終ワラセ/ナイ/ト
内田ユライ
「部屋借りるときって、前の居住者が気になったりしませんか?」
うーん、と対面にいる相手が頭をかしげた。ビール缶のプルトップに指をかけながら応じる。
「俺は、事故物件でも気にならないかなぁ」
小気味よい開栓の音が響き、飲み口に白い泡が散る。ぐっとあおって一息をつくと、前髪へと手をやり、顔をしかめた。
「あんなのは気分的なもんでしょ。同じ物件なら安いほうがいいに決まってるよ」
言い終えると、快活に笑った。
外回りの仕事をしているのか、目の前に座っている男はほどよく日に焼けた肌をしている。なかなか彫りの深い顔立ちで、精悍な長身とくれば女に苦労もしないのだろう。横文字の入った大量生産のTシャツですら、雑誌に載ってそうなブランドの商品に見えてくる。
「そういうの気にするほう?」
「ええ、まあ──」
気弱に聞こえて、あわてて言い変える。
「どっちかというと……霊現象がどうこうと言うよりは、ああいった物件に住める人間が気になりますね。なんせ、近隣の民度にも関わるらしいですから」
「ああ、なるほど」
そういうのはあるよね、と相手が笑い、ビールの缶に口をつけてごくりごくりと喉を鳴らすと冷えた息をひとつ吐いた。
「んじゃ、ここに越すまでにけっこう調べたんだ」
「それほどでもないですけど……でも、そういうサイトは検索しましたね」
ふうん、と相づちを打つものの、さほど興味はなさそうだった。手元のスマートフォンに左手を伸ばし、親指で画面上の操作をしている。
器用な手つきだった。男にしては指が長いし、短くて太い自分の手とはえらい違いだ。
「そういうのってさ、調べても出てこないものもあるから、あんまりアテにならないんだよねえ」
含みのある口調に聞こえた。
それよりさ、と気を取り直したように言う。握りなおしたスマホを、右手の人差し指でなんども横にスワイプさせている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます