第2話 ようこそ、マルゾコ商店へ

 数日後。

 マルゾコはいつものように開店準備をするべく店の玄関から外に出ると、そこには鉱石が詰まった籠を背負った冒険者、マーラントが立ち尽くしていた。


「あっ、旦那ぁ!」

「っと、なんだなんだ朝っぱらから」


 抱き付こうとしてきたマーラントから逃げるべく店内に入ったマルゾコをマーラントが追いかける。


「実はさ、これ鑑定してほしくって」


 二十代ほどの年齢であるはずなのに、その笑顔はまるで屈託のない少年のような輝きを放っている。


「そう言いながら、またどこぞの誰かから押し付けられたんだろ?」

「へへ、さすが旦那」

「こんなお人好しが、星七レベルギルド『狼の足』メンバー筆頭剣士ソードマンと言うんだから、この街のレベルが知れるな」


 だが、マルゾコの声には相手を蔑む響きはない。

 今は店に来るためかマーラントは簡素な麻の服だけをその身にまとい、栗色の短い髪を覆うこともせず、さらにいつもの双剣も持っていないために事実とてもそうは見えないのだが。


「登録ギルドの中じゃあ上から二番目にすごいギルドなんだぜ? もっと褒めてくれてもいいもんだけどな。……ってことで」


 籠をカウンターに乗せ、勢いよく両手を合わせる。


「いっちょ、頼んます!」

「……わかったわかった。ちょっと待ってろ」


 マルゾコは上り台を足元においてカウンターについた。


「まず、こいつからだな」


 手ごろなサイズの鉱石を一つ手に取り、マルゾコはフラスコの中のエーテルをその手ににじませていった。


「……、何だったっけ?」

「『エーテル』だよ。生命をもつものに等しく存在するエネルギー粒子…… って、以前も説明したろ?」

「へへへ……」


 彼は物理担当と言うこともあり、この辺の知識は植え付けた傍からこぼれ落ちていくようだ。頭をかいて誤魔化している。


「まったく」


 マルゾコは鉱石に次々とエーテルを通わせ、内部の金属含有量を計っていく。


「『霊素エーテル』は生命が持つ根源エネルギーで、生きているなら必ず存在する。魔術師が魔法を使う際に使われることを始まりとして研究されたのがきっかけだな」

「あ、ちょっと思い出した。誰でも魔法が使えるように、だっけ?」


 マーラントは得意げに続けた。


「魔術師の魔法操作ってセンスがないと使えないから、きちっとした理論を持って魔法現象を再現させることが主な目的…… ってやつだよな!」

「まあ、間違ってない」

「でもさ、旦那のその体は生きてるわけじゃあないんだろ?」


 確かにマルゾコの体は生命活動を行っていない。人間の子供を連想させる小柄な背丈の頭なし人形に、大人の頭ほどある大きな丸底フラスコが首元に刺さっている形だ。


「色々あってね。でも、この頭の中にたっぷりエーテルが詰まってるから」


 そう言うとマルゾコは頭部のガラスの中身をゆらゆらとくゆらせて見せる。まるで虹が水の中に閉じ込められたような幻想的なきらめきは、確かに普通の液体とは違う何かを感じさせた。


「とはいえ、この量の鉱石を一気に鑑定するのは結構骨が折れるな」

「そんなこと言わないでくれよ、パーティの連中にも『早く金に戻して来い!』ってどやされたんだからさ」


「馬鹿言うな。そもそもこの鉱石一つ一つに含まれているのは、鉱石類の中でもかなり質の高い魔法金属『ミスリステン』だぞ。少しの量で結構な額になるやつばかりだから、きっちり査定していかないと」


 そう言いながらマルゾコは丁寧に鉱石を調べてメモを取る。


「そうだな、この量だと…… 80000ルード。ここが限界だ」

「うぐ! リーダーが言ってた金額にめちゃ近い…… もう少し、行かないか?」

「いいや、精製前にしては結構頑張った額だ」

「くっ…… わかったよ! それで引き取ってくれ」


 実際は相場よりわずかに高いのだが、恐らくそれ以上の金額で買い取ったのだろう。彼にとっては良い薬になったのではないかと、マルゾコは内心思いながら買い取りを完了させた。


「今度はもっと良いもの持ち込んでくるから、その時は弾んでくれよな」


 微妙な捨て台詞を置いて、マーラントは店を後にした。


「まったく、早朝からガッツリ働かせてくれるな」


 マルゾコは先ほどの籠を店内奥にしまい、先ほどひっくり返し損ねた扉の看板をくるりと返した。表からは『OPEN』と見えるように。


「さて…… プルク、店番を頼むよ。俺は奥でコイツを精製してくる」

「はい、わかりましタ」


 先ほどまで店のすみでピクリとも動かなかったメイド服を着た人形は、個性的な足取りでカウンターに着く。


「さあ、今日も商売開始だ」


 どこからか、朝を告げる鐘が鳴り響いた。



  Δ



 貿易都市ケルダールは、世界で二番目に大きな大陸ドラトリバの中央付近に存在する、割と大きな都市である。

 最近まで近隣諸国が行っていた戦争のあおりを受けて人の流れが少なかった頃に経済成長した都市なのだが、少し前にアリアント王国が大陸の半分をその領地に収めて戦争は終結、この一帯もアリアントの領地となった。


 もともと東西を行き来する商隊や軍隊を相手に成長した都市だったが、戦争が終わる直前辺りから大きな街道がここより少し南に開かれ、より安全に行き来できるようになったためか、以前よりは人の往来が減ってしまった。


 それでも、貿易の拠点であったころの機能は未だに生きており、大陸全土に配置されている冒険者ギルドの中央支所や商人ギルドの主要倉庫など、巨大な施設を構える組織はここの価値を重く見ていた。


 そんな都市の中央通りの終わり際には、街の雰囲気とおもむきことにする店があった。

 それは『錬金術師』がオーナーを務める個人経営の店舗『マルゾコ商店』である。


「今日も朝は順調な滑り出しですネ」


 店を開けて一時間ほどの店内は、今だに人の訪れがなく閑散としていた。

 あまりの手持ち無沙汰に、プルクはカウンターを出て陳列商品の掃除を始めていた。


「それは、マーラントの事? それとも客足の事?」

「両方でス」


 在庫の埃をかぶった商品を一つ一つ棚から出しては磨きつつ主人であるマルゾコの話し相手になる彼女は、彼によって作られた自動人形…… 『ゴーレム』である。


「仕方ないだろ……錬金術師が経営する店が繁盛したのは、もうかなり昔の事だからな。今じゃ鉱石の精製や魔法薬の製造は他の生産ギルドや専門の工房が作るほうが効率もいいし、値段も安い。唯一の特権だった『賢者の石の製造』も、国際法で禁止された。賢者の石を作れない錬金術師界隈なんか、そりゃなくなるさ」


「ソレの材料が人間から抽出されたエーテルなのデあれば、仕方ないことだと思いまス」

「……確かに。美しいオレンジ色の結晶石を持ってるだけで殺人を疑われるのは誰しも困る。ちょっと遅かったかもしれないけど、禁止にしたのは正しかったかもしれない」


 そんな会話をしていると、入り口から一組の冒険者たちが入店して来た。二人はいったん会話を止めてプルクはカウンターに。マルゾコは奥の工房へと入って朝一番で仕入れた鉱石の精製に取り掛かった。


 工房の広さは店のスペースのおよそ三倍以上の広さを持ち、四隅それぞれが特定の仕事のための専用スペースになっている。

 入り口左が材料置き場。まだ加工が手つかずの鉱石などが大きな籠に入って山積になっている。反対側は大きな作業台。道具はちらほら置きっぱなしになっているが、色々な道具はそれぞれの棚などに仕舞われて整理され、使いやすさを維持しているようだ。


 奥の右側は巨大な水道になっている。地下水をいつでも吸い上げられるようになっているうえ、エーテルを加えることで蒸留水や魔法薬の基礎水にすることもできる。

 反対の左側は様々な鉱石を即座に精製できる高熱のエーテル炉をいくつか有しているが、今はまだ稼働しておらず、ただ白い炉に幾筋かの黒いススが天井に向かって静かに伸びていた。


「とりあえず、炉に入れとくか」


 マルゾコは慣れた手つきで籠から鉱石を小さい方の炉に上部から放り込む。ある程度の量を入れ終わると下のかまどに燃料を入れて火を起こし、精製のための簡易構築式を起動した。


「今日は確かギルドからも精製依頼が来る日だから、こいつはぱぱっと済ますか」

 炉はマルゾコが流し込んだエーテルに反応し、うっすらと黄色い輝きをまとうと放り込まれた鉱石を次々に精製していった。


「ほい、出来上がりっと」


 ものの数秒でゴツゴツした石の塊が、美しい銀緑色の魔法金属ミスリステンへ姿を変えた。


「んー、純度も粘度も申し分なし、と。魔法金属はエーテルの吸収が早くて助かる」


 精製した金属を再鑑定していると、裏口から来客を告げる鐘がなった。


「お、搬入かな? ちょっと早めだな」


 マルゾコは裏口に回り、さび付いた閂をその華奢な体…… 体で軽々と外して両開きの扉を開ける。と、そこには山のように鉱石を積んだ二輪車がすぐ横に停まっていた。


「おはようさん、マルゾコ! 今週はこれだけ精製頼めるかい?」

「まぁた大量に…… 収集依頼山ほどこなした新人でも出たのか?」

「北のアラコス鉱山で新しい鉱床を見つけたらしい。他のギルドに取られる前に、って商人ギルドの奴らが上限なしで依頼貼っていきやがったのよ」


 運んできたのは冒険者ギルドで素材運搬を担当してる爺さんだ。商人ギルドや貴族の依頼で必要になった鉱物インゴットの生成をマルゾコに依頼するため持ち込んでいる。


 なんでも、鉱石のままで納品するよりも精製してから納める方が依頼料がいいんだとかで依頼を受けたのがきっかけで、今でもこうして持ち込まれている。ただ、精製するだけなら鍛冶ギルドのほうが安いんだが、そこは縁故契約で仕事をもらっている。他にも利点があるのだ。


「えっと、パロズステンがふた山、シーバステンがひと山、ゴドロステンがひと籠……」


 鈍く光る茶色の粒が見えるパロズステン、銀色のシーバステンをささっと見流し、キラキラと黄金色の粒が混じるゴドロステンをフラスコを通してじっくりと鑑定していると、その横にあるやたら白い結晶に目を奪われた。


「ん? ソラデニウムもあるのか」

「おお、よくわかったな。確か欲しがってたろ? そいつはサービスな!

「へぇ、そいつは助かる」


 爺さんはさらに白い結晶と少し赤茶けたものとをいくつか置いて、帰り支度を始める。


「精製依頼品は週末にでも様子を見に来るから、それまでによろしく!」


 空になった二輪車を引っ張りながらスランバ爺さんは帰っていった。


「……さ、仕事が増えたからさっさと取り掛かるか」


 マルゾコはその小さな体に似合わない軽快さで下ろされたばかりの籠を持ちあげ、工房へ持ち込んでいく。

 中に入ると、先程使ったのとは別のエーテル炉にまず黄銅色のパロズステン鉱石を目いっぱい投げ入れ、下から火をくべる。今度はしっかり時間をかけて火を大きくすると、上に登って炉の中に白い粉触媒を投げ入れた。


「ん、よし。これでちょっと時間ができたから。こっちも進めておくか」


 粉が鉱石にかかって青白い光を発したのを確認すると、先ほどサービスでもらったソラデニウムを手に四角い木枠の容器が乗った作業台へと向かった。


元の材料ソラデニウムが結構遅れてるから、ちょっとこっちを試してみよう」


 そう言ってマルゾコは木枠の中に、事前に作り置きしておいた薄茶色のドロドロとした液体を注ぎ込む。七割がたその液体で埋めると、ソラデニウムの塊を両手で抱えて木枠の上に掲げた。軽く力を込めて自分のエーテルを塊に注ぎ込むと、その作用で鉱石内のソラデニウム成分が不純物を避けて融けだし、じわりとあふれ出した。


 ぽた、ぽたと分解されたソラデニウムが薄茶色の液体の中に沈み込んでいく。その水量は少しずつ増え、あっという間に木枠ひたひたになるまで注ぎ込まれた。


「ほいじゃ、これをかーきまーぜて…… っと」


 三十分ほどかき混ぜる作業を続けた後、手を止めて器ごと少し大きめの作業机に移す。すると、机の錬成術式と流し込んだエーテルが反応し、淡い青色に輝き始めた。


「よし、良い反応が出てるな。使い古しの油で浸透率が悪いけど、これならいい石鹸になりそうだ。一応、依頼品だからな。ちゃんとできるに越したことはない」


 日用品の精製も、立派な錬金術師の仕事である。


「あ、反応と言えば」


 マルゾコは先ほど鉱石を放り込んだ炉を見に移動する。


「お、いい感じになってきた」


 マルゾコは四角い型取り箱をいくつか持って炉のたまり口に置き、炉の下方に設置されている栓をひねった。すると、真っ赤に溶けて分離した金属がどろりと型取り箱へ流れていく。


「あの量だと、三箱くらいが限界だろうな」


 言葉通り三つめがいっぱいになったあたりで、たまり口からは何も出なくなった。


「じゃあ炉が冷えるまで休憩、っと」


 そう言って炉の火を小さくして底蓋を開け、鉱石の残骸を炉の外へと逃がす。

 ある程度ゴミを取り終えて火も弱くなったことを確認すると、型取り箱の粗熱を取るため慎重に外へと持ち出し、庭の石畳に並べていく。

 一通りの作業を終えて一息つくと、自分の影が真下に落ちていることに気が付いた。


「……そろそろだと思うんだけど」


 マルゾコはそっと中に入り、中の様子を覗き見た。店内にはそこそこ客が入っており、各々が商品の物色をしていた。ある人は魔法使いの気付け薬を、ある人は傷用の消毒液が入った瓶を。


「今日はまあまあの客入りかな?」


 自分の作った商品が売れていく様を、マルゾコは満足げに眺めていた。

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