第10話 思惑のズレ

 リアム達を昼食の部屋まで案内した後、ラズリー達も別室で昼食をとる。


 食事をしつつ談笑しているのだが、ラズリーはオリビアの事を気にしていた。


(ファルクが嫌がるから呼べなかったけれど、彼女、大丈夫かしら?)


 慣れない場所で、あのような事を言われ、ショックを受けてないといいけれど。


「ラズリー、考え事?」


 アリーナにそう言われハッとする。


「進んでないな。しっかりと食べないと午後の授業がもたないぞ」


「心配してくれてありがとう、少し考え事をしていただけだから、大丈夫」


 ラズリーはこの中で一番食べるのが遅い。

 一口が小さいからか、のんびり屋な性格だからか、いつも最後になってしまう。


(皆を待たせてしまうわね)

 ラズリーは一旦食事に集中し、もぐもぐと頑張って口と手を動かしていく。


 それでもやはりゆっくりなので、頬張る様を他の皆は微笑ましく見ていた。その内に自然と話が始まる。話題はやはり先程の彼女の事。


「うーんと、オリビア様? あの方今日初めてお会いしたけれど、相当思い込みが激しいのかしら。いくら何でもあまり親しくない男性を食事に誘うなんて、尻軽……いえ、フットワーク軽すぎない?」


 アリーナの隠しきれない暴言にルールーが頷く。


「初対面だけれど仲良くなれない事はわかったわ。そもそも未婚の男女が二人だけでいるなんて、婚約者同士とか思わないのかしら。まぁ思わなかったからあのような言動になったのよね。もう少し注意力を持って、思い込みを止めるといいのに」


 二人の言葉に同意しか出ない。


「昨日会っただけなのに、あそこまで熱心に俺に惚れ込めるって驚きだな。勉強は出来ても大事なものが欠けてるんだろう」


 恋愛感情を持つのは自由だ。


 しかし詳細も知らない男性に対してあのようなアプローチをするなど、貴族の令嬢にしてはおかし過ぎる。


 情報を集めて婚約の打診をするなり、交流を図る為に文でやりとりをすりなど、やり様は色々あったはずだ。


 それなのにあんなに闇雲に周囲を省みずに縋りつこうとするなんて、令嬢らしからぬ事だ。


「それとも自分に自信があったか……」


 だから婚約者であるラズリーを前にしても怯まなかったのか。


「こんなに可愛いラズリーを差し置いて? 鏡を贈ってあげましょうか、己を省みる為に」

 アリーナの提案にラズリーは咽る。


「ファルクはどうでも良いとしても、可憐なラズリーに勝てると思ったのかしら。じゃああたしは手袋でも投げつけてやりましょ」


「決闘しようとするな」


 ファルクが反対した事で、アリーナとルールーが不機嫌になる。


「そもそもあんたが油断してあんなのにまた好かれるからでしょ? いつもいつもどこでああいうの拾ってくるのよ」


「そうよそうよ。あたし達は詳しく知らないけど、そもそも森で出会っただけならあんなに懐かないでしょ? 命助けたって何よ、ヒーローにでも転向したの」


「そんなわけないだろ」


 怒涛のような責めに耳がキンキンする。


 ファルクは休日に起きた事の詳細を二人に話す。


「あらぁ、折角のラズリーとのデートが台無しになったのね。でも人助けしたのはいい事よ」


「そうね。変なの釣っちゃったけど、流石騎士ね、いい事だわ」


 褒める所は褒めてくれるから、何だかんだでいい女性達である。


「そう、ファルクは優しくて、そして強いの。魔獣を一撃で倒してオリビア様を助けたんだから」


 ようやく食べ終わったラズリーが参戦する。


「だからオリビア様がファルクに憧れるのもわかるわ。こんなかっこいい人に命を救われたら、そう思うわよね」


 最早憧れの域を越していたのだけれど……。


「あれは憧れじゃなくて、恋慕なの。ラズリー、うかうかしてると取られるわよ」


「それはない!」

 アリーナの忠告を遮ったのはファルクだ。


「絶対にない。だから安心してくれ」


「そうは言いつつ少しは嫉妬してもらえた方が嬉しいでしょ。さすがにその辺り鈍すぎるものね」

 補足するように話すルールーに少しだけファルクは俯いた。


「……少しだけそう思う。心配されなさすぎるのも、関心がないようで寂しい気はある。だが浮気などは絶対にしないから信じてくれ」


 皆から色々言われ、反省する。自分の性格が皆にやきもきさせていたのではないかと。



「はっきりと言ってくれてありがとう。そうね、もう少し状況をしっかりと見ていきたいわ」


 力強くラズリーは拳を握り、決意を露わにする。


「そしてファルク、心配かけてごめんなさい。でも、嫉妬していないわけではないの。他の子と話しているのを見ると凄く寂しくなっちゃう、けどそれを言うと迷惑をかけてしまうかと思って」


「いつだってラズリーの事を迷惑に思った事なんてない。何かあればすぐに言ってくれ」


 アリーナとルールーがいても構わず、ファルクはラズリーを抱きしめる。


 二人の刺すような冷たい視線を諸共せずにファルクは腕に力を込めた。


「いつでも何でも言ってくれ」


(ファルクはいつもそう言ってくれてたなぁ)


 他の子に絡まれた時もそう言っていた。


(でもまさか留学で来たばかりのオリビア様にも嫌われたなんて思わなかったわ)


 折角の同好の士と仲良くなれないのは残念だけれど、もしかしたら今だけの熱かもしれない。


 それが冷めたらもしかしたらお話してくれるかもしれないと淡い期待を持つ。


 でもその時はファルクに内緒にしないように気をつけようと思った。


 これ以上心配と負担をかけるのは申し訳ないから。


 そう思っていたけど。



 ◇◇◇



 あれから数日、いつものように放課後を図書室で過ごしていたらオリビアがやってきた。


 静かな図書室で話すのはと場所を移す。


 人もまばらな中庭での事だ。


「あなたの話を皆に聞いたわ。ファルク様の婚約者というのは間違いがないようね」


「そうですけど……」


 もしかしてまた文句なのかと身構える。


「あなたにそれだけの価値があるのかしら? 薬師としても女としても底辺よね」


 覚悟していたとはいえ真っ向からのオリビアの悪意に、さすがに固まってしまった。

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