第8話 果たす役割と果たせぬ役割

「いらっしゃいまセ!」

「うおおおおお……」

「か、かわいいな」

「おかしい、何故俺はこんなにドキドキしているんだ」


 プルクが笑顔で接客する姿に客がいちいちどよめくのに慣れてきたころ、ローティアが工房を半分借りてフェクタの診察を行っていた。

 体毛組織や皮膚を採取・調査したものの、それらはいたって普通のものでこれといった進展を見せなかったために、ついに血液採取に踏み切ったのだ。


「できればもう少し清潔な空間でするべきなんだけど」

「大丈夫、多少の傷はすぐ治るから」

「その回復力もすごいのよね。やっぱ制作に国が絡んだ人造人間ホムンクルスはデキが違うのかしら?」


 慣れた手つきでローティアはささっと血液を採取する。人差し指ほどの瓶にどんどん血液が運ばれ、瓶スタンドに五本目が立った時点で採取は終了した。


「お疲れ様…… って、もう傷口が塞がってる」


 フェクタの身体は、人間をベースに犬種や猫種を混ぜたものになっている。しなやかさと瞬発力に優れ、行動持続時間も人間と比べておよそ四倍以上ある。


「核の賢者の石も少し解析したいんだけど、いいかしら?」

「……ああ」


 フェクタは上半身の衣服を脱ぎ、双丘の間に収まっている赤黒い塊をローティアに見せた。


「おっぱいは人間と同じ一対なのね」

基礎ベースは人間だからな」


 賢者の石にローティアからのエーテル接続がされると、球状の登録命令プログラムが石を中心に何重にも展開される。それらは魂の情報を制御し、肉体負荷を最小にするための構築式が書き込まれていた。これがないと複数体の魂情報が一つの体でせめぎ合い、自己崩壊を起こしてしまう。


「そういえば、指や体格は人間ベースなのよね。もしかしてそこがポイントなのかも?」

「ふつう、そうじゃないのか?」


 フェクタは、賢者の石から中身の構築式を閲覧しているローティアに素朴な疑問をしてみた。


「まあ、今じゃね。元々人造人間を作った最初の人は記録上ではヴィリゲードっていう人なんだけど、当時は小瓶フラスコの中で無機物を材料に造られたの」

「……マルゾコみたいな?」

「あれはまた別。……だけどね、飼育瓶フラスコの中では寿命が短かかった。だから、彼らをどうにか長生きさせることはできないかって言うのが今の人造人間研究の始まりって言われてるわ」

「でもそれが、人間をベースにすることとどう関係が?」

「簡単よ。瓶の代わりに人間をガワにしてるだけ」


 あっけらかんととんでもない事実を口にしたローティアに、フェクタはゾッとした。


「に、人間が、『入れ物』!?」

「過去にとある実験事故があってね。家一軒がそのまま人造人間の飼育瓶みたいになって、中にいた錬金術師が取り込まれたのよ。そしたら、飼っていた猫と錬金術師のエーテルが融合してね。そこから一気に人体錬成が進んでいったわ。その錬金術師も結果的に寿命が延びて、二百年ほど自分を戻す研究を続けたみたい」

「そ、それどうなったんだ!?」


 元に戻す、と聞いてフェクタはつい立ち上がり、前のめりに質問した。


「だから、二百年も研究してたら元に戻らなかったってことでしょ?」

「あ、ああ。そうか、確かに……」


 すとん、と再び椅子に座る。


「私もね、種族間の寿命の違いを埋めたくてこの研究を続けてるんだけど、近親種だとうまく混ざらないのよ……」

「混ざる??」

「生物学上の遠戚種なら融合も乗算もうまくいくんだけど、エレーラわたしたちノールドあなたたちは種が近すぎて、異体結合が弾かれちゃうの。……子供は作れるのにね」

「ふうん……」


 ならば、自分はなんなのだろうとフェクタは思った。

 ヒトのガワを持ち、その中身は混ざりもの。石がなければ自我を強く持つことも出来ない不安定な存在。

(いっそ人形ほど空っぽになれば、こんな事を考えなくていいのに)



   Δ



「マルゾコさん、いるかい!?」

「どうしたんです!?」


 夜中、工房の明かりを見たのか搬入口側の扉をダンダンと叩く音に驚きながらも、マルゾコは勝手口から頭を出す。


「ああ、『鷹羽の帽子』がしくじった! 二人ほどマズイ状態になってる!」

「わかった!」

「何!? どうした!?」


 騒がしさに気がついたローティアが勝手口に駆けつけてきた。寝る直前だったのか、服装がラフなままだ。


「悪い、ギルドに急患だ!」

「あっ、待て! 私も行く!」


 二人は着の身着のまま、いくつかの道具だけ持ってギルドへ向かった。

 街はすっかり夜の暗闇に飲まれつつも、仄かな街頭が足下を照らす。昼間に降った雨がテラテラとあちこちに光を届け、いつもよりもその輪郭を明確にしていた。

 二人が案内されたのは冒険者ギルドの横に併設された病院の緊急搬送口。開けっ放しの大きなシャッターからエーテル灯が煌々と灯っていた。


「ああっ、マルゾコさん!」


 そこには『鷹羽の帽子』リーダーで双剣使いのエピネスが力無げに立っていたが、マルゾコを見た瞬間駆け寄って患者の下へ引っ張っていった。


「ケランが、ヘイメルが!」

「わかってる! まずは症状を見せろ!」

「二人とも、ダンジョンの罠で召喚された亜種巨人デミジャイアントに殴られたんだ! 応急措置でヘイメルは凍結保存、ケランは空間ごと固め・・たはいいものの、それぞれ負傷から処置まで時間がかかって……」


 凍結保存もさることながら、魔道士らが扱う空間魔の一部に対象の時間の流れを止める方法があるらしい。鷹羽の帽子彼らにはその手の魔法を得意とするメンバーが居るが、咄嗟のことで魔法を紡ぐのが遅かったのだろう。


「ケランは体が腰を境に分断され、ヘイメルは……」

「内臓がいくつか中で破裂してるな、うっ血している部分があまりに広すぎる。早急に治療しないと」


 見た目で判断できなかった症状をローティアは瞬時に見抜いた。


「じゃあ、そっち頼みたい」

「わかった」


 まるで十年来の相棒のように、呼吸一つでそれぞれが施術にかかった。


「まずは明かり。固定領域を拡張して俺もそこへ、と」


 マルゾコはケランを固定しているエーテル領域を分析し、空間の拡張を試みる。周囲の術式を阻害するエーテル灯の明かりを歪め、持ってきたオイルランプのみで患者を観察する。大きな物質によって力任せに分断されたようで、傷口の細胞は完全に潰れていた。骨や神経も傷口付近のものは絶望的だが、空間固定が間に合って生命活動は止まっていない。この辺は手練れギルドメンバーといったところか。


「まずは損傷した肉体を再生、結合だな」


 マルゾコはケランのエーテルを自身の新たなエーテルと織り交ぜながら、持ってきた薬を上半身の患部へ流し込む。薬は特殊な反応を引き起こし、即座に塗布された箇所の細胞や骨分子を複製させ、ちぎれた部分を作り上げた。固定されたままの空間中では、再生や治療といった施術は意味をなさないからだ。


「じゃあ、足の方を」


 次に下半身の傷口にも薬を塗布する。反応は遅いが同じ様に複製が始まったのを見届けると空間拡張に干渉していたエーテルをさらに強め、固定にかかわる制限を緩めた。


「ぐぅぅ…… っがぁぁ、っはぁっ」


 肺の血液が逆流してきているのか、とてもゆっくりとケランは咳き込んだ。だがその間にも分かたれた体は双方から結び付き合い、再び一つの体に戻ろうとしていた。


「よし、ここまでくれば」


 マルゾコはさらに緑の瓶を乱暴に開けると、中身の半分を患部に、もう半分を開いたばかりの口に瓶ごと咥えさせ、胸を強く叩いた。『んぐふっ!』という悲鳴にならない悲鳴のあと、赤とも緑ともとれない泡が患部と口から溢れ、数秒後ケランの容体は驚く速さで落ち着いた。


「脈は問題ない。傷口もわかるところは塞いだ」


 足と腕の脈とりをし、血液の循環に問題がないことを確認すると再度空間固定へ干渉し解除を試みる。


「あっ、ケラン!」


 すると魔法をかけたであろう魔道士が気づき、こちらへやってきた。


「ごめん、ケラン! 先生、彼は大丈夫なんですか!?」

「ああ。ギリギリ間に合ったよ」

「良かったぁ…… ついさっきもヘイメルの治療が終わったところなんです」

「お、そうか」


 マルゾコはローティアの方を見ると、先程まで感じていた冷気が和らぎ、ベッドには苦しそうではあるが寝息を立てる青年の姿が見えた。


「ありがとうございます、両先生方!!」

「さすが、わが姉弟子」


 マルゾコも緑色のエーテルをくゆらせ、安堵の気持ちを浮かべた。


「……」

 しかし、命を救った当のローティアはまだ浮かない顔をしていた。

「どうか、した?」

「……ボートレス」

 ふとローティアはマルゾコの本名を口にして首元をひっつかんだ。

「話がある」

 ただならぬ雰囲気に鷹羽の帽子たちは二人が廊下の奥に消えていくのを止めることができなかった。

 ローティアは壁に投げつけるようにマルゾコを立たせ、目と鼻の先にフラスコを覗き見ると小声で尋ねた。

「何だあれは」

「……」

 一瞬、マルゾコは言葉に詰まった。

「微かだが、賢者の石の波動があった。人間ではあり得ないエーテル反応だ」

「……だろうな」

「『だろうな』じゃない! 人間が、魂以外のエーテル波動を内包して生きていられると思うのか!?」

「不可能だ」

 マルゾコは即答する。それに苛立ったのか、ローティアはマルゾコの襟首を両手で締め上げ、再度尋ねた。

「何か知ってるのか!? あの状態は、カテゴリでいうなら……」

「完璧な、フラスコから解き放たれた人造人間ホムンクルス、になるな」

「冗談はやめろ! あの患者からは賢者の石は見つからなかった! 核のない人造人間は人格崩壊を起こす! だからあの患者は人間なんだ!」

 ギリギリと首を締め上げた手を緩め、マルゾコを床に落としたローティアは頭を振り再度マルゾコに向き合った。

「私の知らない間にお前の身体がそう・・なった理由もきちんと聞いていない。この街で一体何が起こっている!?」

 尻餅をついたマルゾコは立ち上がってほこりを払うと、申し訳なさそうに呟いた。

「戦争の、後始末…… かな」

 マルゾコは乱れた着衣を戻しつつ一人鷹羽の帽子たちの元へ戻り、後日また工房へ立ち寄るように伝えると、一人先に工房へと帰っていった。



   Δ



「精が出ますね」


 アルメリーが作業中のマルゾコに声をかける。

 巨大な賢者の石から幾層にも広がるドーム状の構築式を前にして、必要な情報をまさに手繰り寄せながら書き込まれた情報を精査する。しかしマルゾコにとって解読が終わるにはまだまだ途方もない時間かかる以上の理解ができず、フラスコの中に疲労の色が見え隠れしていた。


「鷹羽の帽子の件がちょっとね」


 しかしそれでも構築式を読み解く努力を続ける。何度展開を解いても、奥から次々に構築式が展開される様は横で見ているだけのアルメリーにすらとんでもない作業であることが伺えた。


「今回はイレギュラーが多すぎる。でも、前回のように閉鎖空間のままでは支障がでるのは間違いないから、前回の解析内容を上書きして……」

「私には何をおっしゃってるのか分かりませんが、ご無理はいけませんよ。私としては今のマルゾコさんも好きですが、また以前のように食事を一緒にしたいと思っておりますの」

「そう…… ですね」


 マルゾコは歯切れ悪く返事を返す。

 そして、その意味をアルメリーもまた理解していた。


「私には、マルゾコさんがどれほどの苦労をなさっているか分かりかねます」

「大丈夫ですよ。この体なら他の人のように疲れることも少ないですし、時間の感覚を感じにくいので長く研究を続けられるので」


 遥か頭上から鐘の音が鳴り響く。街は間もなく夜のとばりが下りるだろう。


「それより、アルメリーさんも早めに休んでください。もう、この街の住人でまともな人間はあなたくらいしかいないんですから」

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