竜語りのサーガ

宮塚恵一

第1節 邪竜討伐

 兵隊の放ったいしゆみの一発目が肩に刺さった時、遂に今世にも終わりが来たことを悟った。

 おれがこの世界に来てからどれくらい経ったのだっけ。そんなことを思い返す暇もなく、二発目三発目の矢が襲う。もう久しく味わっていない痛みの感覚だが思考を乱す程のものでもなかった。ただ確実に、失血が動きを鈍らせる。続いて無数の矢がおれの体を貫いた。


「邪悪な竜よ。我が先祖を誑かした罪、ここで償ってもらう」


 騎馬の上で厳かな鎧を着て兵隊の先頭に立ち、こちらを睨めつける男が大きく叫んだ。彼がこの兵を率いるトップだろう。

 我が先祖? ああ、ガスプのとこの血筋か。立派になったもんだ。ガスプの頃はまだ駆け出しの豪族でしかなかった。それが息子のゴルージャに、孫のドラノクを経て、こんだけの兵士を従えて竜退治に来られるようになったか。

 血を流しながら、おれは自分を囲む兵隊を見まわした。ここから見えるだけでも、ざっと千人。おれを貫いた弩の数は十三。俺を撃った弩は下げられ、後ろに控えていた同じ数の弩が、いつでもおれに矢を放てるように準備されていた。洞窟の外にも予備隊が待機しているのだろう。鎧の金属の擦れる音が微かに聞こえる。

 兵士たちもトップの装っているものにも負けず劣らず丁寧に鋳造されたのであろう鎧を一人一人纏っており、その武力がうかがえるのが、おれは少しうれしかった。

 

 ポタポタと流れ落ちるおれの血が地面に染みる。不意討ちを喰らわせてってのは感心しないが、魔法も通じない竜相手に戦いを挑むってんならそれも立派な戦術かね。


「ガスプージャ家のとこの子か」


 最期の時であろうと会話を試みようとして、それだけ口にした。失血のため、その言葉を声にするのでもやっとだった。彼らの放つ弩はおれの体力を大きく削っていた。これだけ思考はクリアだっていうのに竜というのも難儀だ、なんてことを数世紀ぶりに思う。

 兵隊が次の弩を撃とうするのを、トップの彼が手で制した。それからその強い瞳でおれを見る。間違いない、と思った。ガスプと同じ眼をしている。


「そうだ、ガスプージャ王家七代目オムグム・ガスプージャ。天の名代として、この地に生きるという悪しき竜ドラコ、貴様を討ちに参った」

「王自らか」

 そういうとこはガスプとも似てるな。あいつも自分からなんでもやろうとするタチだった。息子のゴルージャ達もそういうところを受け継いでいた。きっとこのオムグムという王もまたそうなのだろう。

 おれとガスプージャ家との交流が終わったのはドラノクの時。自分の国を治めるための国教が竜やトロルといった魔物を神の敵とする宗教だったからだ。そして遂に、その子孫がおれを倒しにやってきた。

 ――どうでもいいが、竜ドラコって言われるとおれからしてみたら重複表現みたいでちょっとモニョるな。


「そうだ。神の名代たるガスプージャ家の悪縁だ。私自ら断ちにきた。王家の書庫にガスプージャ家が竜から譲り受けたという書物が見つかったからだ」


 それはきっと、おれがガスプに渡したものだ。

 『国造りのサーガ』と題し、おれがあいつから聞いた英雄譚を物語として書いて、あいつに渡した。

 そしてドラノクのやつ、祖父のその形見を馬鹿正直に燃やすでもなく保管していてくれたのか。危ないようだったら捨てろとも言ったが、ドラノクは「どうせ竜の字など誰も読めませんから」と笑っていたのを思い出す。


 その場にいる部下たちにも自身の決意を聞かせる意味もあるのだろう。

 オムグムはおれを真っすぐに睨み、高らかに声をあげ続けた。


「秘密裡にことを終わらせ、貴様との縁を闇に葬るよう進言した臣下もいたが、私は逃げも隠れもしない。竜よ、貴様にもせめて安らかな死を」


 撃て! オムグムは部下を静止していた手を勢いよくおろす。再び剛矢の嵐がおれの硬い皮膚を突き破る。

 血が噴き出る。今度こそもう体すら動かない。おれはおれを一心に見つめる綺麗な王の瞳を見ながら、この世界での一生を思い返していた。

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