画面の端が黒く覆われる。


「これはお前だろ」

 指を差される。なにを指摘されたのかわからなかった。


 画面に現れた黒い形状は、刻々と人のかたちに変化する。進み来る女の前に立ちはだかる。

 真っ黒な影は、何者かの後ろ姿だと気づいた。


 ふざけるな、なんでだ、いいかげんにしろよ。

 過ぎた昔に発した怒号を、聴覚がとらえる。激高してわめき散らす低い声に、生半可でない憎悪がこもる。


 これは誰の感情だ? 陰気で、気持ちの悪い女の執心に対して、いだくのは激しい嫌悪と殺意だ。俺が考えてるのか? どうしてこんなにつきまとう。考えたくない。しつこい、気色悪い、鬱陶うっとうしい。


 ああ、吐き気がする。


 女の執着がまったく理解できない。話しかけても反応がなく、追い払っても戻ってくる。理由を語らず、理屈も通らない。

 意思の疎通を試みても無駄だった。際限のないつきまといに疲弊した。


 職場のビルから警備員に追い出されると道路で待ち伏せる。自宅前に立ち続ける。郵便物が無くなり、無言電話に悩まされる。無断で家に入り込む異変を感じ、警察に相談しても、証拠を残さないからどうにもならない。


 男のストーキングは問題になりがちだが、逆は深刻に受け止めてもらえない。女の暴力は、男の脅威になりにくいからだ。

 警察に相談しても、対応に困ったように笑われる。好意なんでしょ。放っときゃそのうちあきらめるよ。


 冗談じゃない。


 あれは人の姿をしているのに、中身は違うかのように思えた。一秒ごとに頭が変になりそうだった。どっかへ消えてくれ。頼むから。

 思いあまって、こう考えた。俺が死ぬか、あいつを殺すしかない。


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