第14話 人造人間を識(し)るもの
「そろそろ、ザナスにこの街の話が届くころだな」
過去、ほんの数日このケルダールが人気のない無人の街であった時期がある。
霊素結晶が誕生し、マルゾコが解除構築式を展開するまでの期間だ。
不幸にもその間にやってきた冒険者ギルドの所属メンバーだったり、行商人だったり、はたまた別の国の人間だったりが外へ街の状況を持ち帰ってしまうのだ。
その人たちが取った行動は実に様々ではあるが、一番厄介なのがその原因を調べるべく軍隊あるいは組織を動かしてここへやってくる連中である。
そして、その連中は大方ザナスの息がかかっていることが多い。
「今までの経験と情報を組み合わせると、フォルザがザナスと関係しているのはほぼ間違いない。気になるのは彼らの目的が今一つはっきりしないのと、まだ一気にこちらへ人員を割けない理由がわからない」
「あちら側にとって、ケルダールが健全な状態であれば警戒するのは当然なのでハ?」
夜も遅くに店の在庫を錬成し続けているマルゾコに、プルクが差し入れを持って工房へやってきた。
「まあ、人命を賢者の石に変えておいて回収しに来たら街はノーダメージっていうのは確かにホラーだけどさ。それならそれで一気に軍隊使って制圧しに来ればいいと思うんだよ」
「表向きケルダールはアリアント領。敗戦国のザナスが軍隊を持ってここに来れば、それはモウ戦争になりうる行動でス」
「ううううう…… そうなんだけどさ。あまりに考慮すべき情報が多すぎて」
マルゾコはプルクが持ってきたコップの中身を器用にフラスコへ流し込む。普通の飲み物が飲めない代わりに用意された、霊素がたっぷり含まれた
「酔うわけじゃないけど、味のするものを口にするのは久しぶりで何だか気持ちが昂るな」
そんなマルゾコの瓶に、コンコンという音が響いてきた。
「おかしいな、こんな時間に来客なんて。幻聴かな?」
しかしコンコンという音は徐々に大きさを増し、幻聴でないと自己主張を始めた。
「わかったわかった! 今開ける!」
すでにドンドンと扉を殴る音に変わっていた来客を迎えるべく、音のする扉に向かう。
搬入口でもなく店の入り口でもない。工房の勝手口が今にも破られそうな強い音を止めるためにマルゾコは何とか扉を開けた。
「遅い!!」
真っ暗な世界から顔を覗かせたのは、猫耳の装飾をフードに施した小さな女の子だった。
「ろ、ローティア!?」
「まったく、夜通し歩いてきたこっちの身にもなれ! ……って、あれ? あなた誰?」
マルゾコは思わずプルクを見た。
しかし彼女も小さく首を振る。
「もしかして、ボートレス?」
自分と同じくらい、下手をするとちょっと小さくなった弟弟子を凝視しながらローティアは質問した。
「あ、ああ。そうなんだ。ちょっと色々あってね。今じゃマルゾコって通し名で商売してるんだ」
エレーラ族特有の金髪がフードの縁からふわりと舞う。だが、残念ながら少し汗臭かった。
「で、なにをしにきたんだ? ローティア」
正直要領を得ないマルゾコは、直接本人に問いただした。彼女が彼に課した依頼品の受け取りに街を訪れるのはもっと先の話だ。
「ちょっとした虫の知らせよ。私の工房もちょっと暇になったから弟子たちも暇を出して早めにこっちに来たんだけど、途中で変な
「集団? 冒険者みたいな?」
マルゾコは彼女に適当な椅子を勧めつつ話の先を振った。ちょっと高い椅子に飛び乗りながら腰掛けたローティアは、渋い顔のまま続けた。
「レスタハットにある工房からは直接こっちに来れないだろ? だからアリアントの首都経由でこっちに向かおうと思ったら関所が封鎖されててさ。仕方なくザナス側から行こうと関所に入ったら、何やら軍隊がたむろしてて騒がしいのなんの」
「……軍隊が??」
マルゾコは
「目的とか、なにか聞いた?」
「賢者の石がどうとかっていう話くらい。まだあの国、賢者の石にこだわってるのかしら」
こだわってるし、なんなら作ってる。
しかし、それを決定づける情報や真の目的は知らない。
マルゾコ自身、知る必要はないと思ってる。
「うーん、気になるなぁ」
「じゃあ、明日冒険者ギルドで聞いて見たら? 何かしら情報は上がってるんじゃない?」
「あ、そうか。ちょうどいいや、行く用事もあるし」
「ああ。ところで…… 私の依頼品はどこまで進んでる?」
もわっ、とフラスコの中身が
「ああ、あれね…… 実際、依頼通りの物を作るのって、何のため?」
完成の度合いでなく使用用途を聞いた時点でローティアは何かを悟った。
「まだなのね?」
「ハイ……」
「もう半年以上経つのに」
「面目ない……」
とは言うものの、彼女の依頼品をマルゾコは作るつもりはないのだ。
理由として、作ってしまうと彼女は自分の工房へ帰ってしまう。ここに残ってもらう方が実は色々都合がいい事が多いのである。
というより正確には、彼女の依頼はある意味達成できない。
「
「あ、ああ。まあね」
深紅結晶を用いての、人造人間の創造。それが依頼内容だ。
賢者の石より製造が困難とされる『深紅結晶』は、師であるアデスより確かに預かった。
しかし今、それはプルクの核として運用中なので、それを使うことは出来ない。
別の分として作ろうと何度か製造に着手したものの失敗が続き、今にいたる。
「あの結晶を核にした
「普通に子供を作った方が早くない、それ」
「自然交配でエレーラ族が他種族と子を成せる確率、知ってて言ってる?」
ローティアは、その大きすぎる寿命格差をなくすことが錬金術を学んだきっかけだという。
特に長命種であるエレーラ族は、他種族と繋がりをもたない戒律を作るなどして関わりを断つ傾向がある。
これは自分たち以外が早く死んでしまい、自身の長命を疎むものが生まれたからとも言われている。
そう言う意味では、ローティアは一族の中でも異端なのだろう。
(しかし、その第一歩が種の混合…… しかも、強制的に混ぜ合わせたいとか)
マルゾコとしては手伝いたいが、少々そういった経緯もあって積極的に手伝いたくないのだ。
(彼女が、エレーラ族以外の人間を好きになってくれれば毎晩実験に付き合ってくれそうなんだけどな……)
「と、とりあえず今日はもう遅いし、ローティアも歩いてきたんなら風呂の用意をするよ」
「ああ、そうね…… 思い出したら眠くなってきた」
とりあえず、明日はまずギルドに顔を出す約束をしてローティアは工房から出ていった。
Δ
翌日、早朝。
「ふぁあああぁぁぁ……」
「やっぱり、寝坊グセは治ってないんだな」
「にゃあ…… うるにゃぃ……」
「ローティアさン、朝御飯です。こちらヲ」
「ありあと……」
アデスに師事していた時からローティアはあまり起きるのが得意ではなかった。
これはエレーラ族の生活サイクルがそもそも違うから、というのは本人の弁だが、実際エレーラ族はロングスリーパーであることが多く、平気で三日も寝続けるものもいるという。
そんな彼女を無理やり起こして、これまた無理やり朝食をねじ込む。プルクもマルゾコも特に食事を必要としないので、プルクも久しぶりに材料を買いに行ったくらいだ。
「……おいしい」
「お口にあってなによりでス」
「ねえ、この
「冗談じゃない、断る」
ほんの些細な会話だが、マルゾコにとっては不思議と懐かしく感じた。
食事も終え、支度を整えると二人はプルクに店番を任せてギルドへと向かった。
日が昇ってから集まる冒険者たちは基本的に階級が低く、日雇いであったり簡単な採取系の仕事を取っていくことが多い。階級の高い依頼は、午前に受付して午後に貼り出すことが多いからだ。
「あの、すいません」
「あら、マルゾコさん。……と、かわいいお嬢さん?」
受付の男性は見慣れたフラスコ頭と見慣れない猫耳フードのコンビに優しく声をかけてきた。
「私はレスタハットに工房をかまえる錬金術師のローティアといいます。こちらに来る際にちょっと気になる集談を目撃しまして」
「え、失礼しました! ああ、北の方のですね。……気になる集団、ですか?」
工房持ちであれば必然的に成人である。それを感じ取った受付は姿勢を正し、彼女の助言に改めて耳を貸した。
「ほら、レスタハットからは直接こちらに来れませんよね? だからザナス経由で来たんですけど、その時、やたらザナスの軍服を着た大勢の人間を見かけたんです」
受付の男性は笑顔のまま微かに顔を曇らせた。
「うーん、戦争が終わったばかりだから緊張状態なのかな? もともとここはアリアント領だし、こっちから調査は難しいかも」
「いえ、変な動きがあったら嫌だなと思っただけで、そこまでは」
「ああ、確かに。一応上には話を通しておきますね。あ、一応どの辺りで見かけたかを……」
そんな話をしていると、別の窓口から大声が上がった。
「我々がザナスからきたから馬鹿にしているのか!?」
「いいえ、そんなことは」
受付側の声は冷静に応対しているが、相手の方は一触即発の雰囲気だ。
マルゾコは声の主をこっそり見上げると、五人ほどいるその人たちは冒険者と言うより役人…… 軍隊に近い風体をしていた。
大小様々な獲物を携え、周囲の冒険者達を視線で威圧している。
「ボートレス」
すると、真剣な表情のローティアがその集団を睨みながらマルゾコを呼んだ。
「一人、におうぞ。混ざりものだ」
それだけ言うと彼女はスタスタと男たちの近くに行き、声をかけた。
「ちょっと、相手さん怖がってるじゃない。いい大人が大きな声でだらしない」
「なんだ 子供は引っ込んでろ!」
「おい、やめろ!」
ローティアに突っかかった男が思わず拳を振り上げる。革防止の男が静止しようと飛び出すが間に合わず、黒い革手袋がその猫耳フードをひしゃげさせた。
かと思われた。
「……なにぃ?」
「へえ、丈夫なのね。大の大人でも手首が折れててもおかしくないのに」
男の拳は肘のすぐ下から真っ赤に染まり、彼女に届くことなく静止していた。
「くっ、そ! 抜けねぇ!」
腕半分が血まみれであるにも関わらず、男は攻撃態勢を解かない。謎の現象により行動を制限されていてもお構い無しだ。
「大人しくしなさい! 空間を固定してるだけだから、動かなければそれ以上怪我しないわ」
「……無詠唱の魔法、ってわけじゃあなさそうだな」
腕を拘束されたまま、男は不敵の笑みを浮かべた。
「お前、錬金術師か」
「ベルヴェラ! よせ!」
革帽子の男がなおも割って入るが、ベルヴェラと呼ばれた男は彼の頭を無造作に掴み、果物を投げるような捌きで壁に放り投げた。
「うぐっはあ!」
「キャアァァァーーー!」
テーブルを二つふっ飛ばしながら壁に轟音を立てて激突し、しばらくして革帽子の男は動かなくなった。
その衝撃音が引き金になって店内はパニックに陥り、我先にと出口を目指す。
「あなた、『混ざりもの』ね?」
ローティアはフードを下ろし、だらしなく垂らした空色の美しい髪をかき上げ、さっと後ろにまとめる。
「はン、お前に関係ない」
「濁ったエーテルの匂いがぷんぷんするわ」
それを聞いた男はにやりと笑い、拘束された腕を引き抜くと瞬時に出血を止めて見せた。
「新人類だ。間違えるな」
それと共に体毛が突然体を覆うほど生えてくる。筋肉が骨格ごと徐々に膨れ上がり、人としての姿を大きく変化させた。
「べ、ベルヴェラ!?」
「まずい、逃げるぞ!」
遂に同僚たちからすら見捨てられたその男は、狼にも似た大きな口から真っ赤な舌を出し、
「事故なら、一人くらい死んでも問題ないだろう」
「おいローティア!」
マルゾコも相手の変貌に事態の重さを感じ、姉弟子の肩を掴む。
「安心しなさい。かつて『血盟のローティア』と呼ばれた実力を見せてあげる」
ローティアは腰に下げた小さな袋からモノクルを取り出し、左目にセットした。
「選びなさい。塵になって滅びるか、エーテルになって消化されるか」
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