風雪の中のぬくもり

暗黒星雲

第1話 吹雪の中の雪上車

 火星の天気予報は当てにならない。今日の天気は「晴れ時々曇り」のはずなのに猛烈な吹雪となった。この降り方だと一時間に50センチは積もってしまうだろう。


 あまりの視界の悪さに私は雪上車を停止させた。


「サクラ様。停車すると雪に埋もれてしまいますよ」


 車載AIのアテナだ。彼女の言う通り一カ所に留まっていては雪の中に埋もれてしまう。


「わかっています。しかし、積雪の多い地域で道路を外れて走行してるの。どこにクレパスがあるかわからないわ」

「大丈夫、私がちゃんと赤外線センサーで監視しますから。もし穴に嵌まってもIRフォトン砲で周囲の雪を吹き飛ばしますから安心です」

「それじゃあ雪が溶けて水没する」

「気にしない。このM25装甲装輪車は水陸両用なのです」


 確かにカタログ上では水陸両用になっている。型遅れだけど地球製で、軍の払い下げだけど品質はバッチリで、整備にお金はかかるけどメチャ頑丈で、八つの大きなタイヤが特徴的な装甲車だ。私はそれを雪上車として使っている。そして内緒だけど強力なビーム砲も搭載してある。しかし、この装甲車がちゃんと水に浮くかどうかわからない。


 火星は寒冷化して200年近く経過している。火星表面にあった湖沼は全て凍結しているのだ。そういう事情で水上走行機能を実証した事は無い。


「では、ゆっくりと前進します。地形のスキャンは確実に」

「了解しました」


 私はAR(拡張現実)ゴーグルを装着した。装甲車の小さな窓からは全く外が見えないからだ。


 私の視界がいきなり広がる。車内にいるのに、自分自身がまるで吹雪の中に立っているかのような広い視界だ。もちろん、吹雪が吹き荒れているので雪の他は何も見えない。


「センサー情報を同調。地面が見えますか?」

「ちゃんと見える」


 アテナが赤外線センサーで捉えた地形をARゴーグルに表示した。吹雪の中に、緑色の格子で地面の起伏も表示された。また、視界の端には速度計、燃料計、回転計、燃焼計などの計器も浮かび上がっている。


「前進します」

「どうぞ」


 私はスロットルを踏み込んで雪上車を前進させた。メタン燃料のタービンエンジンがキーンと甲高い音を立てる。しかし、時速30キロほどしか出せない。気持は焦るのだが、こんな天候ではゆっくり走るしかない。でも、私の大切なあの人を見つけなくてはいけない。


「アテナ。方向はこちらで間違いない?」

「大丈夫です。目標の発する位置情報を僅かながら捉えています」

「私の大切なに対して目標など失礼な言い方は許しません」

「申し訳ありません」

「距離は?」

「3208メートル」


 3キロちょっとか。

 いつの間にそんな所まで歩いて行ったのだろうか。


 私の大切な人。

 母とも言うべき人。

 そして最も愛しい人。


 そんな彼女は最近情緒不安定になる事が多かった。

 家を抜け出して周囲を徘徊する事もあった。


 今日は珍しく晴れていたからだろうか。

 彼女、菜緒なおはそんな陽気に誘われたのか家を抜け出してしまったのだ。

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