第6話 私の中の怪物
(よし! なんとかごまかしきったわ!)
暴徒たちを懐柔し、生き残った私はほっと息を吐く。
最初に圧倒して勝てないと思わせ、相手の心に寄り添って懐に入り込む。
戦わずして望み通りの状況を作り出す、正に悪女らしい天才的戦略。
そのまま、生活魔法で領民さんたちの治療もしてあげた。
魔法国では軽んじられている生活魔法だけど、毎日練習していたことと、魔法式を重ねがけして出力を向上させたことで、十分回復魔法として使えるものになっていた様子。
ずっとトレーニングを続けてきたから魔力量には自信がある。
一人につき最低五十回、何度も繰り返しかけることで伝染病で衰弱した人たちを元気にすることができた。
(敵対者には容赦ないけれど、身内には優しいのが私が憧れる悪女だからね!)
かっこいい悪女な振る舞いは、領民さんたちにとっても魅力的なものとして映ったのだろう。
私のことをすごく慕ってくれて、キラキラした目で感謝の気持ちを伝えてくれた。
(か、感謝されるってこんなにうれしいものなのね)
初めてだった。
こんな風に誰かに頼られ、感謝されるのは。
心をあたたかくしてくれるふわふわした感覚。
思い返して、「えへへ」と悦に浸る。
しかし、同時に私は一抹の恐怖を感じていた。
気持ちよすぎるのだ。
感謝されるのも褒められ頼られるのも、あまりに気持ちよすぎてもっとほしいと求めてしまいそうになる。
(いけない……私の中に封印されていた怪物が暴れだそうとしている……)
恐怖が背筋を凍らせる。
(世界の中心で褒められたいと叫ぶ承認欲求モンスターが!)
飲まれてはいけない。
冷静に対処しなければならない。
私はこの怪物を飼い慣らす方法を学習しないといけない。
(落ち着け……冷静になるのよ。褒められたって何かもらえるわけじゃないし、そんなに大したことじゃない。ちょっとうれしくなって心がふわふわしてその日一日すごく良い日だったなって気持ちよく過ごせるくらいで)
自分に言い聞かせて、怪物を封じ込める。
私が憧れるかっこいい悪女は承認欲求には屈しないのだ。
「参ったわね。一番の怪物は私の中にいる。これから、この怪物とも戦っていかないといけない」
私は髪をかき上げて言う。
「いいわ。かかってきなさい、私の中の怪物。貴方を掌握して私は無敵の存在になる。逃げも隠れもしないわ。正々堂々正面から、戦ってあげる」
澄まし顔でかっこいい台詞を言って、気持ちよくなっていた私は気づいていなかった。
少しだけ開いていた部屋の扉。
その隙間からシエルとヴィンセントが私を見つめていたことを。
「ミーティア様ってちょっと痛いところありますよね」
「おそらく、同世代の友人と遊べずずっと一人で妄想ばかりして過ごしてたからではないかと」
「ミーティア様おかわいそう……でも、そういうちょっと残念なところもかわいい……!」
そんな風に話していたことなんてまったく気づくことなく、私は気持ちよく妄想に浸りながら窓の外を見つめていた。
◇ ◇ ◇
魔法を使えない者たちが暮らす荒廃した領地に赴き、無償で伝染病の治療を始めた新しい領主。
小さな少女のその姿が領民たちにもたらした衝撃は大きかった。
(貴族なのに私たちを治療してくれるなんて)
軽んじられ、虐げられてきた自分たちの常識からするととても信じられない光景。
何より驚きだったのは、少女が手が付けられない暴徒と化していた者たちから慕われる存在になっていたことだった。
血と暴力に餓えた無法者たちが自らの意志で領主に協力している。
(あの手が付けられなかった連中が……)
嘘のような光景。
しかし、それはたしかに現実だった。
二人の従者と暴徒たちの力を借りながら、少女は手際よく病人たちを治療していく。
領民たちも近づきたがらない重症者を相手にもまったくためらわない。
むしろそういう人から先に治療しようとする。
(なんて優しさと自分の魔法への自信……)
何より、驚かされたのはその魔力量と持久力だった。
繰り返し魔法を使っても彼女はまったく疲れた様子を見せない。
髪を自慢げにかき上げ、不敵な笑みと不思議なポーズで時折遠くを見つめる。
(まだ十歳なのに……恐ろしい才能……)
正に神童という他ない。
既にこれだけの魔法技術と求心力を身につけているのだ。
成長すればいったいどれだけの大人物になるのだろうか。
かすかな期待が領民たちの心に生まれ始めていた。
(この人なら、腐敗しきった国を変えてくれるかもしれない)
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