、また別方より、少し遠慮がちな声が割り込んだ。制刻等各々が視線をそちらへ向ければ、そこに話しかけるタイミングを伺っていたらしい、河義の姿があった。


「こちらの方は?民間の方のようだが……」


 そして河義は、敢日の姿を失礼のないように示しながら、尋ねる言葉を発する。


「あぁ。失礼、河義三曹」


 その言葉から、制刻は彼に対していくつかの説明がまだであった事に気付き、まず端的にだが謝罪の言葉を発する。


「これは、解放――敢日 解放(あす はなつ)。俺のダチです」


 そして敢日の姿を親指で示しながら、河義に彼を紹介する言葉を発した。


「ご友人?」

「えぇ。件の、作業着のヤツの企みで、俺等同様にぶっ飛ばされて来たらしい」


 再び疑問の言葉を上げた河義に、制刻は続け説明の言葉を紡ぐ。


「解放。この人ぁ、河義三曹。俺の直の上官だ」


 そして制刻はそこから変わって今度は、敢日に自分の上官である河義を紹介した。


「自由の上司さんですか。こいつが、大分迷惑かけてるでしょう」


 紹介を受けた敢日は、笑いながら、そんなまるで親のようなムーブを河義に見せる。


「あぁ、はい……あ、いえ」


 対する河義は反応に困ったのか、そんなぼやけた返事を返した。


「それと、あのロボットは……?」


 次いで河義は、視線を機体貨物室の中央に移しながら尋ねる。そこには、ボディの腰、尻にあたる部分を床面に降ろして着き、巨体に反したまるで子供のような姿勢で鎮座している、GONGの姿があった。

 その傍には少し屈んで立つ策頼の姿もあった。そして策頼は動物でも見守るような眼で、視線をGONGの見上げてくるモノアイと合わせている。


「GONG――解放が作った、自立型ユニットです。元はあんなにデカくなかったが」


 GONGに関する疑問には、制刻が淡々とした口調で答えた。


「作ったって……はぁ、驚く事ばかりだ」


 先のベイルサークの出現に始まり、立て続いた異質な色々の登場。それらに対して河義は深く考える事がしんどくなったのか、割り切るようにそんな台詞を発した。


「――そろそろ、我々からもいいか?」


 話が一段落したところで、またしても別方向より、声が割り込まれてきた。

 声の発生源は、機内貨物室のコックピット側。各々が視線をそちらに向ければ、コックピット側に、二名の陸隊隊員の立つ姿があった。

 その二名の隊員は、先に遺跡に降り立った時までは、居なかったはずの隊員であった。

 よくよく見れば、その迷彩服の右肩に付けるワッペン――方面隊標識には、南樺太の地が刺繍により記されている。それが、彼等が〝樺太方面隊〟の所属隊員であり、制刻等とは別部隊の隊員である事を示していた。


「あちらさんは?」


 制刻が、その見慣れぬ隊員等について、尋ねる言葉を零す。


「我々は77戦闘団。私は、鐘霧かねきり二尉だ」


 しかし制刻等の側の誰かが発する前に、樺太方面隊隊員の二名の内の片方が、自らの所属と性階級を名乗る言葉を寄越した。鐘霧とその名乗った男性隊員は、その名乗りの通り、迷彩服の襟に二等陸尉の階級章を付けていた。


「あぁ、向こうさんの面子か」


 その名乗りから、制刻は彼等が合流予定であった第77戦闘団の隊員であると知る。


「そうだ。君達を案内するために、こちらに便乗させてもらっている」


 続けそう説明する鐘霧。彼等は先に見えた車輛隊の要員であったが、制刻等の案内のために彼等二人はヘリコプターに移って来たとの事であった。


「なぁ、アンタ」


 鐘桐の隣にいた隊員が、制刻へ声を掛けながら前へ出て来たのはその時であった。

 若い陸士長で、なにやら少し声に抑揚が付いている。


「アンタ、制刻さんだろ?〝樺太事件の特異点〟の」


 陸士長は制刻の名を尋ね、そして続けてそんな二つ名のような物を口にして見せた。


「あぁ、まぁな」


 そんな唐突な問いかけに、対する制刻は何か面倒くさそうな様子を見せながら、適当に肯定の言葉を返す。


「わぁお、スゲェや」


 制刻の肯定の回答に、若い陸士長はうわずった様子でそう発する。


「ロクなモンじゃねぇぞ」


 しかし制刻は反して、何か嫌な事を聞いたかのように顔を顰め、そしてそんな言葉を零した。


朱真しゅま士長、後にするんだ」


 そこへ鐘霧が、咎める言葉を発すると同時に、割り出て来た朱真という名らしい陸士長を下がらせる。しかし朱真は、「へへ」と悪びれもせずに笑いを零すだけであった。


「到着までは、そこまで時間はかからない。しかしその間に少しでも、互いの情報の交換整理をしておきたい」


 鐘霧はそう説明と、要望の言葉を発する。

 制刻、河義等もそれに同意し、両者は情報の交換を始めた。




 情報の交換は、まず双方の部隊がどれほどの人員装備を有するのかの確認から始められた。

 鐘霧の言によれば、転移して来た第77戦闘団が現在有するのは、まず3個普通科中隊。

そして戦闘団に付随していた戦車中隊から、戦車が6両。

さらに1個野砲科射撃中隊。

そして他、高射砲科部隊や施設科部隊、後方支援部隊等。

 加えて、数機のヘリコプターも転移に巻き込まれ、戦闘団と行動を共にしているとの事であった。


「大分、欠けていますね……」


 しかし、その説明を鐘霧より聞いた河義は、そんな言葉を浮かべた。


「そうだ。転移して来た時、我々は不完全な編成となっていた」


 鐘霧は河義のその言葉を肯定、そしてそんな表現の言葉を発する。

 第77戦闘団の基幹となっている第77普通科連隊は、本来は7個普通科中隊を基幹とする、巨大連隊であった。さらに戦闘団を編成する際には、その隷下に戦車中隊や野砲科大隊を編成するのが通例だ。

 しかし今しがた説明された編成は、本来第77戦闘団があるべき姿の、半数にも満たない数であった。


「何か転移に制約でもあるのか?」


 河義は、そんな推察の言葉を発する。そして、転移の元凶である作業服の人物の、知り合いであるという制刻の姿を見る。


「推察するより、ねぇですが」


 しかし視線を向けられた制刻は「知りたいのは俺の方だ」とでも言うような投げやりな様子で、言葉を返した。


「しかし、それでも(軽)区分の普通科連隊に相当します。当初の私達と比較すれば、かなりの戦力です」


 そこへ鳳藤が言葉を挟む。その言葉通り、中隊規模――正面戦力だけで言えば、小隊に毛が生えた程度で飛ばされてきた54普通科連隊からすれば、第77戦闘団の戦力は、大変に強力な物であった。


「戦闘団は、現在はどなたが指揮を執られているんですか?」


 河義は続いて、その戦闘団の指揮官を尋ねる。河義等の54普連のように、本来の指揮官が不在で、代理者が指揮を執っている可能性もあったからだ。


「指揮は、連隊長――戦闘団長の穂播(ほはり)一佐が執っている」


 しかし、鐘霧の口からはそう回答が発される。どうやら第77戦闘団は、本来の指揮官である戦闘団長が一緒に転移して来たようであった。


「あぁ、チクショウ。やっぱり穂播か」


 だが直後、傍からそんな悪態の言葉が上がった。その主は、他でもない制刻。制刻は、その歪で不気味な顔を、より顰めて面倒臭そうな色を作っていた。


「あぁ、言ってたよな。お前、あの一佐さんと、厄介があったんだろう?」


 そこへ、敢日から揶揄うような言葉が飛ぶ。

 それ等の言葉から、制刻とその穂播という指揮官は、何か確執か因縁があるらしい事が伺えた。


「一等陸佐と?一体何があったんだ?」


 上級幹部との因縁があるらしき事を聞き、鳳藤が困惑と呆れの混じった様子で、制刻に尋ねる言葉を発する。


「愉快な話じゃねぇ」


 しかし制刻は端的にそれだけ言い、詳細を話そうとはしなかった。


「面白い事になりそうだな」


 そして敢日が、再び揶揄う言葉を発した。

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