第8話
A SIDE
「今の古賀ちゃんやろ?なんやったん?」
「今日のライブ見に来るかって聞きに来ていました。」
「それだけ?」
「はい、それだけです。」
また熊さんに誂われた。それでも私が見に来てくれるか心配だったのだろうかと思うと少し可笑しかった。
「ほな、そろそろ行くかな。」
熊さんに促されて職員室を出ると、帰り支度をした南さんが待っていた。3人でホールに向かう。
「今日は2組かぁ。今年は少ないなぁ。来月はもうちっとは一年も増えるかねぇ。」
「増えてくれないと困りますね。」
「ライバルは多いほうが良いってか。」
「いやいや、そういうことじゃなくて。」
「ふふふ。一年生のみんなも頑張って欲しいですね。」
ホールに入ると、前回と同じようにPA卓の前に陣取った。勿論、山藤さんもPA卓にいる。
「古賀ちゃんは相変わらずなんやろうけど、川北くんのベース、どうなん?」
熊さんが教え子のこと心配している。
「まぁ色々あるみたいで…」
「ん?なんや深刻なことか?」
「いえ、そうではないんですけど、まぁ大丈夫ですよ。」
などと話をしていると、今日の講評員の先生からのイベント開始の挨拶が始まり最初のユニットが出てきた。昔からよくある男二人のアコギデュオだ。これを見て先生方はなんて講評するのかなぁ。などと思いながら、ぼーっと見ていた。
最初のユニットが終わり転換時間である。
「芝井戸先生。」
急に声を掛けられた先には2年の上林さんが立っていた。思わず身構える。
「先生、見に来られるなんて珍しいですね。」
「そうですか?」
「今日、私も出ます。見てくれますか?」
「時間があればになりますが…。」
「…そうですか。では、失礼します。」
上林さんが客席に消えたのを確認して、南さんが小声でいたずらっぽく声を掛けてくる。
「先生~。上林さんとなにかあったんですかぁ?」
「いえ、その、何もないこともないのですが。」
下手に隠して変な噂になるのはまずいので、耳打ちで簡潔に話をすることにした。
「去年、バレンタインデーにチョコレートとお手紙を頂きまして。その。」
「わ!そうなんですか?で、なんてお返事を?」
「20近く歳下の生徒に、なんて返せばいいのか分からず、その…チョコありがとうございました。とだけ。ほんとにそれだけです。」
「うわー、先生それダメなやつー。一番ダメなやつー!」
「はい、分かっているのですが。」
「でも難しい問題ですよね。そっかぁ。」
本当に何も無い。それが逆に問題なのは分かっているのだが、あの状況下で傷つけずに断る術を私は知らないのだ。あれ以来、上林さんとはどう接して良いのか分からず今に至っている。
そうこうしている内に、ひみつのおとのステージが始まった。
「こんばんは、ひみつのおとです。よろしくお願いします。」
前回に比べ、のど自慢成分は低くなっていた。
「結成は先月のこのイベントのすぐ後なんで結成して一ヶ月くらいなのかな。です。なので、バンドとしてライブは初めてです。では曲始めます。」
無駄な話もなく曲が始まった。
初めて聞く曲で、杜谷さんのコーラスワークも加えられている。小ぢんまりとしているが、一年生のバンドにしては下手は下手なりに安定感のある演奏だった。
「なんかベテランみたいやなぁ。あいつら。けったいな風格みたいなもん出とるやないか。」
「そうですね。まだ組んだばっかりなんですけどね。」
「しっかしバンドになったら曲、えっらい地味になったなぁ。アレンジなんやろなぁ。」
「多分そうだと思います。次に期待ですかね。」
「でもまぁみんな楽しそうにやっとるし、今はこれでえんちゃうか。」
「はい。」
熊さんの言う通り確かに地味だ。いや地味すぎる。ギターが入ったとはいえ今はまだアレンジも何も無い曲の骨格だけの状態なのだ。…そうなったのは私の問題でもあるのだが。しかし悪いことばかりではなく、シンプルなだけに歌が引き立って聞こえるしコーラスが入ったことで彩りも出た。演奏は決して上手いとは言えないがなんとか安定はしている。それにちゃんとアイコンタクトをして楽しそうに演奏出来ている。今はこれでいいじゃないか。と思った。
演奏を終え、「ありがとうございました。」と一言言うと、ひみつのおとの出番はあっさりと終わった。
と同時に「それじゃあ、お先です!」と南さんは足早に帰っていった。
「芝ちゃん、あのバンドどうするつもり?」
PA卓から南さんがいた場所へいつの間にか移ってきた山藤さんが私に尋ねる。
「どうするって。彼女ら次第ですけど、アレンジはもうちょっとなんとかしないとですよね。」
「そう?あれはあれで良いと思うけどね。まぁ若者には受けないだろうけど、僕らみたいな中年受けはいいんじゃない?」
確かにそうなんだろうなとは思う。
「また出てって言っておいてね。」
そういうと山藤さんは仕事に戻っていった。
「山ちゃんの言うとおりやな。まぁ、なんとかなるやろ。な?芝ちゃん?」
語気に感じるのは圧力だ。これはパワハラである。
「芝井戸さん、ちょっといいですか?」
どこから出てきたのか、今度は珍しく百瀬くんが声を掛けてきた。
「はい、どうしました?」
「あいつら、今度俺らのイベントに呼ぼうと思ってるんですけど、いいっすか?」
「はい。いいんじゃないでしょうか。百瀬くんは優しいですね。」
「俺らもそうやって、外での活動の仕方を教えてもらったんで、まぁ伝統行事みたいなもんです。」
「とても喜ぶと思いますよ。それと古賀さんのソロライブの話、生徒を紹介してもらったみたいでありがとうございました。」
「ああ、紹介しただけなんで、俺別に何してないっす。」
「それで、どなたを紹介したんですか?」
「相談するなら同性のほうが良いかって、2年の上林を。ほらピアノ弾き語りの。」
そういうことになるのか。と顔には出さないが少し気が重くなった。
「じゃあ早速声かけてきますわ。では。」
百瀬くんは後輩思いだ。毎年この時期に自分が企画するイベントに新一年生のバンドを呼んでいる。彼自身もそうやって先輩に引っ張ってもらったらしい。彼のああいう性格を見込んで、学校は機材管理室のまとめ役として居てもらっているのだ。
それはそうと目下の問題はこの後に出てくる上林さんのステージを見るかどうかだ。まぁ今日はライブ自体をゆっくりみるのも悪くないかなぁと思う。そう思って熊さんと佇んでいると、スタッフ証を首からかけたPA科の生徒が背の高い折りたたみ椅子を持ってきてくれた。その優しさに甘えて熊さんと二人、PA卓の前に陣取ることにした。
B SIDE
ライブはあっさりと終わった。ど緊張の前回のソロに比べて、バンドだからとても楽しく出来たと思う。でもなんだろうこの感じは。この前は自分のやっていることがよく分からないまま流されて必死だったのに、今回は普通だった。というか普通すぎるのだ。緊張もしないし周りで何をやっているのかが全て手にとるように分かるようだった。楽しいのは楽しいけれどテンションが上がるわけでもなく、スタジオでやってる感覚と全く同じだった。今回は客席もちゃんと見れて、クラスの友達や芝井戸先生に熊野先生や南さんに百瀬さん、それに上林先輩さえも見つけることが出来た。
「緊張しましたね。ちゃんと弾けてたとは思うけど必死でした。」
「私も始まるまで、手が震えててスティック落とすかもって思ってたんよ。はぁ~緊張したぁ。」
「俺は緊張はせんかったけど、ライブってやっぱりおもろいなぁ。」
みんなそれぞれなんだ。それに比べて私のこの感じはなんなんだ?周りに比べ自分だけ心拍数が全く変わっていないようなこの感じ。普通すぎて逆に不安になる感覚。
「とりあえず荷物片付けて外へ出よか。ここずっとおったら邪魔やろ。みんな忘れもん無いようにな。」
舞台袖にいたスタッフさんに手持ちのライトで照らされながら、楽器を片付け、全ての荷物を持ってステージ脇の出入り口から外へ出た。
「ふう、とりあえず一息かな。お疲れさん。」
「うん、楽しかったね!」
「はぁ緊張した。」
「うん、楽しかった。」
そうだ。楽しかったのは楽しかったのだ。
「お疲れ!良かったでライブ。お前ら思った以上におっさんっぽいことやってるんやなぁ。でもええ感じやん。」
「百瀬さん、お疲れさまです。俺らのライブ見てくれてたんすか?」
「おう、ちゃんと見とったで。それでな。えっと、もう落ち着いた?ちょっと話できるか?」
みんなを見渡す。大丈夫そうだ。
「はい。」
「お前らライブする気ある?今度、俺イベントするんやけど、出る気ある?」
「百瀬さんのイベントですか?」
「おう。まず俺のバンド、それと俺の後輩でこの学校の卒業生のバンドが2つ。で、二年は『アウターグルーヴ』。そんで一年はお前らでどうかなって考えてるんやけど。」
その二年のバンドはたしか、芽以ちゃんが大好きな女性のドラムさんがいるバンドだ。
「お前らさえ良かったらもう本決まりなんやけど、どう?」
「そのライブっていつですか?」
「7月16日で平日。在学生2組は各30分。卒業生3組は各40分のステージや。チケットノルマは各20枚くらいかなぁ?どうよ?」
「はい。出ます!いいよね?」
いつもお世話になっている百瀬さんが誘ってくれたライブである。出たいに決まってる。それにバンドの校外での初ライブだ。
「私も出たい。」
「チケット売れるかは心配ですけど、僕は出たいです。」
少し間が空いて、洋ちゃんが言いにくそうに話しだした。
「えっと、あの~百瀬さん。月曜まで返事待ってもらってもいいっすか?出たいのは出たいんですけど。」
「どうしたん?」
「うん。今日、ファミレス行ける?そこでちょっと相談したいことあんねん。」
洋ちゃんの意外な提案に面食らった。
「分かった。ほな話纏めて月曜には返事くれな。俺もう行くわ。機管室長い間開けとくわけにもいかんし。じゃあお疲れさん!」
「お疲れさまでした。」
「すみません。月曜には返事しますんで。」
どうしたんだろう?いつもなら率先して返事するのに。
「いや大したことやないんやけどさ。その、辞めるとかそういうことやないんやで。まぁ後で話すからそれでいいかな?」
珍しく真面目なトーンで言われてしまったので、みんなは納得するしかなかった。
「やったら、あとで今日の反省会しにファミレス行こ!みんないいよね?」
「分かった。」
「じゃあ、中に戻って先輩らのライブ見よらよ。ね?」
こういう時の芽以ちゃんの機転の効かせ方は凄いと思う。
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