第2話 やさしい幼馴染み

「ラズリーすまない、待たせたな」


 間もなく学園も閉まるという時間にファルクがラズリーを迎えに来た。


 だいぶ遅い時間ではあるが、彼が忙しい事は十分に知っているから、ラズリーは怒る事もなく笑顔である。


「ううん、大丈夫よ。勉強も捗ったし、じゃあ帰りましょう」


 必ず来てくれると信じてくれるから、こうして待つのは苦ではない。それよりも人が少なくなった方がいいとまで思っている。


 静かな校舎内を手を繋いで歩く。


 それは人のいない今だから出来る事だから、遅い方が嬉しいのである。


 ファルクの手は剣を握る為固く、そして大きい。頼もしいのもあるし、この感触を自分だけしか知らないと言うのも、特別感を感じる。


(どんなに忙しくてもこうして会う時間を作ってくれるし、嬉しいな)


 帰りもだが、朝も一緒に登園している。


 近くに住んでいる故の特権だけれど、こういう時に婚約者が幼馴染で良かったと思った。


(いつも大切にしてくれてるし、嫌いになんてなるわけないわ)


 ファルクはとにかくラズリーを甘やかす。


 このような手を繋ぐ行為や共に登園など、恥ずかしがる者が多いが、ファルクは寧ろ積極的だ。


 それでいて真摯に振舞ってくれるし、ラズリーにとって本当に理想的な男性である。


(昔から騎士になりたいと言ってたから、曲がったことも嫌いだし)


 誠実且つ人の為になる生き方を、という信念にて行動するファルクをラズリーは尊敬している。


 そして他の女性に現を抜かす事なく、いつまでもラズリー一筋なのも嬉しくて堪らなかった。


「そう言えばアリーナとルールー様に聞いたんだが」


 馬車に乗り、二人きりになった時にその話題を出され、ラズリーの体がビクッと震える。


「何の話かしら? この前二人と食べたお菓子の事とか?」


 誤魔化したかったが、ファルクからは疑いの眼差ししか返ってこない。


「二人がお菓子の話を俺にするわけ無いだろ。前も言ったが、誰かといざこざがあったなど、そう言うのはすぐに言ってほしい。俺の方で対応するから」


「その対応が結構おおごとになるのよね、人と争うような事はなるべくしたくないの」


 ファルクに他人との諍いを言えば、ラズリーの悪口を言った者が干されてしまう。


 身体に危害を加えようとした者は、身分を失った事もある為、怖くなったラズリーはそれ以来ファルクに言えなくなってしまった。


 他人の人生を狂わすような事はしたくない。


「ラズリーは優しいからそう言うが、やってることに応じて罰を受けているだけだ。余計な事をする者が悪い」


 ラズリーはそれでも納得いかない表情だ。


(ラズリーはもっと自分の価値を知るべきだ、自身を大事にして欲しい)


 そもそも耐える必要はない。虐げられたり、嫌がらせを受ける理由はラズリーにはないのだから。


 そうした嫌がらせをされる事自体不当なのだから、それで相手に何かが起きても、それは因果応報というものだ。


「でも、嫌なの」


「……善処する」


 苦々しくも受け入れてくれたので、安堵したラズリーはファルクの手を握った。


「ごめんなさい。私の我儘だとはわかってるんだけど、それでも受け付けないの」


 綺麗事は良くないと思いつつも、つい願ってしまう。


「私にちょっかいを出さなければ一番いいのに」


 静かに暮らしたい、そう望んでいる。


「本当にそう思うよ。君に何もしなければ、俺もアリーナもルールー様も何もしないのだから」


 ラズリーもファルクもお互いを見つめ、くすっと笑ってしまう。


「三人とも、過保護すぎるわ。私ももう十五歳だし、社交界デビューもあと少しなのに」


「わかっている。その日が待ち遠しいような来ないで欲しいような、そんな気持ちだよ。着飾る君は楽しみだけど、可愛らしい君を皆に見せたくないな」


 ファルクはラズリーの髪を撫でる。


「でも貴族の令嬢にとって、とても大事な行事だし、出ないわけにはいかないでしょ」


 この国では十六歳でデビュタントとなる。


 その年齢を過ぎれば成人扱いとなり、婚姻も出来るようになる。


 だが、大体の者は学園に通っているために、これを機に本格的に婚約をするものが増えるのだ。


「ラズリーの父上に頼んでエスコート役はさせて貰えることにはなっているが、それでも他の者の目に映るのは嫌だな」


「またすぐそういう冗談を言って」


 ラズリーが笑えばファルクはますます眉間に皺が寄る。


「冗談じゃないのだが……」


 そんな話をしていたら、ラズリーの家が見えてきた。


「もう着いちゃうね。寂しいけど、また明日」


「あぁ」


 別れの時はやはり寂しい。


 ファルクはラズリーの手をとり、キスをして、共に馬車を下りる。


 ラズリーが屋敷に入るのを見届けてから、再び馬車に乗った。


 その頃にはラズリーに見せていた優しい表情は消え、切れ長の目つきと険しい表情になっている。


「アリーナとルールー様が言っていた令嬢共に後悔を与えなきゃな」


 ラズリーを大事に思う者はファルクやアリーナ達の他にもいる。


 その者達にも話をしておけば自ずとわかるはずだ。

 ラズリーに手を出してはいけないと。


(それまでは俺が牽制に動かねばな)


 直接手を下す程でもない小物だが、これ以上ラズリーが傷つくような事態は避けたい。


 善処すると言った手前、派手には動けない。ラズリーにばれないように行動しよう。




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