第15話 その手に栄光を
「ウガァオ!」
狼顔の男は拳を振り上げ、迷いなくローティアに振り下ろした。
「おっそい」
そっと手を添えて自分への攻撃を逸らしつつ、相手の手の甲にぺしんと平手打ちを返す。
「グ、ォアッ!」
そのままの勢いを生かし、男は半歩進んで体をひねって反対側の肘を突き出す。しかしそれも寸でのところで軽くいなされ、バランスを崩して前のめりに倒れそうになる。
「体中のエーテルが悲鳴を上げてる。一人が許容できる量を越えてるのよ」
よく見るとローティアの右手には、赤黒いふよふよしたものが浮かんでいた。
「それ、相手のエーテル!? いつの間に」
マルゾコが姉弟子の追い付かない動きに思わず言葉が零れた。
「あいつが無駄にため込んだモノを抜き取って何が悪いのよ。ある意味治療よ」
男は有り余っていたはずのエネルギーを奪われ、一瞬バランスを崩す。が、しなやかな下半身の動きで持ちこたえ、くるりとこちらへ向き直った。
「…… ああ、頭が冴える。そうか、レスタハットのローティア卿だな」
「あら、物知りね」
「なるほどそれなら少し分が悪い。……一人ならな」
男は油断なく立ち上がり、ゆっくりと壁沿いに歩きだした。
「大人しくしたら? 今なら同僚を捕まえて逃げることもできるわよ」
「はっ、何の成果もなく帰っても同じことだ。それなら……」
男は倒れたテーブルの近くで足を止める。そして、そこに転がっていたものに手を伸ばした。
「
男は、テーブルの下敷きになっていた革帽子の男を掴みあげ、それを掴んでいた腕から喰いはじめた。
「はっ!?」
狼頭の男の腕はどす黒い網のように一瞬広がり、革帽子の男の体を包み込んだと思ったらありえない咀嚼音と共に革帽子の男の質量が狼頭の男へと飲み込まれていったのだ。
「……はっ。なかなかいい
「うそ、だろ」
「……まずいわね、人間一人分を吸収しきるなんて」
マルゾコも
「ちゃあんと、使えるように、体も造り変えないとな」
みしみしと骨格が悲鳴を上げる。身長は先ほどの二倍近く膨れ上がり、人間らしい部位はもうほとんど残っていなかった。さらに背中から赤黒い突起が飛び出し、怪しい輝きを放ってマルゾコたちを威嚇した。
その姿は、まるで巨大なトカゲのようだった。
「……ただの人造人間じゃあないわね」
男は一瞬体をかがめると、足元のテーブルすら意に介さずローティアに詰め寄った。
「くっ!」
あまりの速度に反応が一瞬遅れたローティアは、なんとか防御を間に合わせるも元の体重差で軽く吹っ飛ばされてしまう。
「ローティア!」
マルゾコは吹っ飛ばされた姉弟子を助けに走り出したが男の方がはるかに早くローティアに追いついた。
「まずい!」
なんとか間に入れればと向かうが間に合わない。振り上げられた拳はローティアに振り下ろされた。
「危ない!!」
しかし突然現れた巨大な盾にその動きを静止させられた。
「大丈夫ですか?」
「ふぇっ!?」
巨大な銅板金の盾は男の拳を受けてなお傷一つ追うことなく、また構えた壮年の男性も後ずさりすることなく悠々と立っていた。
「ボルニーロ!!」
ローティアと男の間に割って入ったのは『土くれ鎧』パーティのリーダー、ボルニーロだった。
「仲間を守るのが、俺の仕事なんでね」
「こっちもよろしければ、お受け取り下さい!」
さらに別の角度からリーダーの相手をしている男の顔へ魔法が放たれる。完全に視覚の外からの攻撃は避けることもできず命中し、男は苦しみながら数歩後ずさりする。
「よし、メイドーラ! 外に叩き出せ!」
「うおおおおおおおおい!」
さらに現れたのはメイドーラと呼ばれた小柄な女の子。だが彼女は足元がおぼつかない男のすねを綺麗に蹴り上げ、完全にバランスを崩したのを確認するとそのまま腰を持ちあげて店の外へ投げ飛ばした。
「そらよおおおっ!」
体格差をものともせず外へと放り出された男は、視界と脳がおぼろげなままなのか、すぐには立ち上がれないようだった。
「くそっ! くそがあぁ!!」
「リーパ、出番だ!」
「はいはいな。それじゃあ精霊さんたち、頼みますよ」
老齢のエレーラ族の男性が小さく呟くと、青白い光が男を貫いた。バリバリと空気が破裂する音が一瞬置いて辺りに轟き、それが雷を呼び寄せたものだと理解した。
「で、こいつは殺した方がいいのか? それとも拘束か?」
ボルニーロは男の首元に膝を落としながら大声でローティアに話しかけた。
「待って! 核があるはず!」
吹っ飛ばされた時に痛めた肩を抑えつつ地面に押さえつけられた男に近づく。数秒凝視すると、ちょうど心臓の裏側にあたる場所に手を差し出して躊躇なく体にねじ込んだ。
「ぐあああああぁぁぁ!!」
「……ああ、やっぱりね」
既に血液にすら見えない体液にまみれたそれは、赤黒い結晶…… 賢者の石だった。
その石から男の体に数本の神経で繋がり、今もエーテルを供給している。
「
そう言いながら、無造作に石を神経から切り離し、むしり取った。
「ああぁぁ、ぁぁぁあ、あぁぁ、あぁあぁ……」
強烈な叫び声は徐々にうめき声に変わり、核が失われたことで形を保てなくなった体と共に小さく、かすれて聞こえなくなった。
Δ
「結局、待合広場はひどい有様ですね」
ギルド受付の男性は、惨状を目の当たりにしていたものの、奇跡的に犠牲者が出なかったことに驚いた。
一応、男の仲間が騒ぎの鎮静化に伴いギルドに戻ってはきたが、謝罪と状況の報告を本国へ持ち帰るためにといったんザナスへと帰っていった。
「帰してよかったんでしょうか?」
ギルドの受付は不安な顔でマルゾコ達を見つめた。その顔ぶれには先ほど窮地を助けてくれた『土くれ鎧』のメンバーもいる。
「まあ、大きな問題ではないだろう。お抱えでそれなりのレベルの冒険者パーティがいたとしても、せいぜい一級どまり。それなら俺たちも同じだし、何とか対処できるだろう」
ボルニーロは自前の盾を掲げて場を和ます。
「そんな『絶対に傷つかない』伝説級の盾を前にすれば、誰だって勝てないわよ」
終始補助魔法に徹していた魔法使いのミュリゼが思わず突っ込む。
「味方を守るのが『騎士』の仕事だ」
しかしボルニーロはむしろ胸を張って答えた。
「しかし、いいタイミングでギルドに来てくれたよ、助かった」
マルゾコは姉弟子の救出に一役買ってくれたパーティに、心から感謝した。
「いやあ、そんな。むしろ俺たちは旦那を探してたんですよ」
「……なんか、やらかしたな?」
ボルニーロは歪んだ笑顔でマルゾコを見つめた。
「実は、つい最近まであるダンジョンに潜ってたんです! 南のレーゼン山脈中腹にある『パクトの古墳』って言うんですけど」
メイドーラと呼ばれていたぶかぶかの道着をまとった若い女性が握りこぶしを振り上げながら説明を始めた。
(ああ、そういえばこの時期大体彼らはパクトの古墳に行くんだよな)
マルゾコの記憶では、時期が前後するもだいたいローティアがやってくるタイミングで彼らはパクトの古墳に挑戦している。
「そこで私が調整を間違えたのか、トラップリセッターを壊しちゃって!」
悪い事をしたはずの内容なのに、彼女はやたら目を輝かせて説明する。
「確か、
「そうなんです!」
「それで、旦那に修理をお願いしたいんです」
がちゃがちゃとテーブルに人形の破片を並べられていく。
彼らが使っていたトラップリセッターという自動人形は、人形と言う割に人の形から少し離れた形をしている。足が四本あり、腕も関節が三つあり数も三対…… 六本あるのだ。しかし、指の数はそれぞれ四本しかなく、目は高性能ながら二対ある。
要するに、かなり部品が多く修理には金がかかると言うことだ。
「パッと見た感じ何かに吹っ飛ばされて駆動部位が故障したのかな? 精密動作できるところはダメージは少なそうだけど、どっちにしてもかなりお金がかかるかも」
「で、俺たちダンジョンの攻略で結構まだお金がかかりそうなんです」
「そもそも、ついさっき帰ってきたところだしのぅ」
先ほど大通りで精霊による雷魔法を披露したリーパという老齢の男性が呟いた。緑の儀式礼装をまとっているようで所々装飾がやかましいローブが非常に目に良くない。
「一応最奥部の宝物は持ち帰ったものの、どれもガラクタばかりで価値が分からんのじゃ」
そして、別のテーブルに戦利品と思われる
だが、マルゾコは『ある
人の頭くらいの茶色い箱。見覚えのあるものだ。
「その箱は?」
「ああ、これですか? ちょっと開け方が分からなくて」
「え、そうだっけ?」
マルゾコの記憶では箱に鍵などはなく、持ち込まれた時点で開いていた。
(まさか、また……?)
自身の記憶と今回の事象の剥離がひどくなっていく。
「開けてみても?」
「もちろん。中身がお気に召したら、修理代の一部にしてほしいくらいです」
ボルニーロの進言にマルゾコは恐る恐る箱を手に取った。
素材は木に近い。というより、木に偽装されたエーテル素材の可能性が高い。
周囲に張り巡らされた異質な構築式が、中身を守るかの如く埋め込まれているからだ。
「……これは、鍵というより保護、に近いな」
「っていうと?」
「盗賊に取られないようにするための鍵じゃなくて、中身が壊れない、痛まないようにするための」
マルゾコは、試しに構築式の解読を試みた。
「あれ?」
だが、意外にも箱はあっさり開いた。
「あれ? 開きましたね」
「錬金術師なら開くような仕組みだったとかではないかのう?」
「中身は…… 人形の生首!?」
これ自体はマルゾコの知るものである。だが、なぜこうも大事に保存されていたかは分かっていない。
(もしかして……)
「これ、珍しい部品なんですか?」
「さあ…… でも、自動人形の部品ならうちで引き取るよ。修理の見積もりはそれからでもいいかな?」
「ああ、どうか高価な部品でありますように……」
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