第7話 最高に悪くて天才的なシステム


 領民さんたちの治療を始めてから三週間が過ぎた。


 回復魔法と薬による治療はなかなか簡単にはいかなくて。

 だけど、暴徒の人たちが協力してくれたのがすごくありがたかった。


 町のことをよく知っていて、若くて力もある彼らが協力してくれたことで、領民さんたちの治療は予想以上に早く進んだ。


 三週間休みなしで回復魔法をかけ続け、急いで治療しなければいけない人たちへの対応はひとまず完了。


 余裕ができたので今日はリネージュで過ごす初めての休日。


 カーテンから零れる朝の透明な日差し。


 うんと伸びをしてカーテンを開ける。


 澄み切った青空。

 隣の部屋から香ってくる朝ご飯の匂い。


 目を細めてから、服を着替えて朝の支度をする。


 瀟洒な魔導式の洗面所と鏡台。


 感染症と治安の悪化によって慌ててこの地を逃げ出したお兄様。

 おかげで、リネージュにある伯爵家の屋敷には高価な調度品がそのままの状態で残されていた。


 家主が不在と言うことで、泥棒に入ろうとした人もいたはずだけど、敷地内を守る厳重な魔術結界は侵入を完全に防いでいた様子。


(魔法国の貴族は平民に恨まれているのを知っているからこそ、警備にすごくお金をかけるんだよね)


 広がる格差社会と悲しい現実。


(おかげで、快適に過ごせるし当面の資金には困らないけど)


 シエルとヴィンセントが作ってくれた朝ご飯を食べる。

 一緒に食べるのが私たちの新しい日課になっていた。


 超一流の執事であるヴィンセントは、主人と一緒に食事をすることにかなり抵抗があるみたいだったけど、「一緒に食べてくれた方が私はうれしいわ」と伝えると、少し困りながらうなずいてくれた。


(誰かと一緒に食べるごはんって楽しい)


 二年間の幽閉生活。

 ずっと一人で食べていたので、一緒に食べてくれる二人の存在に頬がゆるんでしまう。


 妄想好きの私は、思いついた新しい設定をシエルとヴィンセントに話して。

 二人は、「そんな裏取引が商会で行われていたなんて……!」とうれしい反応をしてくれて。


 平和な朝の時間。

 ひとかけらも残さずごはんを完食してから、何をして過ごそうかと考える。


 遂にやってきた予定のない休日。


 私は自由に今日を過ごしていいんだ。


 何をしてもいい。

 どこに行ってもいい。


 好きなことを好きなようにやっていい。


 そう思うと、どうしようもなく胸が弾んでしまう。


 誰のことも気にする必要の無い自由でゆるやかな時間。


(私は何をしたいだろう?)


 自分の心に問いかける。

 答えはすぐに出た。


(かっこいい悪女っぽいことがしたいわ!)


 凜としてかっこよく生きる憧れの存在。

 大好きな悪女様だったら何をするだろうと考える。


(私の好きな悪女なら、きっと野望に向けての準備をするわね。着実に地盤を整え、計画の準備を進める)


 私は《紅の書》を開いた。

 これは《華麗なる悪女アルベルチーヌ計画》の全容が書かれた恐ろしい書物――という設定になっている私愛用のノートだ。


 計画を進めるために何が必要か。

 答えを出すまでに時間はかからなかった。


(とりあえずお金がたくさん欲しいわね)


 私の憧れてる悪女はお金大好きだし、私もお金は大好きだ。


 おいしいものを食べるにも、かっこいいドレスを買うのにも、悪徳貴族どもをぶっ飛ばして気持ちよくなるのにもお金は絶対に必要になる。


 何より、あればあるほどうれしいのがお金というもの。


(できれば、寝てるだけでお金が入ってくる最高に悪くて天才的なシステムを構築していきたいところね)


 私は今まで勉強してきた知識を活かして、理想を現実的な形にするための方法を考えることにした。


 目を付けたのは、領地を経営する領主が当然の権利として徴収しているお金――税収。


(領民さんからの税収がたくさん入ってくれば、寝てるだけでお金がいっぱい……!)


 なんと悪女として理想すぎる夢の光景だろう。


 甘美な響きに胸のときめきを抑えられなかった私は、早速リネージュを探索することにした。


 私は領地を隅々まで視察し、現地の人の話を聞いて一日中情報を収集した。


 リネージュは農業生産力に乏しい地だ。

 その原因は農業従事者と土を酷使しすぎていたことにあるというのが調査して得た結論だった。


 今までの領主たちは、この地に適正値をはるかに超える額の重税をかけていた。


 暖炉税、窓税、レンガ税、壁紙税、馬税、犬税、置き時計税、腕時計税……

 公共経済学の本を二億回ずつ読んでほしいような本当にひどい税制度の数々。


 それによって農家の人は土を休ませることができず、多毛作によって土の養分が失われてしまっていたのだ。


 悲惨すぎる領地の現状。


 しかし、だからといってあきらめるほど私のお金に対する執念は弱いものではない。


(一度税額を最適な額まで引き下げましょう。領地経営を健全化して、長期的にたくさんのお金を得ることができるシステムを構築する)


 領主代行の権限を用いての、税額の引き下げ。

 対して、リネージュの人たちの驚きは大きかった。


「そ、そんなに税額を下げるのですか……!?」


 しかし、どんな反応が返ってこようとも、自分が信じる道を突き進むのが悪女のやり方。


 加えて、領地経営を健全化するために私は《土に栄養を与える魔法》を畑と荒れ地にかけることにした。


 下級の生活魔法だけど、たくさんある魔力を活かして九十回ずつ繰り返し使えば、荒廃した土地に十分な栄養を与えることができる。


 農作業なんてまったく興味が無かった私だけど、やってみるとこれが想像以上に楽しかった。


 土を丁寧に観察し、彼らが求めているものを冷静に見定めていく。


 そこで必要になるのが土との会話だ。


 土は言葉を発している。

 鼓膜を揺らせない小さな声で、何を求めているのか伝えている。


 大切なのはその声に耳を傾けること。


 聞こえているつもりになってはいけない。

 大体こんなものだろう、と声を聞くのをやめてはいけない。


 同じに見えても違うのだ。


 私たちが一人一人違った性格と歴史と魂を持っているように、土にも一人一人違った性格がある。


(安心して。聞こえているわ、貴方の声)


 心を込めて鍬を振って、栄養を供給した土をかき混ぜる。


 小さな子供の身体に、鍬は重たく感じられたけど、しかしその感触が私には新鮮だった。


 前世ではもちろん、今世でもこんなことは絶対に許されなかったから。


『貴方は私の言うとおりにしていれば良いの』と口癖のように言われていた前世の記憶。


 自由がない厳しい環境で生きていたからこそ、そんな教えを破るのが楽しくて仕方ない。


(今、私はいけないことをしている……!)


 悪い喜びを胸に、鍬を振った。


 土の声を聞き、働き者のミミズさんを見て目を細める。

 前世で田舎育ちだったこともあって、虫にはまったく抵抗がない私だ。


(いいなぁ、畑仕事最高……!)


 すくすくと育つ作物は、私の心を不思議なくらい癒やしてくれた。


「ミーティア様がどうしてそんなことを!?」とびっくりしていた農家の人たちも、一緒に農業しているうちにはすっかり仲良くなって、毎日世間話をしながら一緒に鍬を振っている。


(これでおいしい野菜とそれを売ることによる収益が増えていく。寝てるだけでお金が入ってくる悪女らしい不労所得生活に向けて、私は着実に進んでいるのよ!)


 私は計画が進行しているのを実感して、悪い笑みを浮かべた。






 ◇  ◇  ◇


 ほっかむりをかぶって畑で鍬を振る幼い領主の姿が、領民たちにもたらした衝撃は大きかった。


 農作業を低俗な仕事として軽んじているというのが、魔法国の貴族に対する一般的な認識だったからだ。


 それも、自らの好感度を上げるためのアピールではない。

 本気で、心から農作業を楽しんでいるようなのだ。


 長身の侍女に、「もう日が暮れますから」と止められても、「嫌! もっとやる!」とわがままを言っていたから間違いない。


 ミミズを見つけてもまるで気持ち悪がらず、そっとつまんで土に返す姿に、領民たちは心を打たれずにはいられなかった。


 まだ十歳だというのに、なんと心優しいお方だろう。


 加えて、彼女が使う生活魔法は魔法国エルミアにおける一般的なそれとはまったく違っていた。


 魔法式を幾重にも重ねがけすることで生まれる、低級である生活魔法の次元を超えた効果量。


 何より、使用する回数と持久力が異常なのだ。


 魔力消費が少ない生活魔法でも、何回も使っていれば魔力が消耗していくのが自然なこと。

 しかし、彼女の魔力は何度使ってもまったく底をつく兆しさえ見せなかった。


 豊富な魔力を使って、何度も何度も同じ箇所に重ねがけをする。


 荒廃していた土地がみるみるうちに、栄養をたっぷり含んだ豊かな土に変わっていく。


 その光景は、さながら奇跡のように見えた。


 領民たちは息を呑み、そして思った。


(すごい……この人にはやっぱり特別な何かがある……)



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