第6話 一体と一人と一個と一瓶

 しん、と静まり返る店内。


「とう、さん?」


 マルゾコは侵入者の言葉に眉をひそめた。


「よくない単語だな。昼間の追跡兵の話を総合すると、ザナスが人を塊に変え、国宝として隠ぺいしている、とでも言うつもりか?」


 ローティアは低い声で威嚇するように質問した。


「ウチの目の前で変な石に変えられたんだ! 間違えるはずはない!」


 しかし侵入者は引くことなく大声で反論する。ローティアの姿に迫力を感じなかったからかもしれないが。


「君にはこれが何に見える?」


 マルゾコは先ほど取り出した琥珀色の塊を掲げて侵入者に見せた。


「……賢者の石、だろう」

「その通りだ。じゃあ、これをどうしようとして盗み出した?」

「助けたい」


 徐々に侵入者は肩で息をし始めた。


「方法は? 我々錬金術師でも一度賢者の石になった人間を元に戻すなんて、簡単なことじゃあないぞ」

「だったら、放っておけっていうのか!?」


 徐々に背筋が前かがみになり、視線が下がる。膝から力が抜けているのか、どんどん内股になっていく。


「そうは言ってない。やり方は強引だが、君の言うことが本当ならザナスの国際法違反を暴く重要な証拠として……」

「ウチは、助けたいの! 国を相手に戦うつもりは……」


 そこまで叫ぶと、突然侵入者は糸の切れた人形のように床へ倒れ込んだ。


「あらら。まあ、もったほうなんじゃないかしら?」

「まあ、普通の人なら僅かに鼻から嗅いだだけで昏倒するからね。プルク、その人を奥の客間に運んでおいて。俺は閂に塗った揮発性の神経麻酔薬を分解処理させておくから」

「はい、わかりましタ」


 マルゾコは足元に散らばったダミーの欠片を集めつつ、侵入者が口走った話を思い出していた。



   Δ



「どうだ、マルゾコ」


 ローティアは石を真剣に検査しているマルゾコに声をかけた。

 工房の作業台にぽつんと置かれた琥珀色の塊は、それを中心に何層もの光でできた構築式が展開され、ただの塊でない事を示していた。


「少なくとも、一人や二人のエーテルが凝縮しているわけじゃあなさそう。でも、肉体ごと飲み込んでるみたいだから分解が上手くいけば再構築はそれほど非現実的ではなさそうだね」


 それを聞いたローティアが顔をしかめた。


「じゃあ、あのお嬢さんの言葉は事実ってことかしら」


 そう言いながら、ベッドで横になっている女性を見下ろした。外套は脱がされているが、明らかにあの侵入者だ。昼間に追跡者に付けられたであろう大きな傷も確認できた。

 傷の手当のために上着を取ったのだが、大きめの上着を着ていた理由はどうやら寒いだけではなかったようだ。


「賢者の石に保存されている両親の情報からも、どうやらザナスの『永久国家計画』はかなり重いところまで進んでるみたいだな」


 マルゾコもフラスコの中身を暗い青色にして難色を示した。

 侵入者の体はそのほとんどが人である部分を失っており、どことなく狼か猫を思わせる体つきをしていた。その人相も遠目では人に見えなくもないが、近くで見れば産毛は長く太いものが多く、上あごと下あごが人のそれより前に出ている。髪やその他の体毛は銀色に近く、こちらは人の名残かと思われる。


 やや本能的とはいえ、会話や判断が合成獣よりもしっかりしたことを考えると、人造人間である可能性が高い。

 賢者の石は、かつて『永遠の命』を与えることができる物質として研究されてきた過去がある。その研究の途中で、別の生物同士を融合させることで寿命の足し算ができないかという発想から生まれた存在がいた。


 合成獣キメラと呼ばれるそれは、確かに寿命は延び、身体的にも掛け算式に強くなった。だが、その身体には複数の魂がせめぎあい、滅多なことで安定することはなかった。

 そこで、次の実験では賢者の石を核にして様々な生物のツギハギをした新たな生物の創造を目指した。例えば人間の脳にゴリラの腕、猫の足、象の体躯、犬の鼻などを混ぜ合わせ、種としての価値を上げようと試みた。それが人造人間ホムンクルスだ。


 この人造人間と合成獣の大きな違いは、核に賢者の石があるかないか。あるいはその身体に魂が一つかそうでないか。細かく突き詰めると色々あるが、この二点が簡単な見分け方だろう。

 そして、彼女の両親と思われる人物らの保存情報も、また人と言うにはいびつな姿だった。


「麻酔がなかなか効かないわけだよ」

「で、どうするの? 助ける? 放置? それともあいつらに引き渡す?」


 ローティアの疑問に、マルゾコは首をかしげて少し悩んだ。


「俺は神の使いじゃあない。無償で人助けをするほど人間ができてないからね。かといって、この状況を見た上で引き渡すほど落ちぶれてもない」

「つまり?」

「彼女の出方次第、かな?」



   Δ



「失礼する」


 翌日、いつも通り店を開けていたマルゾコ商店に、あの人造人間ついせきへいたちが来店した。


「いらっしゃいまセ」

「…… 人形ゴーレムか。主人に話がしたい」

「はいはい、ここにいますよ」


 開店したばかりだったのでバックヤードにいたマルゾコが、ひょこっとフラスコを覗かせた。


「ギルドで錬金術に詳しいものを聞いたところ、この店を案内された。聞きたいことがある」

「一般人に毛の生えた程度でよろしければ」


 追跡兵の一向は店内をぐるり見渡してカウンターに詰め寄ると、街中で話しかけてきた一人が再びマルゾコに話しかけてきた。


「この店に怪しい人物が来たりしなかったか?」

「冒険者御用達の店ですので。身なり・口調・金払いは誰もが個性的ですから」


 マルゾコの答え方に、別の追跡兵が明らかに苛立ちを見せた。


「……ここでは買取など、やってるのか?」

「いえ、販売専門です。注文を受けて作る場合もありますがね」


 ふむ、と追跡兵は何かを考えた後、再び質問を重ねた。


「貴様は賢者の石を作れるか?」


 ピリ、と空気が張り詰める。


「……国際法で、製造は禁止されてますよ」


 フラスコのエーテルが赤くくゆる。不安と、わずかばかりの怒りが漏れ出ているようだ。


「依頼ではない。貴様の技術で可能かどうかを聞いている」

「賢者の石の製造方法は、既存技術です。レシピも割とありふれたもの。錬金術をかじった者ならだれでも作れるでしょう」

「なら、現存する賢者の石を手に入れたら、貴様はどうする?」

「私の店では扱わない代物ですな。必要ではないので処分します」

「それはどのような処分方法だ?」

「そうですね、冒険者ギルドにでも進呈しますかね。この体じゃあ持ってるだけでもザワザワして気分がよくない」


 彼らの顔が侮蔑に変わる。


「あえて聞くが、賢者の石を見たことはあるか?」

「そりゃ、もちろんありますとも」


 フラスコのエーテルが明るい緑になる。得意げに話すときの特徴だ。


「なら、この街のどこかで見つけたらザナスに連絡するように。我が国の所有物だった可能性が高い」


 それだけ言うと、彼らは店を後にした。


「だ、そうだよ」


 マルゾコはちらりと奥の方に声をかけた。


「……なんの、つもりだ」


 そこには、上半身を起こすのがやっとの侵入者がこちらを見ていた。カウンターの客側からは死角になっているが、声は聞こえていたはずだ。


「昨日、君が寝てから賢者の石を分析にかけたんだよ。君が話していた通り、あの賢者の石にはおよそ九人分のエーテルが保存され、五人分の人体が圧縮保存されていた。けど、君はあの石からご両親をどうやって助けるつもりだい?」

「それは……」


 言いよどむ侵入者。それは解答のない証拠。


「なら、ちょうどいい。ひとつお願いがあるんだ。ここで働かないか?」

「……はぁ??」

「正しくは、『ここで働くついでに、ひとつ協力してほしい』んだよ」


 マルゾコはフラスコ内のエーテルをくるくると激しく拡散させて言葉を探し、適切な言い回しを選びだす。


「君のカラダの構造をね、調べたいんだよ。賢者の石そのものは割と既知の技術だけど、人造人間が安定して長寿を得る構造プロセスは、まだ未知数なところが多くてね」

「お前が私の注文通りの人造人間を作ってないのが悪い!」


 裏作業をしていたローティアが、バックヤードに戻りつつ二人の会話に割って入った。


「そんなこと言っても、街ん中で暮らしながら暴走しない人造人間を作るのは相当難しいって、姉弟子が一番よくわかってるでしょう?」

「だからお前に頼んだんじゃないか」


 ローティアはマルゾコを一瞥してすぐ奥の部屋へ向かい、侵入者の顔に優しく手を添えた。


「普通はね、これだけの組織を混ぜられてなおマトモな精神構造を持ち続けるのは難しいんだよ。けんじゃのいしに他の残留した魂が混ざるにつれて、本能的な行動しかとれなくなる。そう言う意味ではアンタは私の研究資料としてうってつけなのさ」


 侵入者は思わず顔ごと視線を逸らそうとするが、添えただけと思われた手がそれを許さなかった。


「まず名前を教えてもらおうかな? その後、またザナスの追手が来ても困らないように、少し顔をいじらなきゃね」

「い、じる!?」


 侵入者の顔が歪む。


「イジルっていうの?あなたの名前」


 ローティアの声が低くうなる。


「わ、私はフェクタ! フェクタだ!」


 とんでもない名前に改名させられそうになった侵入者フェクタは、大急ぎで訂正を唱える様子に、ローティアは満足そうな笑みを浮かべて頷いた。


「よろしくね、フェクタ。文句は私の研究サンプルをいつまでも完成させないあのまんまるガラス頭に言いなさい」


 マルゾコは、出来る限りその身を二人から隠して逃げた。



   Δ



 かくして、フェクタはマルゾコ商店で働くことに決定した。


「錬金術で分かることは?」

「……知らない」

「ふうむ、だけどね」


 マルゾコはフェクタが母国ザナスから持ち出した賢者の石を取り出し、それを彼女の鼻先に差し出した。


「この石の中に君の両親が入っていること、かなりきちんと分析しないと分からないんだ。きっと他にも石があったはずの場所で、これだとアタリを付けて持ってきたにしては偶然が過ぎる」

「それは…… におい、かな」


 フェクタは言いよどんだものの、明確に原因を口にした。


「そういえば、君は何の動物を混ぜられたんだ?」


 ローティアも会話に参加する。


「知らない。私たちは国に言われて連れて行かれた後、よくわからない施設で眠らされて、気が付いたらこうなった」

「ザナスは世界でもかなり早い段階で賢者の石と人造人間について研究が盛んだった国でス。人体実験程度は日常的に行われていたと思った方がいいかト」


 会話に突然プルクも口を挟む。主人すらうろ覚えだった情報を添えて。


「お前の人形ゴーレム、すごい優秀じゃない?」

「そりゃ主人が優秀だからね」


 マルゾコはフラスコの中を緑に照らし、悠々とくゆらせた。


「起動後の情報獲得は自己取得でス」

「だって」


 緑が黄色、オレンジに変わる。恥ずかしがっているようだ。


「そ、そういう学習機能プログラムしたからね! だからフェクタも今からいろいろと覚えてもらうから!」

「……あの、なんか忙しそうですけど、ちょっとコイツ、見てほしくって」


 既に開店していた店の入り口には、マーラントがまたまた怪しげなものを持って佇んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る