釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません

しろねこ。

第1話 困りました

「あらあらまぁまぁ」


 本日も困った事に絡まれてしまった。


「どいて下さらない? 私図書室に行きたいのだけれど」


 本を抱えたラズリーは、廊下を立ち塞がるように並ぶ令嬢達に声を掛ける。


 彼女達はラズリーの方も見ずにひそひそと話をするばかりだ。


(これは困りましたね)


 無理矢理通ってもいいだろうけど、それもまた悪く言われそうだ。


 学園に入学してから幾度かある嫌がらせだ。


 婚約者が諌めてくれたりするが、それでも居ないときを狙って、こうして嫌がらせをしてくる。


(何とかしましょ)


 再度声を掛けようとすると、ラズリーの肩に手が置かれた。


「大丈夫よ、ラズリー」


「あたし達に任せなさい」


 そう言って二人の令嬢が、ラズリーの代わりに廊下を立ち塞がる女生徒達に近づいていく。


「こんなにも広がって立ち話なんて、淑女にあるまじき行為よ。ねぇルールー」


 赤い髪の令嬢は胸を張り、きつい目つきで女生徒達を睨む。


「そうね、アリーナ。みっともないったらありゃしないわね」


 クスクスと笑いながら、白い髪の令嬢は近づいた。


「あなた達、急に出てきて失礼ですわね」

 火花が散りそうな睨み合いが始まる。


「皆が通る道を塞ぐなんて、お行儀も意地も悪いんじゃない? サロンにでも籠もってネチネチ話の続きをしたらどう?」


 アリーナはそんな事を言って、虫でも払うかのような仕草をする。


「下らない話で道を塞ぐくらいならば、いっそサロンに閉じこもって出てこないでちょうだい。邪魔以外の何ものでもないわ」


 明らかな喧嘩腰な言葉のルールー、二人の言動を聞いてラズリーははらはらする。


「二人共言い過ぎだわ」


 ラズリーが嗜めるが、二人に引く気はない。


「あら、本当のことよ。全く毎度毎度懲りない人達ね。一度がっつりとお灸を据えてもらいましょ」


 ルールーの言葉に令嬢達はビクリとする。


「学園で起きたことは、自分達で解決しなさいと言われているはずよ」


「意味を履き違えてないかしら? 何をしてもいいとかそういう事ではないのよ?」


 アリーナはため息をついた。


「注意されても懲りないし、幾度もこのような事をされたら、腹が立つに決まっているでしょ」


 ルールーはクスッと笑う。


「まぁちょっと淑女らしからぬ令嬢達がいるって、とあるところで話すだけよ。直接手を出すなんてしないわ」


 ルールーはラズリーの手から本を取る。


「そうよ。こういう無礼な令嬢がいるって話を家族にするだけだわ」


 アリーナもラズリーの手から本を取った。


 二人は空いたラズリー手をそれぞれ取り、堂々と歩き出す。


「御免遊ばせ、通してもらうわよ」


 颯爽とした二人に挟まれ手を引かれ、ラズリーも歩き出す。


 二人に守られたラズリーは滞りなく邪魔した令嬢達の間を通ることが出来た。


 そのまま三人は振り返ることなく図書室へと向かっていった。



 ◇◇◇



「ありがとう、二人のおかげで助かったわぁ」


 ラズリーが深々と頭を下げたのを見て、二人は頭を撫で回す。


「いいのよ、ラズリーにはお世話になってるし、従兄弟の婚約者だもの」


 アリーナはラズリーの婚約者である、ファルクの従姉妹だ。


 アリーナの父親とファルクの父親が兄弟なのである。


 その為アリーナはラズリーを大事にしている。


「あたしもラズリーにはお世話になってるからね。またあの肌がつやつやになる化粧水が欲しいわ」


 ラズリーは薬学の知識を元にして化粧品をいくつか作っている。その化粧品をルールーが気に入った為、付き合いが始まった。


 もちろん優しいラズリー自身も好きな為、こうして手助けもしているのだ。


「さて、図書室なら安全よね。帰りはファルクが迎えに来るだろうし、私達は先に帰るわ」


 名残惜しそうにラズリーを抱きしめるアリーナとルールー。


「もう少し一緒にいたいけれど、ちょっと野暮用が出来たからまたね」


「野暮用?」


「そう。淑女らしからぬあんな令嬢達に売るドレスはなさそうよって、お父様とお母様の前で世間話をしようかなと思って」


 ルールーは意地悪い顔をする。


 ルールーの両親はドレスが好きで、特に母親はドレスの店を開いている。


 王妃御用達のその店は貴族からも評判が良く、提携先も多い。


 もしもドレスが買えないとなれば、貴族令嬢としてこれから先、社交界で大変な事になる。


「奇遇ね。あたしも丁度両親とそういう世間話をしようと思ったの。生真面目なお父様と怒りん坊なお母様がどういう反応をするか、楽しみね」


 アリーナの両親は大公閣下に仕えている。


 大公夫人の専属侍女である母はきっとそこで話をするだろう。


 大公閣下の下で働く父はラズリーの父とも親友で、卑怯な者を嫌う。


 彼女達の父親に真偽を問い詰めにかかるだろう。


「私が両親に相談するからいいのよ」


 申し訳なく思ってそう言うと、二人は首を横にふる。


「「家族と話をするだけよ」」


 気にするなといいたいのだろう。


「学園の事は学園で解決、なんて謳うけれど、要は面倒くさいだけじゃない。それに親に言ったほうがあの子達もすんなりと引くと思うわ」


「そうそう。それにラズリーの両親は多忙だし、すぐに動けないでしょ。ファルクもすぐには親に言えないし。言うとあの父親が乗り込んで来ちゃうものね。それを避けるためにもこういう搦め手の方がいいわ」


 ファルクの父親は短気だし、ラズリーの父親は多忙だ。


 早く穏便に解決をしたいなら任せて欲しいと、二人はラズリーの説得にかかる。


「耐えるのは美徳かもしれないけれど、それで友人が嫌な目に合うのは嫌なのよ。今日だって一人でこっそり動いてああなっちゃったでしょ。ああいう輩とトラブルにならない為にももっとあたし達を頼って」


 ズイッとアリーナはラズリーを見る。


「お節介かもしれないけど、あたし達はラズリーを守りたいの。ほら、小動物みたいで、可愛いじゃない? それにファルクばかり株を上げるのは許せないし」


 ルールーもラズリーを見つめる。


「その赤いリボンも赤い眼鏡もファルクの色でしょ?」


 ラズリーは顔を赤くしてしまう。


「婚約者の色を纏うなんていいわ、憧れちゃう。しかもリボンはファルクからのプレゼント、いいわねぇ」


「あと眼鏡で顔を隠すのも、大きめローブで肌を隠しているのも、ファルクが他の男にラズリーを見られたくないとか言ったからでしょ? ラブラブで羨ましいわ」


 二人の言葉にラズリーは羞恥で俯いてしまう。


(隠していたのに、何でわかるのでしょう?)


 理由は二人にも言ったことはなかった。


 不自然にならない程度にと思っていたのに、バレバレだったなんて恥ずかしすぎる。


「別に皆に晒すことはないからそのままでいいと思うけれど、着飾りたくなったら教えてね。お化粧とヘアセットは任せて」


 アリーナがウィンクをする。


「ではドレスはあたしに任せてね。ラズリーに似合う物をしっかり用意するから必ず相談してよ」


 ルールーも胸を張り、堂々と言い放つ。


「二人共、ありがとう」


 こんなに頼りになる友人が二人もいて、とても嬉しくて胸がほっこりした。



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