第11話 マウント

「あなたにそれだけの価値があるのかしら? 薬師としても女としても底辺よね」


 悪事のあるその言葉に体を強張らせながらも、ラズリーは口を開く。


「価値があるかどうか決めるのは私ではありませんから」


 ラズリーの答えにオリビアは実につまらなさそうだ。


「そう言って誤魔化して。そこは自分から身を引くところでしょ」


 今までも色々な人に言われた言葉を聞かされ、ラズリーは悲しむと同時にオリビアも他の人と同じ考えなのだとがっかりする。


「私が身を引いても、オリビア様がファルクと結ばれるとは限りませんよ」


「そうであってもあなたよりは相応しいわ」


(この人たちの言う相応しいっていうのは、どういう事なのかしら)


 容姿? 身分? 知識?


 毎回毎回言われるが、ピンと来ていない。条件で選んだわけではないからだ。


 お互いに幼い頃から側にいて、好きという感情から始まった婚約だから、利点や条件などは考えていない。


 両親も特にお金に困っているとかもなかったし、寧ろ気心知れた仲だからいいよって二つ返事だった。


 そもそもそのような点が問題になるならば、婚約なんて為されなかったはずだ。


 でも現実はお互いの両親、そして国王陛下も認めてくれた。皆に認めてもらって、皆の前で誓った約束なのに、この人達はどれだけその重要さを軽視するのだろう。


 不思議で仕方ない。


「彼のように将来王家に仕えるような人の妻が、あなたのようなパッとしない人だと将来恥をかくでしょ。わたくしのような由緒正しい家柄で、且つ有望な者の方が良いに決まってるじゃない」


(何回も言われたなぁ、この台詞。その王家の方に認めてもらっているのだけれど)


 余りにも見当違いな言葉にこれはきちんと言わねばいけないだろう。


 いつまでもアリーナ達やファルクに任せきりなのも申し訳ない。


「オリビア様、婚約と言うのはそんなに軽いものではないのですよ。家同士の問題ですからね。あなたに言われたからなしになります、なんて出来ません」


 大人しいとされるラズリーの反論に、オリビアは驚いた。


「そんなの分かっているわ。だからこそあなた自らが辞退すればいいのよ。そうすればあなたの両親も、ファルク様もわかってくれるわ」


「……オリビア様に言われたからとお話しなければなりませんけど」


「わたくしはあなたの未熟さを気づかせてあげたのだから、きちんと取り成してね」


 何をどう取りなせと言うのか。オリビアの事は詳しく知らないし、それなのに自分は批判され、ほとほと疲れてしまう。


(私の悪口しか言われてないような気がするけど)


 ファルクの言う通り、関わらないほうが良い人物とは充分に理解した。


 自分から近づいたわけではないから仕方ないけれど、今後も距離を置こうと決める。


(オリビア様。セラフィム国では才女と言われてるそうですけど……恋は盲目、という事でこのような発言をなさるのかしら)


 オリビアの言葉は、とても正当性のあるものとは思えない。


(いつもアリーナ達が庇ってくれるけど、私ももっとしっかりと言い返さないと)


 先程反論めいた事は言ったが、あれだけで心臓もドキドキした。ならばいつも代わりに言ってくれているアリーナ達は、どれだけの勇気を出してくれていたのか。有り難く思う。


「オリビア様、申し訳ありませんけど私にその気はないので、婚約解消はなされませんよ。仮に私の身分や容姿、薬師の腕がファルクの隣に立つに相応しくなくとも、ファルクはそのような事で約束を違える人ではありませんから」


 ファルクは実に生真面目な性格だから、そのような事では別れないと信用している。


 ラズリーをあれだけ甘やかし、好意を伝えてくれる彼が、今更条件が悪いなんて言って、ラズリーを捨てたりはするはずがない。


「もっと良い人が出来れば乗り換えたいと思うものよ」


 ちらほらとそういう人もいるとは聞くが、揺らぐことはない。


 ラズリーにとって最早ファルクは家族。家族であれば、縁はそう簡単には切れないものだ。


「それってオリビア様よりも良い人が居たならば、そちらに移る事もあるという事でしょうか?」


 皮肉、というよりも気になって聞いてみた。オリビアの道理であればそういう事に繋がるが、そこはどう思っているのだろう。


 その言葉にオリビアが酷く動揺したように見える。


「わたくしよりも、あなたの方が優れているとでも言いたいの?」


「そういう事ではなくて、オリビア様の理屈ではそういう意味なのかと思いまして」


 何やら不穏な様子だ。オリビアの雰囲気が変わる。


「わたくしはセラフィム国でも有能で、由緒正しい家柄なの。容姿も頭脳も、他に引けを取らない。あなたになんて絶対に負けないんだから」


「はぁ」


 張り合いたくて言ったわけではないのに、矢継ぎ早にそう言われ、どう返していいのかわからなくなる。


 どうやらプライドを刺激してしまったようだ。


「それにこの前の薬、あんな薬なら塗らない方がマシよ。何あの初歩的なものは、あんなの子ども用じゃない。薬師がそんなのを自慢気に出すなんて、もっと効能の高い、良質なものを提供するべきよ」


「言ってることはわかります。でも強い薬は体に負担がかかりますから、取り扱いに気をつけないと」


「あら。強い薬はしっかりと治すのに有効よ。本当は腕前が未熟で、そのようなものが作れないという事でしょう」


 被せるように言いくるめようとする、ラズリーの話をまともに聞こうとはしなさそうだ。


 強く反論すれば口論になりそうだし、どう言えば伝わるか悩んでしまう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る