ふたりの恋は、甘い嘘。

綾埼空

恋心は嘘をつく

「好きだよ」

「付き合ってください!」


 端的に言うと、ふたりの女の子からそれぞれ違う時に告白されて、彼女らは恋愛関係――いわゆるカップルというやつのはずで、つまり私は浮気者どもとそしる権利があるのだ。

 ……いや、そうじゃなくて。

 冷静に物事を考えた私は放課後に、駅前のファミレスへふたりを呼び出した。

 穏やかなBGMとは裏腹に客席は雑然としているものの、予約表にはひと組の待ちしかなく、これならすぐに呼ばれるはずだと心が軽くなる。

 瀬良と記入したところで、自分が冷静でないと思い知る。背中を流れる冷や汗の違和感が指先まで伝播し、二重線を引いてセラと書き直すのにすごく労力を要した。クリーニングから帰ってきたばかりのブレザーが重い。

 待合室を振り返るのも恐ろしい。

 明希あきとマロは、告白なんて思い違いであったかのように私の誘いに二もなく頷いた。

 談笑してるふたりを見ていると、ほんとに私の勘違いだって気がしてくる。

 (友達として)好きだよ。

 (買い物に)付き合ってください!

 どう聞き間違えたらそうなるかは謎で、次第によっては耳鼻科か心療内科のお世話にならなければいけないが、それが一番ありえる。


「いや、交際を申し込んだつもりだけど」

「らぶだよー」


 私の恥ずかしい妄想を否定されたのは、テーブル席に通され注文したドリンクバーからいつものを準備してくれた明希が座って、マロがストローを経由して一気に緑色の炭酸飲料を飲み干したところでだった。

 整然とした四角い氷が浮力を奪われて、からん、と涼しげな音を鳴らした。


「おかわり持ってくんね」


 マロの夕焼けに染まった風のような赤茶色の後ろ髪を見送って、そこに縋りつきたいと思う。

 女神の前髪すら掴めない。目の前でブラックコーヒーを吸い上げては顔をしかめる明希の、染まることを知らない黒髪は短く切り揃えられ、その規律を乱さぬ厳格さで正中線の分け目がカーテンのように、神々しいおでこを開帳していた。


「勘違いって言うなら」


 ストローから離れて言葉を紡ぐその唇は、一音一音をはっきりと発音する美徳を輝かせるように大きく開かれて、薄桃色の口腔を晒していた。

 真っ黒な液体はひとしずくもない。

 不機嫌にも見える渋面は、彼女だけが知る苦しみの存在を、私にも伝えてくれていた。


「わたしらが付き合っているってことがそうなんだけど」

「でも、付き合い始めたって教えてくれたのふたりでしょ? この前のプレゼント選びにアドバイス求められたこともあるよ」

「実際に交際関係ではあるよ。でもそこにお互いへの愛だの恋だのがあるわけじゃないんだ」


 明希の言いぶんが理解できない。友愛を越えたから恋愛をしてるのではないのか。


「にぶちんだねー、あかりちゃんは」


 黒色の液体でグラスをとっぷりと満たしたマロが帰ってきた。炭酸の気泡が浮かんでは消えていく。明希のそれとは違った。


「あっきーとまかろんは、灯ちゃんが好きなの。だから付き合ってたの」


 そんな言葉を嚥下するより先に、マロの機嫌がいいのだなと思った。

 彼女の一人称が自分の名前になるときは、浮足立っているときである。

 茉花幸と書いてまかろんと呼ぶ。幸せはどこから生えてきた。


「……その、らぶの告白が、あってさ」

「そうだね」「うん」


 ふたりの相槌が重なる。


「その、私のことが……好き? で、さ。それで……なんでふたりが付き合ってたの?」

「わたしのことを意識してほしかったから」

「嫉妬してほしかったんだよ!」


 それぞれが順番待ちの列を守るように返答してくれたおかげで、ガラスの破片が突き刺さるのに似た痛みを伴って聞き届けることができた。


「つまり、ふたりは……私のことが好きだから、付き合ってたってこと?」

「そうだよ」「そう言ってるじゃんかー」


 返答が再び重なって、でも、もはや逃避はできなかった。

 ひと口も口をつけず、すっかり汗をかいてしまったグラスを指でなぞる。

 どうしても、夏の雲のように白いジュースを飲む気にはならなかった。

 こんな現実の付き添いにしては甘すぎる。紅茶か、いっそ明希と同じものにすればよかった。

 いつもなんてとっくに崩れてしまっていたのだから。

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