第12話 仕組まれた振り出し

 結晶が突き出た場所からは血すら出ないが、まるで血が出るような勢いで結晶が次々に突き出てくる。


「くそっ!」


 ボートレスは徐々に結晶化が進むエンリーナを担ぎ、取り急ぎ食堂を出る。


「どこか…… かくまえる場所は!」


 孤児院の中を手当たり次第見回して目に入ったのは、管理室の壁にかけられた鍵。ラベルには『大鐘楼』と書かれている。


「ここよりは…… マシか」


 ボートレスはその鍵を乱暴につかんで、建物を出た。

 ひどく暗い外の様子はボートレスを逆に安心させた。現実と空想が入り混じったような曖昧さを強調してくれているかのような気がしたからだ。

 鍵を開け、扉を開くと地下へと続く階段が現れた。


「逆に、ちょうどいいさ」


 一歩、一歩着実に降りる。降りる度に周囲に取り付けられたエーテル灯が足元を微かに照らし、螺旋状の階段の輪郭をおぼろげながら示した。


「……やけに整備が行き届いてるな」


 階段が終わり、しばらく歩くと『大鐘楼・機械室』と書かれたラベルの扉に行き着いた。


「ここなら、なんとか!」


 意を決してボートレスは扉を開いた。


「!! ……なんだ、これ」

『来たか』


 機械室の中では色鮮やかなエーテル粒子が舞い上がり、それぞれが各々持つ色の光を放っていた。

 そしてそれらは徐々に人の形を取り、ボートレスに近づいてきた。


『待っていた』

「……俺の声!?」


 それに気が付くと同時に、エンリーナの身体がふわりと浮かび、大鐘楼の機械部分へと導かれるように取り付く。まるで、そこが定位置であったかのように。


『計算では約一年をかけて霊素を拡散し続ければ街の住人も戻り、エンリーナも器の機能を停止し、すべて元に戻るはずだ』

「そうか、よかっ……」


 だが、ボートレスは一抹の不安を察した。


「あんたは、俺、なんだよな」

『そうだ』

「なんで、なってる?」


 粒子は、にやりと笑った雰囲気を装った。


『失敗したからだ』


 粒子の一部をボートレスへと流し込む。


『過去のが成しえなかった理由と状況だ』

「うわあああああああああああぁぁぁぁぁっ!! なんだ、なんだ!? なんだなんだなんだなんだなんだナンダナンダナンダナンダ……」


 膨大な記憶。

 かつて何人、何十人、何百人ものボートレスが挑戦し、成しえなかったケルダールの復活。その記憶の数々。

 その履歴を今彼は


「ああああっ! う、ぐああああああああ! おおう、おおおおおおおお!!!」


 ボートレスは涙を流し、よだれをこぼし、あせも鼻水も垂れ流していた。膝をつき、起き上がれないほどの衝撃を受け、それでもなお彼は何とか顔を上げて粒子が視界に入るように努めた。


「そうか…… あんたは、過去の、いや未来の、俺自身……」


 不意に、機械室の扉が開いた。中へ入ってきたのは小さな自動人形ゴーレム…… 不愛想なガラスの瞳を携えた少女姿のその人形は、大きな丸いフラスコを抱えていた。

 少し粒子が薄く、小さくなったマルゾコ前回のボートレスボートレス次の自分に決断を迫った。


『記憶をとれ。次の観測者になるんだ』

「かん、そくしゃ?」

『この街を仮想の別次元に詰め、疑似的な入れ物フラスコに封じ込める。お前はそれをさらに時間の概念の外側から観測することで、入れ物の中に霊素を満たし続けることができるはずだ』

「あ、ああ…… なん、となく分かる」


 記憶の奔流が収まり切らないのか、ボートレスは少し上の空で返事を返した。

『三日後、アリアント王国から使者が来る。きちんとくさびの登録を忘れるな』

「わか、ってる」

『……エンリーナを、頼む』


 それを聞いたボートレスは、目を見開いて立ち上がり、僅かに残ったエーテル粒子を見定めて呟いた。


「当然だ」


 残留していた霊素粒子が一瞬、人の形をとる。が、それはすぐに霧散し、ボートレスの中へと取りこまれていった。


『「!!??」』


 瞬間、彼の存在が裏返る。

 意識と存在は真っ暗な空間へと追いやられ、目の前にそこそこ大きなフラスコだけが浮かんでいた。そこから少女の人形…… プルクが覗き込んでいるのが見えた。


「そちらはどうですか、あるじ


 ボートレスは理解した。

 今自分は、フラスコを通して世界を見ている。

 恐らく、こちらは空間も時間もフラスコの中とは異なる場所。

 つまり、効率的にケルダールを観測できる環境であるのだろうということを。


「ああ、割といい環境だよ」

「今までもそういう感想を頂いていまス」

「いままで……? プルク、どういうことだ?」

「私の核に使用されている深紅結晶は、主である貴方様の霊素と接続リンクされていまス。一部の極秘情報を覗キ、ほぼすべての情報を閲覧できまス」

「へぇ…… 師匠は、こうなることを知ってたのか?」

「私の主は主だけでス」



   Δ



「この体でも寒さは感じるのか」


 過去の自分が、これから起こる事を教えてくれる。

 先日ケルダールを治める王族…… 例の王女がやってくる。

 来訪理由は『王家に伝わる道具の修繕』だ。

 アリアント王国には古くから伝わる不思議な道具『時の調べ』という懐中時計のおかげで繁栄を築いてきたと言われているが、ほとんどの錬金術師はそれが何かを知っている。王族の血筋を持つ者だけが起動しうる古代遺物…… 時間遡行装置タイムマシンだ。

 かつてのマルゾコたちも、少ないチャンスをやりくりしてその全貌を調べ尽した。


 まず、悪用されないために安全装置が設定されている。

 一つ目は使用者登録マスターレジストしなければならない事。

 二つ目は前任者と血縁が近しいものしか登録できない事。

 三つめは戻るポイントマーカーを事前に決める事。


 これらの条件から、原則登録された本人以外は有効に使う事ができないようになっている。


「なにせ究極のズルだもんな」


 それを、このチャンスに条件を緩めるのだ。どれだけ過去の自分かはわからないが、一番最初に遭遇したマルゾコはほんの数分の間に時計の核となる賢者の石に刻まれた命令を紐解き、内容を緩和する記述を追加した。その際起動に使うキーワードも登録してから使用者の上書きをすることで、事実上このループを生み出したとも言える。

 だが、果たして最初から失敗することを見越していたのだろうか。

 もしかしたら、別の理由があってマーカーの設定もしたのではないか。


「どう思う、プルク」

「可能性はありまス。なぜなら、マーカーの設定が賢者の石への登録前になっているからでス」

「もしかしたら、遡れる最大の過去があそこだった可能性もある」


 詳細は、今のマルゾコたちには分からない。ただ与えられたチャンスを生かすだけなのだ。


「そろそろ時間ですネ」


 プルクは姫たちを出迎えるため玄関に向かった。

 ほどなくして数人の足音が連れだってこの部屋まで続き、数人が入室して来た。


「どうも。時間通りのご来店、いらっしゃいませ」


 なるべく威圧せず、かといって軽すぎないよう気を付けつつエーテルを震わせて声をかける。


「……あなたが店主の?」


 不安げだが美しい声が、外套を纏った人物…… 王女から漏れる。


「ええ。このような姿ナリで申し訳ない。ですが、仕事はきちんといたします」


 一世一代の大舞台。……とはいえ、もう彼は何度も経験しているわけではある。

 マルゾコは慎重に話を進め、時計に使用者登録マスターレジストを施すところまできた。


(よし、ここで彼女を登録するついでに自分も下位登録サブレジストすればいい)


 霊素エーテルの登録のため、時計の起動を促すと見せかけて内蔵された賢者の石に自分のエーテルを流し込む。

 しかし、直後脳内フラスコへ流れ込んだメッセージにマルゾコは操作の手が止まってしまった。


『あなたは既に登録されています』

「はっ!?」

「っ!」


 幸運にも王女が登録された時の声にマルゾコの小さな悲鳴が隠れて聞こえなかったが、明らかな動揺を見せてしまった。


「あ、動きだしましたわ!」


 だがそれも、王位継承の証である時計の再稼働を目の前にしては些末な事であったようだ。



   Δ



「おかしい」


 マルゾコは今まで積み重ねられてきた自分自身の記憶を紐解き、先の事例がないかと調べていた。

 しかし、いくら探したところであの時計に登録済みであった記憶はない。

 彼女アリセルナの登録の際に紛れて自分も登録することは、何度も繰り返したやり直しの中での既定事項だ。

 まるで賢者の石の記憶だけがやり直し前から残り、自分たちだけが同じ歴史をやり直しているかのような錯覚に陥る。

 だが、いくら遡ってもそのような記憶は出てこない。


「もっと前…… か?」


 さらに記憶を遡ると、初めてエンリーナと出会ったころの記憶がよみがえってきた。


「ああ、そうだ。懐かしいな」


 孤児院時代のささやかな記憶。

 彼女は生まれながらエーテルの保有量が少なく、また自分で作り出す量が少ない体質だった。

 そのため周りより成長が遅かったり、よく病気になったりしていた。


「その度に俺が色んなギルドに忍び込んで、見様見真似で薬を作ったっけ」


 まだ彼が幼い当時は、病気や怪我は神に仕える神父や僧侶が魔法を用いて治療に当たるのが一般的だった。しかし、教会所属の孤児院というだけでは治療を万全に受けられるわけではない。

 苦しむ彼女を救いたい。

 淡い恋心から彼が錬金術師としての扉を叩いたのは、そんなきっかけだった。

 錬金術は、万人に開かれた学問。

 エーテルがなくとも魔法に近い現象を引き起こし、様々な効果を得ることができる。


「材料はわりとヤンチャしたなぁ」


 10歳にも満たない子供が自力で揃えられる材料なぞたかが知れている。

 ちょっとした怪我を治す薬の材料すら、夜中にギルドに忍び込んではちょろまかしていたくらいである。

 しかしある日エンリーナが重度の霊素枯渇症にかかった際、どうしても手に入らない材料があった。


 ミスリステン魔法金属だ。


 一時的にエーテルを貯蔵して、薬の材料に添加するための保管庫の要素として使うのだが、流石にこればかりは子供では手に入らない場所に保管され、厳重な箱に保存さていた。

 事情を話して借りようとしても、普段の行いからギルドも全く耳を貸さなかった。


「少年、ミスリステンを何に使うのかね?」


 そんなやり取りを、たまたまケルダールに来ていたアデスが見つけ、エンリーナの治療にあたってくれた。


「素行は残念だが、それも親しい人を救うためというじゃないか」


 とった行動は褒められたものではないが、そんなマルゾコの行動にアデスは動かされ、弟子として連れ帰ったのが二人の始まりだった。


「修行の最中にアデス師匠も亡くなって。ローティアたちが師匠の代わりを務めたりして、ようやく一連の修業期間を終えて帰って来てみたら……」


 ケルダールは、物言わぬ街へと変わってしまった。

 何とか分かる範囲で解析し、少しずつ賢者の石を大鐘楼の音に変えて街に分配・還元すれば、時間はかかるがまた日常が戻せるということまで分かった。

 還元が終わるには、ほぼ一年かかる。


「それまでは俺がこの街をこの次元の円環フラスコで保管しておけば問題ないんだけど……」


 毎度、何らかの理由でそれは達成されず振り出しに戻っている。今回のような他からの介入はレアケースだが、ローティアが大鐘楼を壊してしまうことも過去にあり、実際に全てのケースを予想・対応できるわけではない。


「だけど、諦めるわけにはいかない。ちゃんと街を救って、エンリーナに……」


 そこで、記憶をたどる手が止まった。


「まてよ」


 錬金術の修行を終えて、ケルダールに帰ってきたマルゾコは、

 そして、その数日後


「……他の人は、エーテルを抜き取られて半人造人間デミ・ホムンクルス化した体にちょっとずつエーテルを返すことで日常を保っている」


 なら、彼女は。


「あれは、誰なんだ」

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