第13話
A SIDE
機材管理室でふざけたバンド名を聞かされた時は思わず笑ってしまった。
しかし古賀さんがギターのトリオバンドを、私は何をどうカウンセリングすればいいんだろうか。などと考えているとヨーイチローズ(仮)がやってきた。挨拶は中ですれば良いと、人の往来が多い機材管理室を出てスタジオに向かう。
スタジオに入り、3人にセッティングを促して準備が出来るのを待った。古賀さんの右腕には私がアドバイスした通りにリストバンドが巻かれている。
「おはようございます。芝井戸です。古賀さんはともかく、他の方はきちんとお話をするのは初めてですかね?」
「はい、古賀さんと同じクラスで作編科の川北洋一郎です。」
これがバンド名の理由かと吹き出しそうになった。
「おはようございます。ドラム科の杜谷芽以です。よろしくお願いします。」
「作編科の古賀…」
「はいよろしくお願いします。」
「先生、ひどいぃ。」
硬い表情の2人は少しはリラックス出来ただろうか。残念ながら笑っているのは私と古賀さんだけだが。
「では、何故ヨーイチローズという名前なのかの申し開きをお聞きましょうか。古賀さん?」
「えっと。あの…」
リラックスして音を出せる状態では無いのでしばらく雑談をすることにした。最初はぎこちなかったが古賀さんのおかげもありなんとか進められそうだ。
「そろそろ緊張はほぐれましたか?それでは、まずは曲を聞かせていただきましょうかね。」
3人で演奏し始めたのは、古賀さんの曲だろう。おそらく曲のサイズも構成もそのままでドラムとベースがついただけに聞こえる。ベースは小難しいことをやろうとして空回りしており、ドラムは典型的な元吹奏楽部型の初心者だ。
「ありがとうございます。一つ質問をしたいのですが、バンドでは何日間練習しましたか?」
「すみません。実質放課後の一コマです。」
ヨーイチローが申し訳無さそうに答えた。
「そうですか。では曲についてとやかく言うことはできませんね。」
「すみません。」
「では、今日は何をしましょうかね?」
曲についてとやかく言う段階ではない。バンドの足並みすら揃っていないのだ。
「では、一人ずつお話を伺っていきましょうか?」
「はい。」
「まずはヨーイチローさん。」
「あの…川北でお願いします。」
「では、川北さん。何故この学校に入ろうと思ったのかと、学科を選んだ理由を聞いてもいいですか?」
彼からは高校卒業後2年間の社会人を経て作曲家になりたく入学したという話を聞いた。こういう社会人や大学や他業種の専門学校を経て入学してくる生徒も年に数名はいるので、それ自体は別に珍しいことでは無い。
「なるほど、では作曲家を目指して下さい。」
「えっ?バンドに専念しないでいいんですか?」
「別にいいんじゃないですか。バンドも作曲家への夢も一緒じゃ出来ませんか?作編科ですし授業でも曲は作るはずですよ。」
「あそっか。なるほど、授業でやればええんか。」
「コンペで名前を売る。それをバンドに還元する。逆も有りかもしれません。可能だと思いますよ。」
「はい。頑張ります。」
「そしてベースについては今日はどうこう言うことではないのですが、物を広く見過ぎて苦労されたみたいですね。それがベースの演奏に出ています。こういう曲の場合はシンプルに考えてそこから足していくほうが良いと思います。」
「では次、古賀さん。」
油断していた古賀さんが驚いた。
「私の講評、読んで下さったみたいですね。」
「はい。リストバンドすっごく良いです。全然違います。それとピックは買ってきて色々試してます。」
「それは良かったです。リストバンド、あまり見かけませんが悪くない方法だと思います。で、古賀さんはメトロノームで練習をしたほうが良いですね。」
「リズム悪いですか?」
「悪いというよりも、個人とバンドではリズムの考え方が微妙に違うのです。個人の場合、部分的にあえて遅くしたりすることによって感情を表現したりと、古賀さんもやってましたね。リズムは大切な表現方法です。しかしバンドとなると他のみんなが古賀さん個人のタイミングに合わせろというのは酷な話です。そこで全員共通のリズムの基本が必要となります。それを養うのがメトロノームによる個人練習です。」
「あーなるほど。」
「メトロノームを鳴らし左足でリズムを取りながら演奏し歌ってみて下さい。クリックに合わるのではなく、クリックをバンドメンバーだと思って一緒に演奏するイメージで。」
「聞いてじゃなく、一緒に演奏ですか?」
「クリックに限らず音楽の演奏において周りの音をよく聞くのは大事なことですが、聞いてから反応では遅いのです。音は時間と共に流れ続けるので聞いてから反応すれば、それは過去の音に反応していることになるのですよ。だから同時じゃ無いと。」
「あー確かに。なるほど。」
「ですので、クリックと一緒に演奏するイメージを持つというのが大事です。それとバンド練もですが個人練も頑張って下さいね。」
「はい!」
古賀さんは、メモを取りながら元気よく返事をした。
「次は、杜屋さん。吹奏楽部でしたか?」
「分かりますか?」
「はい。今日は杜谷さんと優先的にお話をしたいと思いますが、良いでしょうか?」
周りを見て尋ねた。
「うちは良いちゃけど…」
「順番としてそうだと思います。よろしくお願いします。」
川北さんは分かっている。一方で杜谷さんの顔が引きつってるのも分かる。
「杜谷さん、よろしいですか?」
「あ、は、はい。」
「まず最初に断っておきますが、私のやり方が絶対に正しいと言うわけではありませんし、ドラム科の先生方の仰ることと逆のことを言うかもしれません。ですのでどちらの話もまずはきちんと聞いてから判断して、自分で取捨選択をしてください。それに次に私と会った時に私が教えたことを取捨選択で選んでなかったの見られると気まずいかなとかそんな下らないことは考えなくて良いので、ドラムに関してあなたにとってのベストを常に考えて下さい。良いですか?」
「分かりました。」
「最初に、杜谷さんは肩に力が入りすぎですね。」
「それドラムの先生にも同じこと言われてます。それでグニャグニャになるまで脱力しろって言われるんですけど…」
「そうですね。それで脱力の仕方は教えてもらいましたか?」
「いえ、具体的には。」
やっぱりかと思った。こと体の使い方に関しては、言うだけ言って具体的な方法を教えないのはあまりに無責任だと思う。と言うことは、ここから始める必要がありそうだ。
「では腕と肩の脱力から始めましょうか。」
「はい!あっでもあのっ…ちょ、ちょっと待って下さい。メモを取りたいので。」
そういうと杜谷さんは鞄からノートを取り出し譜面台を机にメモを書き始めた。話の流れでこうなってしまったが良かったのだろうか。
「良いでしょうか?…ではまずは両肩を上げてみましょう。首をすくめるのではなく肩を上げて下さい。」
私が両肩を上げてみせる。
「肩を耳につけるイメージで上げ、そのまま肩の力を抜き下ろします。グーっと上げてストンと落とす。」
みんな上手に出来ている。
「この時に肩や鎖骨、肩甲骨に重さが掛かるのが分かりますか?」
「はい。」
「その肩が落ちた状態で力が入っていなければ、肩の力みが抜けた状態です。肩を上げてから落として、そのまま回してみて下さい。少し軽くなっているのが分かりますか?肩を回す時に力みが入り直すと意味が無いですよ。」
みんなで肩を回しているが、少し力みは入っているかもしれない。すぐに出来るとは思っていないのでそのまま話を進める。
「次に右手で自分の左の手首を握ってみましょう。」
彼女たちは言われた通りに私の行動の真似をする。
「右手の握力、手首から先の力は保ったまま、先程と同じように肩の力を抜きます。同じ力で握ったまま肩を緩めてぐるぐると回してみましょう。抜くのは肩の力だけで握力はキープしたままですよ。あっ、二の腕の力は抜けてても大丈夫です。」
ぎこちなくもなんとかやっている。
「必要な力は保ったまま、余分な力を抜く。全部の力を抜いてしまうとぐにゃぐにゃに成ってしまいますからね。ドラムに必要なスティックをコントロールする力はキープしたまま肩の力など余分な部分の力みを抜いていく。これが脱力です。」
「なるほどぉ。」
脱力の説明などたったこれだけのことなのだ。それなのにほとんどの指導者はこの説明ができない。これは大きな問題だと思うのだが。
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