第17話 デート

翌日。


「え? 土曜日?」

「そう。遊園地、行かない?」


貴島君がお弁当箱を片付けながら照れくさそうに言った。

明日は土曜日だから学校は休みだ。

だから遊びに行こうと誘われたんだけど、つまり、それってデートってこと?


「そこで告白の返事、聞かせてほしいんだ」

「あ……」


そうだった。

返事……。もう一週間たつんだ。

お試しの一週間なんだから、私も考えてしっかり答えを出さなくちゃ。

私は小さく頷く。


「ありがとう」


貴島君の笑顔を胸が苦しくなった。


明日は返事をしなくてはいけない大切な日。

だから、早く家に帰ってゆっくり気持ちの整理をしたかったのに。

こんな日に委員会があるなんて……。

ため息をついて、重い気持ちのまま会議室へ向かう。

なんだか貴島君と一緒に行きにくい感じがして、先に行っててもらった。

ズルズルと委員会の時間は迫り、仕方なく会議室へ向かう。

会議は始まる寸前で、私は黙って貴島君の隣に座った。


「どうしたの? 体調でも悪い?」


貴島君が小声で聞いてきた。

遅かった私を心配してくれたんだろう。


「ううん、大丈夫だよ。ごめんね」


小さく微笑んで俯いた。

机はコの字型になっているから前には龍輝君がいる。

チラッと見ると龍輝君は机に頬杖ついて黒板を見ていた。


『GAME OVERだ』


龍輝君の声が蘇る。

龍輝君にとって遊びは終わった。

暇つぶしは終わった。

ただそれだけのこと。

それだけのこと……だ。

それなのに、なんかだかあの言葉が頭から離れなかった。


「松永さん? 会議終わったよ」

「あ、うん……」

「大丈夫?」


会議に身が入らなかった私を、心配そうに貴島君が見つめる。

心配かけてはいけないね。

私は微笑んで首を振り、素早く立ち上がった。

そのはずみで勢いついて後ろに軽くよろける。


「わわっ」


バランスを崩すが、誰かにぶつかり、身体を支えられた。


「ごめんなさい! あ、龍輝君……」


謝りながら振り返ると龍輝君が後ろに立っていた。

肩には大きな手が添えられている。

その手を意識してしまい、パッと姿勢を正して体勢を整える。


「大丈夫?」

「うん……」


表向きの爽やかに笑顔を向ける龍輝君に戸惑った。

そうだ、まだ周りにはみんながいるもんね。


「何? 春岡」

「これ次の議題。次回の会議、君達のクラスが司会当番だろ」


龍輝君は貴島君に資料を渡す。


貴島君はスグには受け取らなかった。

それを見て、龍輝君は黙って机に資料を置こうとしたとき、貴島君は小さく苦笑した。


「あーあ。明日せっかくのデートなのに、次回の司会なんて気が重くなるような話するなよ」

「貴島君っ」


慌てて声をかける。

別に今、そんなこと言わなくてもいいのに……!

龍輝君は表情を変えずに、ただチラリと貴島君を見た。


「そりゃぁ、悪かったな」


そして軽く笑った龍輝君は、私と目を合わさず会議室を出て行った。

私を見ようとしない龍輝君の背中を目で追ってしまう。

デートだって聞いて、なにも思わなかったのかな……。


「……」

「松永さん?」


貴島君に声をかけられて顔を上げる。


「帰ろう」


そう言って貴島君は先に歩いて行った。

今日の帰り道はいつもより言葉少なめだった。

家の前まで来ると、貴島君は優しく微笑む。


「また連絡するね。明日……、楽しみにしてるから」

「あ、うん」

「じゃぁ、明日」


貴島君は軽く手を挙げて帰っていった。

それに笑顔で手を振り返す。

明日か……。

ふぅ、と息を吐いて家に入ろうと踵を返した。


「デートか?」

「わぁ!!」


急に後ろから声をかけられて驚いて振り返る。

そこには大学帰りのお兄ちゃんが立っていた。


「お兄ちゃん! 見ていたの!?」

「デートの割には嬉しそうじゃねぇのな」

「そんなこと……」

「初デートでそんな顔されてりゃぁたまんねぇな」


お兄ちゃんはフッと鼻を鳴らして辛辣な言葉をかける。

返す言葉もなく下を俯くいた。

わかっている。

戸惑った表情しているくらい。

明日のデートではなく、違うことを考えてしまっていることにも。


「自分がどうしたいのかよくわからないんだもん……」


ポツリと呟いた。

お兄ちゃんは私の頭をポンポンと撫でた。


「よく考えろ。いつまでもそんな顔してると相手に失礼だぞ」


失礼なのはわかってる。

痛いほどわかっているよ、お兄ちゃん。

きっと、多分。

私の気持ちはもう、決まっているんだ。

きっと、ずっと前から……。


そして初デートの日がやってきた。

貴島君とは駅で待ち合わせをして、一番近い遊園地にやってきた。

土曜日ということもあって、家族連れやカップルでにぎわっている。

そんな楽しい雰囲気に、自然と気分も上昇していった。


「遊園地なんて久しぶり」


最近は全然来ていなかった。


「俺も。まず何乗りたい?」

「貴島君は?」

「何でも大丈夫」

「じゃぁジェットコースター行こうよ」


私達はさっそく目玉の乗り物に向かった。

絶叫系や水を使ったアトラクションや乗り物、ショーなどを楽しんだ。

貴島君も激しい乗り物系は大丈夫なようで、私が乗りたいものを優先してくれる。

遊びながらも上手にリードしてくれて、貴島君の気遣いを感じた。

そして、あっという間に時間は過ぎていった。


「ちょっと休もうか」

「うん。色々乗り物乗って疲れたもんね。休憩しよう」


ベンチに座ると、貴島君はまたスッと立ち上がった。


「ちょっと待ってて」


しばらくすると貴島君がジュースを持って走ってきた。

そして、ひとつを私に差し出してくれる。


「はい、どうぞ」

「わざわざ買ってきてくれたの? ありがとう」


お金を渡そうとすると断られたので、ありがたくいただく。


「なんかはしゃぎ過ぎちゃったかな」

「ふふ。でも楽しいよ」

「本当?」

「うん」

「それなら良かった」


貴島君は嬉しそうに笑う。

そしてフッと真面目な顔つきになった。


「帰りまでにさ、答え用意しておいてほしいんだ」

「答え?」

「うん。告白の返事」


そうだった、返事しなきゃいけなかったんだ。

私は黙って頷く。

自分の気持ちについて昨日、一晩よく考えた。

このモヤモヤした気持ち、この罪悪感にも似た気持ち。


「帰りでいいの?」

「……帰りがいいな。今は楽しいから」


貴島君は呟くように言った。

きっと貴島君は私の答えを予想している。

だから帰りで良いって言っているんだ。

今の楽しさを壊したくないから……。


辺りは夕日が照らし出していて、この小さな遊園地も閉園のアナウンスが流れ始める。

周りもぞろぞろと帰路につき始めていた。


「……帰ろうか」


貴島君は小さく微笑んで歩き出す。

その背中を見つめ、私はソッと深呼吸した。


「貴島君」


私のちょっと緊張した声に貴島君はゆっくり振り返る。

視線が合い、貴島君は黙って私の言葉を待つ。


「今日はとても楽しかった。遊園地なんて久しぶりだし、凄く笑ったと思う」

「うん……」

「貴島君は優しいし、気遣ってくれるし、一緒にいて一日があっという間だったよ」


でも…、でもね…。

私はそっと胸を押さえる。


「ずっとここに何かがひっかかるの……」


そう。貴島君と楽しく笑っていても、フッとした時に胸が苦しくなる。

他のことを考えている自分がいる。


「自分でもよくわからないんだけど……、貴島君と居てもこころの底は違うこと感じていて……」


なんて言っていいか言葉が見つからず唇を噛む。

そんな私に貴島君は一歩近寄る。


「……その引っ掛かっているものは俺じゃないの?」


真っすぐに聞かれて小さく頷く。

そう。この引っ掛かる何かは貴島君ではない。

これは……。


「春岡……とか?」


貴島君の低い声に、言葉が詰まる。

どう答えようか。そう考えたが、ここは素直に小さく頷いた。


「そっか……」

「……一週間、貴島君と居て楽しかったけど、貴島君と居れば居るほど気持ちが苦しくなって……。わからなくなることが多くなったの。貴島君と居ても、どうしても龍輝君を考えてしまうことが多かった」

「そう」


貴島君は静かに頷く。


「だから、ごめんなさい……。貴島君とはお付き合いは出来ません」

「それが答え?」


顔を上げずにコクンと頷く。

夕日が赤く眩しくて、頬がジリジリと赤くなる。

しばらくの間、黙っていた貴島君はハァと深くため息をついた。


「そんな気がしてた」

「貴島君……」

「だから無理矢理、一週間付き合ってもらったんだ。少しでも俺を見てくれるんじゃないかって、少しの期待と希望を持って」


貴島君は悲しげな顔で微笑む。


「俺だけを見てほしかった。でも松永さんが見ていたのは俺じゃなかった」


貴島君はハハハと渇いた笑い声を出す。


「本当は気が付いていたんだ。君が春岡ばかりを目で追っているって」

「えっ?」


龍輝君を目で追っていたのだろうか? 自分ではそんなつもりはなかったのだけれど。


「困らせるようなことして、ごめん。これからも良きクラスメイトとして付き合ってくれると嬉しい」

「それはもちろん」


でも……、と貴島君は私に一歩近寄る。


「春岡に勝ちたかった」

「勝つ……?」


うん、と貴島君は頷く。

勝つとはどういうことだろう。


「俺は春岡に何をやっても勝てない。模試も君も……。俺が欲しいものはみんな春岡が持っていくんだ」

「貴島君……」


切なそうな、悔しそうな表情で唇を噛む。

そして、今にも泣きそうな表情で私を見た。


「君を奪えたら良かったのに……」


そう呟くと、ソッと私の髪を撫でた。

その手が冷たくて、貴島君の悲しい気持ちが流れてきた。

すぐに答えを出さなかった私もいけなかった。一週間、貴島君の心を弄んでしまったに等しい。


「ごめんなさい」


私は頭を下げる。


「謝らないで。一週間、ありがとう。松永さん」

「私こそ、ありがとう」


ごめんなさい、貴島君。

気持ちに応えてあげられなくて。

ごめんなさい。

ありがとう。

こんな私を好きだと言ってくれて。

想ってくれて。

ありがとう。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る