第4話

B SIDE


 選択授業を決めた日に、芝井戸先生に勧められて月末の校内ライブに出ようと決めたので、改めて機材管理室に話を聞きに行った。前に訪れたときはテーブルに置いてあった説明の用紙を貰っただけだったのだ。

「おはようございます。すみません。今月のマンスリーライブ出たいです。それ用の音源を録る方法を教えて下さい。」

「お、1年生かな。マンスリー出るんや。」

 授業の空き時間だからか他の生徒が誰も居ない中、機材管理室のテーブルの向こう側にいる長髪を後ろで束ねた男の人が返事をした。

「はい、出たいと思ってます。それで、録音機材を貸してくれるって聞いたので、今から録りたいのでお願いしようと思って来ました。」

「そう。バンド?アコギで弾き語り?」

 私が背負っているギターケースを見て判断したのだろう。

「これエレアコです。弾き語りです。」

「そっか、MTRは触ったことある?」

「MTR?」

「ん~と、そっか。じゃあ一発録りの方が良いっぽいな。ちょっと待っててな。」

 そう言うと、奥の方へ機材を探しに行ってくれた。

「これマイクスタンドに取り付けて、一発録り出来るレコーダーね。電源はここ。この画面でこのマークからメモリが出えへんくらいの音量にこのボタンで調整して。録音ボタンはこれで再生ボタンはここ。録音したら必ず聞き返して音割れてないかちゃんと確認して。で、電源アダプターがこれ。説明書も一応渡すけど見んでも大丈夫やと思うわ。スマホ使えるんやったら大丈夫。もし分からん場合は付箋のとこだけ読めばすぐ使えるように説明書にマークしてるから。OK?」

 思ったより親切で良い人だ。

「んで、返却時にデータ移すから。USBのメモリ持ってる?自分用に今日録ったの欲しい?」

「ちゃんと提出ができるなら別にいいです。」

「ま、使う使わんは別として、今度からUSBのメモリも持ってきた方がええわ。てことで。」と言いながら書類を作ってくれた。

「日付と貸し出し機器はもう書いたから、右側に学年とクラスと名前書いて。」

 言われるまま『一年、作曲編曲科、古賀華乃』と書いた。続けて”担当”と書かれた欄に、男の人は『百瀬』と署名した。

「今開いてるんは…2のS3でいい?ってスタジオ借りたこと…無いよな?」

「無いです。」

「ほな簡単に説明しよか。この用紙は予約表ね。予約出来るのは原則1枠まで。ただし当日その時間になっても予約が入って無くてスタジオが空いてれば飛び込みで使ってもOK。予約優先やけど余らせとくんは勿体無いシステムって言えば理解しやすいんかな?んで、平日は放課後1時間の1コマのが3枠。土曜だけは授業と同じ1時間半が1枠になってて17時までで放課後の3枠は無しな。土曜やし俺らも17時には帰りたいってこと。んで、今みたいに平日の授業中でも個人練のスタジオなら使えます。前の日から予約できるから自分でここへ予約取りに来てな。そんで終わる時間の5分前には時間を知らせる為にカラオケみたいに部屋の中が光ります。くれぐれも時間厳守で。ということで、このプリントあげるからちゃんと読んどいて。」

 怒涛の説明の後で『レンタルスタジオ予約の説明』と書かれた紙を貰った。確か初日の授業でこのプリントは既に貰っていた気がする。なんとなくじゃなくちゃんと読んでくれば良かったと反省した。言われたとおりにしっかり読もう。

「で、スタジオ番号の見方やけど、今から押さえる2-S3の、最初の2は建物の階数。Sは部屋の大きさで、Sだと2人くらいまでの大きさで基本的には個人練用、Mでちっこい方のバンド練習用でドラム入れて無理して5人って大きさで、Lは数は少ないけどでかい方のバンド用ね。Sの横に小文字のdが付いとる部屋は、個人練習用のドラムセットありますってこと。最後の数字は、Sサイズの3つ目の部屋ってこと。だから今取ったんは2階の小さいSサイズの3つ目の部屋ね。上のスタジオの扉にもそう部屋番号書いてあるし、って分かった?」

 こっちは実に単純で分かりやすい。

「はい。」

 百瀬先生は、予約表の空欄に「コガrec」と書いた。

「はい、じゃあ行っといで。一曲だけやろ?すぐ終わるわ。どうしても分からんかったらここまで聞きに来て。あ、それ壊したら実費で弁償やからな。」

 そう言ってニヤッと笑った。

「ありがとうございました。行ってきます。」


 演奏棟の2階に上がり目的のS3スタジオは簡単に見つかった。防音扉を開き中に入ると、キーボードと椅子、スピーカー用のミキサー卓のあるこじんまりとした部屋だった。

 荷物を下ろし、まずは借りてきたレコーダーをマイクスタンドにセットする。取り付けるのは思ったより簡単だった。そして電源アダプターを差し込み電源を入れると液晶が光った。もう音に反応しているのか液晶の中のゲージが動いてる。その後、ギターを取り出しチューニングをし、レコーダーに向かって弾きながら歌ってみて言われた通り音量を調整した。

 しかしいざ録音しようとすると小さい部屋でたった一人なのに妙に緊張をする。その緊張の正体を探ると、扉の窓で外から見られるかもってことでもなく、妙にプロっぽいというかこの作業のそういう感じに緊張してるんだということに気がついた。立ち位置を変え、外からは私の背中が見えるようにして、早速録音ボタンを押して歌い出した。がイマイチだった。一緒に借りた説明書を読み、データを消してもう1回録音して聞き直してと音量調整などを何回か繰り返し、ようやく自分の中での及第点で録ることが出来た。


 少し時間を余して、機材準備室に戻った。

「お、早いな。良いの録れた?」

「はい、先生に説明してもらった通りにやればなんとか出来ました。」

「それは良かった。でも俺、先生ちゃうねん。ごめんやけど。」

「えっ。」と固まったところで、隣にいた別の作業をしていたもう一人の茶髪のふわふわパーマのお兄さんが口を挟んだ。

「僕らバイトなんよ。この部屋で働いてるのはみんなバ~イト。たまに職員室から逃げてくる先生もおるから、ここにおるみんながみんなってことは無いけどね。」

「バイトやけど、ここの卒業生で先輩である。後輩よ。」

 と、百瀬さんは胸を張り笑った。

「俺は百瀬。そっちは宮沢。俺のほうが宮沢よりも先輩。あと一人、篠原ってのおるけど今日は休みでたまにしか来えへんから。第三の男ちゅうやつや。よろしくな。」

「よろしくお願いします。古賀です。」と、改めて挨拶をした。

「はいよろしく。ほな機材もらおか。」

「ありがとうございました。」と、借りていた機材を返却した。

「これ今書ける?」

 宮沢さんから渡されたのは、マンスリーライブのエントリー用紙だった。

「はい、書きます。ここ使っていいですか?」

 誰もいないが一応受付の邪魔にならないようにと机を横にずれて、アーティスト名の欄にまず自分の名前を書く。続いて出演者全員の学年学科名前の欄を埋めていくが、私は一人だから一人分。その下に曲名と演奏曲の時間数を書き込む。録音した時間は2分40秒くらいだった気がする。一番下にはセッティング図と書かれた大きい四角の枠がある。

「すみません、これなんですか?」

「これは、セッティング図って言って、当日どんな編成でどんな機材でやるかみたいなことを伝える欄ね。」

 目の前にいた宮沢さんが丁寧に教えてくれる。

「古賀さんは弾き語りなんやね、それアコギ?」

「はい。あっでも、エレアコです。」

「エレアコかぁ。じゃあどうしよっか?」

「シールドで繋ぐ?」

 百瀬さんも話に入ってくる

「線でまだ繋いだこと無いんです。難しいですか?」

「一回も無いん?ライブはどうしてたん?」

「ライブも今回が初めてです。」

 そっかぁと言いながら、二人して考え込んでしまった。

 百瀬さんが「ちょっと貸して。」と言い、そのセッティング図に『エレアコ弾き語り。初ライブ、リハ未経験。判断求む。機材管理室 百瀬』と書いてくれた。

「ライブが初めてってのは恥ずかしいことちゃうからな。こうやって書いときゃ現場で判断してくれるはずやわ。でも2回目からはこうはいかんで。」

 そう言って、百瀬さんはニヤッと笑った。

「了解、これでええよ。結果発表は締切の次の日の昼休憩か遅くても放課後くらいにはここに貼り出されてると思うから自分で見に来て。審査通ってたらそん時にプリントも渡すし。まぁよっぽどのことでも無い限り問題無く審査は通るから。」

 百瀬さんは記入した用紙を一通りチェックしてから受け取ってくれた。

「じゃあ、今からデータ移すわ。一応チェックするから中身聞くで。」

 貸し出し許可の書類に書かれた私の名前などを見ながら、レコーダーのデータを移す作業を一通りしてくれ「これで完了。」と、返却確認の欄に『百瀬』と書いた。

「本番はギターとチューナー、それと『線』ちゃうでシールドケーブルな。アンプとかに繋ぐやつ。他にエフェクターって無いか。じゃあそれらだけは用意しといてな。それと歌詞カードは見んほうが良いと思う。見たかったら見てもええけどね。でも一応パフォーマンスも含めた発表の場やからな。」

 参加要項のプリントに必死にメモをとる。

「チューナーはギターに付いているのとクリップのがあります。それと、線…じゃなかった、シールドケーブルって買ったら高いですか?」

「ピンきりやけど、どうやろ。」と宮沢さんに話を振る。

「安かったら500円くらいからあるけど、先のこと考えたら3mで3000円くらいかそれより高いのを買っといた方がいいかもね。」

 シールドケーブル3mで3000円。と書いていると「ネットで検索して調べ。」と、百瀬さんがニヤッと笑った。

 丁寧にお礼を言うと「気にすんな、先輩やからな。」と百瀬さんが言った後に「仕事やし。」と宮沢さんが突っ込んだ。

「あと、機材管理室って言いにくいやろ?みんなここのこと、『機管室』って呼んでるから。」

 機管室。居心地のいい場所を見つけたと思った。


 挨拶をして機管室を後にし、受付の前を通ると南さんがいた。

「あら古賀さん、おはようございます。」

 毎日のように会うたびに一言二言お話をするようになって、すっかり仲良しである。

「おはようございます。今ね、マンスリーライブに出ようと機管室に行って、スタジオ入って録音してきました。」

「あら、もうライブ出るの?毎年4月のは一年生がほとんど出ないのに凄いねぇ。」

「芝井戸先生に勧められたから出てみようかなって。」

「あらそう、じゃあ私も見に行けたら見に行こうかな。頑張ってね。」

 そう言って、口に人指し指を立ていつものようにアメをくれた。完全に餌付けされているなと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る