第3話 悪女への道
(ん? 悪を裁き、虐げられた人々を救う?)
ヴィンセントの言葉の意味が私はよくわからなかった。
《
しかし、それはあくまで私がかっこいい悪女になるため。
私以外の悪い連中がいなくなれば、必然的に私が世界一の悪女になれるという天才的発想に基づいてぶっ飛ばしてやろうと考えているだけなのだけど。
いったいどういうことだ……?
考えていた私は、不意にはっと気づく。
(そうか! ヴィンセントはスパイ小説のエージェントに憧れてるファンの人だから人々を救う活動もしたいというわけね!)
たしかに、小説の中のエージェントには正義のために戦っている人も多くいた。
私と同じで小説のキャラクターに強い憧れを持っているヴィンセントにとっては、人々を救うのも大事な要素なのだろう。
(でも、悪女なのに人々を救うのは違うのかしら……?)
私は憧れるかっこいい悪女が他の悪を倒して、人々を救っている光景を想像した。
(うそ、かっこよすぎ……! ダークヒーローじゃんっ!)
めちゃくちゃよかった。
信念を持たない半端な悪党どもをぶちのめし、人々を救う悪女。
一般的な価値観ではなくて、自分の中の価値基準を第一に行動している感じが最高に悪女って感じですごくかっこいい。
『私は本物の悪女だから、貴方みたいな半端な悪党は許せないの』
私はワイングラスを揺らしながら決め台詞を言う自分の姿を想像した。
最高にかっこよかった。
(よし、この方向性でいきましょう。ヴィンセントの夢も叶えられるし、一石二鳥ね!)
私は小さくうなずきながら思う。
(やっぱり悪女たる者、一緒に頑張ってくれる部下の幸せも考えないといけない。身内には優しく、敵対者には容赦ないのが本物の悪女だもの)
それから、仲間になったヴィンセントの働きはすごかった。
貴族社会に蔓延る不正や悪徳貴族の情報を見事な手際で取ってきてくれる。
その洗練された技術は、まるで本物のエージェントなんじゃないかと錯覚してしまうほどだった。
さすがこの家で誰よりも仕事が出来る《優雅で完全なる執事》
趣味であるエージェントごっこに対しても、完璧にこなさずにはいられないのだろう。
私はさらに計画を楽しく進めるために、妄想で作った敵組織の設定をヴィンセントに話した。
魔法国を陰から支配する《三百人委員会》。
貴族社会で血統主義と優生思想が広まった元凶であり、支配者と奴隷のみが存在する国として、魔法国を作り替えようとしている。
「そんな組織があるなんて……」
対して、ヴィンセントの反応は素晴らしいものだった。
まるで本当に組織があると信じているかのように息を呑み、真剣な顔でうなずく。
「皇国諜報機関が存在を把握できていなかった陰の最高組織……わかりました。調査してみます」
そして、一ヶ月後。
ヴィンセントは感情のない顔でテーブルに調査資料を並べた。
「ミーティア様の仰るとおりでした。魔法国を陰から支配する《三百人委員会》。血統主義と優生思想。人々を支配しやすいように社会構造を作り替える一方で幾多の犯罪組織を運営し莫大な利益を得ている。この国の人々が貧困に苦しむ元凶。救いようのない巨悪です」
私は紅茶を飲みながら、資料に視線を落とす。
そこに書かれた精緻で現実以上にリアリティのある情報の数々に私は感動せずにはいられなかった。
(すごい……ヴィンセントのエージェント大好きぶりすごすぎ……)
まさか、ここまで本物のエージェントのような調査資料を作ることができるなんて。
しかも、魔法国の貴族社会で本当にあった出来事や情報が見事にその中に取り入れられて調和している。
まるで、本当に《三百人委員会》があるみたい。
さすが《優雅で完全なる執事》
妄想力でも私に匹敵する力の持ち主とは。
私もかっこいい悪女として、完璧な振る舞いをして彼の期待に応えないといけない。
「焦ってはいけないわ。こんな東国の格言を知ってる? 『伏すこと久しきは、飛ぶこと必ず高し。開くこと先なるは謝すること独り早し』」
「いえ。どういう意味でしょうか」
「長い間地に伏せて力を蓄えていた鳥は高く飛ぶことができる。他より先に咲いた花は散るのもまた早いもの」
私は優雅に紅茶を揺らして言った。
「今は力を蓄えるときよ。簡単には倒せない強大な敵だからこそ、大切なのは一日一日の積み重ね。準備を続けましょう。巨悪を討ち滅ぼし、真の悪というのがどういうものなのかわからせてあげるために」
「承知いたしました」
私たちは地道に準備を続けた。
そんな私にとっては、父に見限られてからの幽閉生活はむしろ好都合だった。
余計な誘惑に惑わされることなく、叶えたい夢に向けて全力を尽くすことができる。
「ミーティア様。探されていた本をお持ちしました。活用していただければと」
私の入れられた地下室は、外との接触ができないように作られていたけれど、凄腕エージェントであるヴィンセントは警備の隙を突いて差し入れを持ってきてくれた。
床下に作ってくれた隠し部屋と書庫。
みんなは気づいてないけれど、実は結構快適な環境で生活していたのだ。
「ミーティア様、ふかふかのクッションと手作りのお菓子をお持ちしました!」
途中からはシエルも差し入れを持ってきてくれるようになった。
私が幽閉されたことに深く嘆き悲しみ、食事も喉を通らない状態だったシエルは、ヴィンセントに幽閉生活の真実を聞かされたのだと言う。
『事後報告になって申し訳ありません。ミーティア様にずっと仕えてきた彼女なら大丈夫だと判断したのですが』
『謝る必要は無いわ。二人だけで計画を進めるのも限界があるしね。たしかに、シエルなら信頼できる』
私はシエルに《
「腐敗した貴族社会の悪党どもに裁きを下す最強の悪女にミーティア様が……」
シエルは瞳を揺らして呆然としてから言った。
「悪徳貴族から人々を救おうとするミーティア様天使すぎる……あんなに小さいのに、大人っぽい仕草でかっこつけてるのも愛らしさがすごくて、余った袖とかたまらないし、正義の味方ではなく悪女と言い張るところも少し痛いのがむしろいい……」
「ごめん、ちょっとうまく聞き取れなかったんだけど」
「ミーティア様は素晴らしいってことです」
シエルは真っ直ぐな目で私を見つめて言った。
「協力させてください。私もミーティア様の力になりたいです」
(いまいちわからない部分もあったけど、すごく尊敬してくれてるってことよね。さすが私! なんて悪女すぎるカリスマ!)
褒めてくれた言葉を反芻して、密かに頬をゆるめる。
こうして、共に計画を進めるパートナーになったシエルは、ことあるごとに私に会いに来てくれた。
最初はヴィンセントが警備の隙を突いて鍵を開けていたのだけど、途中から彼の力を借りずに一人で来るようになった。
「できるかなって鍵開けの練習をしていたら意外とできまして」
「……そんな簡単なノリでできるものなの?」
「私、昔から手先が器用なんです。回すときにちょっと工夫が必要でコツがあるんですけど」
シエルは少し誇らしそうに目を細めて言った。
「私のミーティア様への気持ちは、こんな鍵くらいでは止められないので。実質お腹を痛めて産んだ娘だと思ってますから」
いまいち聞き取れないところもあったけど、かっこいい悪女である私の魅力に心酔してくれているのだろう。
(協力してくれる二人に応えるために、私もがんばらないと!)
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