第32話

「まさか……君がそんな風に思ってくれてたなんて……思わなかった……」

「だって……俺、言わないでいようかと思ってたから……あんたと俺じゃ、生きてる世界が違い過ぎるしな」

「世界って……俺が公務員で君がホストってこと?そんなの、大したことじゃないさ。今だってこうして会ってるだろ?」

「そりゃそうだけど……これからも会ったとしても、問題が発生しかねないだろ……」

「問題って……何?」

 奏一が訝しげにたずねてくる。

「いや、それはわかんねぇけど……あんたはどうなんだよ!俺じゃダメか?」

 ユイトがそう言うと、奏一はユイトの腕を解いた。そのことに、わずかに不安を感じてしまう。

 すると、奏一は座っていた椅子から立ち上がり、ユイトの方を向くと前から抱きしめてきた。奏一の方からこういったことをされるとは思わなかったので、思わず面食らってしまった。

「え、ど、どうしたんだよ」

「俺も……君が好きなんだ。バーで出会った時から、ね。きっと一目惚れ、かな」

「ひ、一目惚れ!?俺に?」

「うん。君と出会ったあの頃、俺は浩一郎のことをいつまでもウジウジと考えていてもしょうがないから、次に進もうと思って、バーで出会いを探したりしてたんだ」

 そんな時に、ユイトを見かけたのだという。

「最初は、君は頬に痣を作っていたから、どうしたんだろうと思ったんだ。でも、その……君が好みだったから……それで、仲良くなりたいと思った」

 わずかに、奏一の腕に力が込められた。

「俺、浩一郎とはタイプ全然違うけどな……」

「それは……関係ないよ。違うタイプを好きになることだってあるだろ……君だから好きになったんだよ」

 奏一がそう言うと、ユイトは自分より少し背の高い奏一の肩に額を乗せた。

「ありがとう……好きになってくれて」

「ユイト君のことは、凄く好きだよ……でも、言わなきゃいけないことがある……言うべきじゃないかもしれないけれど、君に黙っておけない……けじめをはっきりつけなきゃ……」

  ユイトは顔を上げて奏一の背に回していた腕を解き、身を少し離した。そして、両腕を掴んだ。

「一体……何の事だよ……」

 不安げにユイトが問うと、俯いて奏一が話し出した。

「さっき君は、俺が浩一郎を忘れてなくてもって言ってたけど……その通り、俺の中にはまだ浩一郎が残ってる。突然の別れだったし、踏ん切りが付かないのかもしれない。君と出会って、好きになったら忘れられるかと思ったけど……そう上手くもいかなかった……」

「そうか……」

 ユイトは腕から手を放し、奏一の手を優しく握った。

「君を好きなのは本当だし、いいかげん前を向かなければと思う。それに、君を好きなのに、未だにアイツのことを引き摺ってるのは……申し訳なくて、仕方ない……」

 今にも、泣き出しそうな声だった。奏一は俯いているから見えないが、もしかしたら、目に涙を溜めているかもしれない。

 しっかりと自分の思いを伝えたくて、奏一の手から手を離すと、奏一の頬に手を当てて、ゆっくりと上向かせた。すると、薄っすらと目元は光っていた。

「アイツが心にいたっていい……。忘れられないヤツの一人くらいはいるもんだろ……だから、だからさ、俺を愛してくれれば、それでいい。無理に、アイツを忘れなくていいから……」

 奏一の目が、しっかりとユイトの目を捉えた。

「本当に、本当にそう言ってくれるのか?」

「あぁ。もちろん。俺は、あんたが俺を見てくれてるなら、それでいいんだ。他には何も望まねぇ……」

「ありがとう……」

 奏一が呟くと、どちらともなく唇を重ねた。ユイトは、何て甘いのだろうかと思った。好きな人とするキスは、こうまでも甘いものかと改めて感じる。思わず、エリとのキスを思い出してしまったが、エリには申し訳ないとは思いつつ、振り払った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る