第5話 森での出会い

「悲鳴?」


 森の奥から声がした。もしや誰かが魔獣に襲われたのだろうか。


 ファルク達がいるのは街道から少し入ったところ、こちらに来ないとも限らない。


 ラズリーはぎゅっとファルクに引き寄せられる。


「ファルク、急いで助けに行かないと」


 悲鳴が聞こえたということは何かしらがあったはずだ。


 ラズリーは震える体を叱咤して動こうとする。


「俺が行くから、ラズリーはここに残っていて」


 魔獣に慣れていないラズリーを連れて行きたくはない。


「嫌よ。もしも離れていてあなたに何かあったらと……そんなの駄目だわ」


 一瞬悩み、だがラズリーがそう言うならばと考え直す。


 目の届かないところで何かある方が確かに嫌だ。


「シルバ。魔獣がこちらに来たらすぐに逃げるんだぞ」


 ファルクは馬の縄を解いた。万が一魔獣が襲ってきても、すぐに逃げられるようにだ。


 ブルルとひと声鳴いて、シルバはファルク達を見送った。


「どこだ?」


 二人で森の奥へと入る。声はするけれど、姿は見えない。


 ラズリーと離れすぎないように気をつけつつ更に奥へと進んでいく。


(無事だといいが……しかしどんな魔獣だ。俺の手に負えるくらいだといいが)


 ファルクは父と共に魔獣討伐をしたことがある。


 この森にも何回か討伐目的で来たことがあり、大抵のものには負けないようになった。その為にラズリーの護衛を一人で任せられるようになったのだ。


 だがもしも未知なる魔獣であった場合、倒せるかどうかは自信はない。


(最悪ラズリーだけでも逃がさないと)


 ラズリーだけは死守しないとと、改めて決意をする。


 だいぶ進んだ先で、ようやく声の主が見えてきた。


「た、助けて!」


 襲われていたのは若い女性だ。自分達と同じくらいだろうか。


「ラズリー、隠れていて」


 女性が見えたという事は近くに魔獣がいる。


 木の陰にラズリーを隠し、ファルクは剣を抜いて女性の後ろに視線を移す。


 やがて魔獣の姿が見えてきた。


(キラーラットか)


 成犬くらいの大きさの鼠だ。


 発達した牙と群れるのが厄介だが、そこまで強くはない。


 尤もそれはファルクが鍛えていて、しかも魔獣退治の経験があるからであって、普通の人間には脅威である。


 刺激しなければ基本的に襲って来ないタイプの魔獣だが、女性が逃げた事で反射的に追いかけて来たのかもしれない。


「お願い、早く何とかして!」


 女性はパニックを起こしているのか、ずっとわぁわぁと叫んでいる。


 そのキンキン声に顔を顰めつつ、ファルクはキラーラットに近づいた。


 ファルクは剣は抜かず、鞘でキラーラットを殴り飛ばす。


「ヂィッ!」 


 悲鳴と重い殴打音に、周囲のキラーラット達が警戒した。


「さっさと巣に帰れ!」


 敢えて大声を出して威嚇すると、身を翻してキラーラット達は一目散に逃げていく。


 ファルクに殴り飛ばされたキラーラットも、よろよろと仲間を追って去っていった。


 何がきっかけかは分からないが無闇に殺す必要はない。


「大丈夫ですか?」


「はい。でも、とても怖かったです」


 女性は余程怖かったのかぺたりと座ったまま立てないようだ。


「森の奥は魔獣がいて危険です、次からは入るのを止めたほうがいいですよ。怪我はありませんか?」


「はい」


 女性はファルクを見て硬直した。


 赤い燃えるような髪色に紫水晶のような瞳、身長もあり、鍛えられた肉体に女性は釘付けだ。


(これは運命?)


 見惚れているとは知らないファルクは首を傾げる。


「本当に大丈夫でしょうか。どこか怪我でもしたのでは」


「じ、実は足を捻ってしまって、出来れば家まで送って下さりませんか?」


 ファルクと親密になりたいと願う女性は、地面に腰掛けたまま手を伸ばす。


 だが、ファルクはそれを見なかった事にして、隠れさせていたラズリーを呼んだ。


「ラズリー、どうやらこの女性が怪我をしたそうなんだ。見てくれないか?」


「え?」


 連れがいたとは知らない女性は呼ばれて出てきたラズリーを見て驚く。


 一言でいうと、もさい。


 ボリュームのある髪はアレンジも利かせず、大きな眼鏡は厚すぎて見てるだけでクラクラする。

 背も低く、強弱のない体型はまるで子どものようだ。


(どういう関係かしら?)


 もしかしたら兄妹かもと思い直し、女性はラズリーの動向を見て探る。


「失礼します、痛む所を見せてください」


 言われ、とりあえず足首を見せる。


「炎症はしていないようですが、痛むならばこれから腫れるのかも。薬を塗っておきますから、家に帰ったら充分に冷やして休んで下さいね」


 ラズリーは手際よく薬を塗り、包帯を巻く。


「これは何の薬?」


 ラズリーの説明を受け、女性は内心で蔑む。


(初歩的な薬草ね。薬師としては大した事ないわ)


 と思いつつ顔には出さない。


 ファルクの心証を悪くしたくないのだ。


「ありがとうございます」


 お礼を言ってちらりとファルクを見る。


「もし良ければ馬車まで送って頂けませんか? 足が痛くて歩けそうになくて」


 あくまでも支えてほしいという姿勢を崩さずにいたら、ラズリーが心配そうに覗き込んでくる。


「まだ痛むでしょうか。薬が効いてないですか?」


 女性の言葉を聞いて、ラズリーが女性とファルクの間に入ってくる。


 わざとではなく心配しての事だが、邪魔されたと感じた女性はやや不機嫌になった。


「そんなすぐには効かないですわ」


「おかしいですね、すぐ良くなるはずなのに」


 捻挫が嘘だとバレたのかとドキリとした。


「あ、痛みが引いてきたような」


 女性は仕方無しに立ち上がる。


 ファルクは手を貸してくれず、二人のやり取りを見てるくらいだ。


「良かったです、帰れそうですね」


 女性にそう言ってから、ファルクはラズリーの髪を撫でる。


「ありがとうラズリー、君がいて助かった。俺では治療は出来ないからな」


「あら、あなたがいなかったら魔獣を退けられなかったもの。あなたのおかげだわ」


 イチャイチャとしだす二人に女性は面白くない。


 その時誰かの声がまた響いてきた。

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