第24話 真ん丸

 ミキたち第五中隊が飛行場に到着した翌日、次に高地から下りてくる部隊を受け入れる準備をする事となった。

 もっとも大半の事は飛行場所属の連中がやってくれるので、ミキたちの出番はほとんどない。

 さりとて兵舎で何もせずにいると面倒を押し付けられそうなので、ミキとアカツキ、アサキの三人は飛行場をブラブラ散策していた。

「しかしあれには慣れないな」

 驚いた事に兵舎での雑事の大半は捕虜が行っていた。多くは獣耳族コボルトだが捕虜用の褐色の服を着て、捕虜を示す腕章を巻いているので直ぐに解る。想像していたよりも数が多いようで、飛行場の片隅には捕虜たちの居住区があるくらいだ。もっともミキたちの兵舎のような立派な物ではなく、ほとんどが天幕で難民集落のようだった。

「始めの頃は大変だったみたいッスけれどね」

 何しろ友軍にすら飯が行き渡っていないような状況である。必然的に捕虜たちにも食事などは行き渡らず、餓死や病死が続出していたらしい。

 そんな状況だったので捕虜たちは輸送物資の荷揚げに積極的に協力した。利敵行為ではあるが、それが自分たちの生存に繋がるからである。飛行場の環境がこれだけ整っているのも、捕虜たちの働きに依るものが大きかったようだ。

「逃げようとは思わなかったのかな」

「さぁな。そいつは捕虜に聞かないと解らん」

 少なくともヨモツ国では捕虜になる事は恥であると教えられている。だから生きる為といえ、積極的に敵に協力するという考えがミキにはよく解らなかった。

 もっとも彼らコボルトがどういう状況で捕虜になったのかは、戦っていたミキたちが一番よく知っている。それを鑑みれば、あるいは仕方がない事なのかもしれない。

 何気なく浜辺まで出てみるとミキたちが上陸した時には想像もつかなかったような立派な船着き場が出来上がっていた。ちょっとした輸送船なら接舷出来そうな大きな物である。よくもまぁこの短時間でこんなドデカい物を作ったと感心を通り越して呆れてしまった。

 もっともそのおかげでこうして補給物資を円滑に送って来られているわけであるから有難い。それが例え戦場に届くのが遅くとも、だ。

 実際問題、ミキたちが知らないだけで上層部は輜重輸送の貧弱さに頭を抱えていた。本来の計画であれば前線のミキたちが飢えるような事は無かった筈なのだ。ところが道の険しさ等々の諸問題が立ち塞がり、計画は全く上手くいかなかったのである。これは上層部にとって大きな課題となっていた。

 さりとてそんな事情を一兵士であるミキたちが知っている筈もない。ただ上層部の無能っぷり(少なくとも彼女たちはそう感じた)に憤るばかりであった。

「しかしこんな大っぴらに作業していて、敵の空襲とかは大丈夫なのかな」

「そういえば最近全然敵機を見ないッスね」

 飛んできていないのだろうか。言われてみると敵機を見ないどころか、友軍機が迎撃に上がっているのも最近は見ていない。

「ねぇ、そこの君たち」

 不意に背後から声を掛けられる。この孤島に似合わない朗らかな声だ。

 何かとミキたちは振り返り――大慌てで踵を鳴らして敬礼をした。そこにいたのは軍刀を下げた紛れもない将校だったからだ。

 その姿を見て、ミキはあまりの丸さに驚いた。

 体型が、ではない。顔が丸いのだ。丸顔、というが、それにしたって丸い。真ん丸である。

「第五中隊の兵舎は何処かな? 知ってる?」

 随分と砕けた接し方をする将校である。見たところかなり若いから士官学校を出たばかりの見習士官なのかもしれない。そういえば階級章も少尉ではなく曹長の物を着けている。ヨモツ国陸軍の見習士官は階級上では曹長なのだ。

「はぁ、案内します」

 どうせやる事もないのでアサキが先導して第五中隊の兵舎まで連れて行く事にした。

「あっ、そうだ。それならあれも持って貰おうかな」

 そう言いながら近くの水兵が担いでいた衣嚢を差す。いわゆる私物入れだ。どうやら何処かに着任しに来たらしい。

 案内する道中、見習士官はアレコレと訊ねて来た。何でもドウメキ島には先ほど着いたばかりであり、ミキの予想通り士官学校を出たばかりの見習士官なのだそうだ。

「……なんか嫌な予感がするッスね」

 小声でアカツキが耳打ちする。

「同感」

 ミキも小声で頷いた。

 兵舎に着くと、中隊長に会いたいというのでそのまま中隊長室まで連れて行く。必然的に悪い予感も強まる。

 幸か不幸か、中隊長室には行かずに済んだ。ちょうどマイハマが廊下を歩いていたからである。

 マイハマの姿を見ると見習士官は踵を鳴らして敬礼した。

「中隊長殿でしょうか」

「ああ、マイハマ大尉だ。そういう貴公は」

「イイヅナ・キクリ見習士官であります。本日付で第五中隊勤務を命ぜられました」

 キクリは図嚢から書類を取り出してマイハマに手渡す。マイハマはそれを受け取ると怪訝な顔で丸い顔と書類を見比べた。

「とりあえず細かい事は部屋で聞こう。私物は将校室に持って行かせておけ」

「はいッ」

 元気な返答。ミキとアカツキ、アサキは顔を見合わせる。

 持って行かせろというのであるからにはミキたちで持って行かねばならない。嫌々ながら持って行こうとしたがマイハマに「ベニキリ」と呼び止められた。

「サイダーを二本持って来てくれ」

「はぁ」

 サイダーなんぞ何処にあるのか知らないが、将校それも中隊長様に「持って来い」と言われれば迅速に持って来なければならない。もっともサイダーのある場所なんてのは主計科か炊事場の所くらいだろう。

 ミキは炊事場に行くと三本のサイダーをせしめ、一本は自分の物として軍服の内側にある包帯入れに忍ばせた。

「ベニキリ、サイダーを持って参りました」

 中隊長室に戻って申告。直ぐに「入れ」という返答。

 入室すると執務机を挟んでマイハマとキクリが対面で話していた。

「……つまり連隊は最後まで島の攻略に加われと」

「はい。交代の話しも出ていたみたいですが、旅団長がこれまで戦った将兵の名誉のために最後まで残ると仰ったそうです」

「将兵の名誉か。有難い話だな」

 そう言うマイハマの口調は「有難い」と思っているようにはとても聞こえなかった。実際、ミキも有難迷惑な話しだと思う。

 ミキは何も言わずに持ってきたサイダーを執務机に置き、回れ右をしようとしたが「栓抜きはどうした」と言われて立ち止まった。

「……えっと」

 そういえば持ってくるのを忘れていた。

 さりとて「忘れました」と言えば怒られるのは目に見えている。何も言わずにサイダーを受け取り、見えないように歯を使って栓を開けて並べられたコップに注ぐ。

 幸いにしてマイハマは歯で開けた事に気付かなかったのか、そのままコップに口を付けた。

「まぁ、良い。いずれにせよ将校は不足していたところだ」

 そういえば今朝がた、我が第二小隊の小隊長が突如高熱を出して発狂、大声で「お祭りだー!」と叫びながら海に飛び込んでいた。

 幸いにして生きていたが、こんな状態で指揮など執れる筈もないので軍病院に入院する事となり、現在は欠員状態である。

 さて、嫌な予感だ。

「貴公には第二小隊長代理を命ずる。細かい申し送り等は後だ」

 ミキは渋面するのを堪えるので必死だった。

 悪い予感は当たったわけである。

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