俺はどうやら猫らしい

雪野スオミ

俺はどうやら猫らしい

 目を開けると、何やら肌寒い感覚が俺を襲った。確かに昨日の夜は特に寝苦しく、クーラーの温度を普段より下げて使っていた記憶がある。それに夏とはいえ、朝は夜に比べて冷えるだろう。しかし今のそれはそんなものの比ではなかった。それに布団の中に居たはずなのに何だか酷く床が硬い。俺はとりあえず起き上がろうと手を伸ばした。しかしどうにも力が入らない。一体どうしたことだろうか、風邪でもひいたか。なら薬を取りに行くかと、そう薄ぼんやりと目覚めた俺は思わず叫び声をあげた。だがその叫び声はニャーという間の抜けたものだった。俺の体は猫になっていた。それもどこの街かもわからない場所の野良猫になっていたのだ。

 初めは夢の続きだ、何て思いながら道なりに歩いていた。俺の経験からすると、こうした夢はそのうち疲れて目が覚めるものだ。そうに違いない。だが疲れるばかりで一向に目は覚めなかった。普段なら数分もあればたどり着けるであろう道をずいぶんと時間をかけて歩いている。俺は段々と不安になって道行く人に助けを求め続けた。

「俺は人だ! 誰か! おい!」

そう言い続ければいつかは気づいてくれるかもしれないと思った。だがそんな俺の思いはもちろん届かなかった。俺が必死で叫ぶ姿はニャーニャーと愛らしく鳴く一匹の野良猫でしかなかった。

 俺はしばらく歩き続けたが一向に元に戻る気配はない。路地裏の残飯が俺の今日の夕飯だった。いつも仕方なく食べるコンビニ弁当が、今日一日何も食べていない俺の体にはこれまでで最も美味しいご馳走に思えた。

「やれやれ、今日はここで寝るか」

冷たい壁に体をすり寄せた。突然の雨風を防ぐことができるなら十分なのだ。

 俺が目を閉じて眠ろうとしたとき、目の前にきれいな自転車が止まった。乗っていた人間がしゃがみこんで俺のことを見つめた。

「ねぇ貴方、私に飼われない?」

優しい目の女が俺の頭上に居た。俺の方をまっすぐ見つめ、微笑んでいる。俺はそのとき地獄に仏ということわざを思い出していた。俺は目を輝かせながら体を起こした。女は手を広げて笑顔で俺の方を見る。俺は───


 いや、本当にこれで良いのだろうか? 確かにこのまま辺りを彷徨っていても、人間に戻れるとは限らない。ペットとしてこの女についていけば食い物や住む家には困らないだろう。だが一生そこに暮らし続けなければならない。家から出られず、死ぬまでを同じ場所で過ごすことになる。俺は自由を捨てることになる。俺は猫の頭で必死に考え、そして結論を出した。


A 女と行く。

B 断るように逃げる。

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