Peach & Grape smokes. (Hi-sensibility)

春嵐

第1話

 夜。屋上。そこそこの風。

 彼女が来た。煙草擬きをくわえている。


「暇ですか?」


「まぁな」


 暇ではない。しかし、屋上で煙草擬きをくわえている以上、肯定するより他になかった。

 世界が危機を迎えている。そして、その危機を回避できるのは、自分だけ。いつも通りで、代わりようのない、任務。


「子供ができました」


 誰の、と。訊こうとして。やめた。ろくな会話にならない予感。


「誰の、って。訊かないんですね」


 訊くべきだったらしい。世界の危機は救えても、女の機嫌はとれない。


「任務は降りるのか」


「まさか。続けますよ」


 肚の中の子供まで焼き殺しそうな目をしていた。この女には、命に対する執着がない。同じものに、世界を救うという使命そのものに冒されているのに、彼女だけは恬淡としている。煙草擬きをくわえているのに、目的は真逆。


「風が気持ちいいなぁ」


 夜を眺める、彼女。煙草擬きの煙。流れて消える。


「飯は食えるのか」


「ばかにしてます?」


 つわりを気にした発言だったが、伝わらないらしい。まぁ食えてるならいいか。


 煙草擬き。

 これを吸っていないと、世界に毒されていく。互いに。世界の危機を救う代わりに、世界から見放されて。いつか、救えなかった世界と共に息絶える。そういう人生。

 自分が煙草擬きを吸うのは、生き残るため。世界にしがみついて、そしてまた、この屋上で女の隣で煙草擬きを吸うため。なんとも女々しい理由。

 彼女が煙草擬きを吸うのは、死ぬため。死ぬその瞬間に、全ての力を出し切って息絶えるため。肚の中に何がいようと、それは変わらないだろう。どこまでも、一本気な女。そこが好きでもある。


「わたしはやりますよ。最期まで」


 応えようがなかった。止めても、彼女は止まらないだろうし。

 煙草擬きを吸って。言いたかった言葉と一緒に。煙に変換して吐き出していく。

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