第7話 忘れていたビッグイベント
「うーん、いい朝だ」
午前7時、俺はスマホのアラームを消して起きた。
なんだかんだで快眠できた。
これもまた俺のいいところの一つだな。
……こんな特技で白鳥先輩は食いついてはくれないだろうけど。
「さてさて今日は……?」
俺はソッとカーテンに触れて隙間から外を覗く。
想定通り、燈が門の前で待機していた。
「今日はどうやって家から脱出したものか……」
最初の頃は燈の顔が見えるだけでうんざりしたものだが、最近はゲーム感覚で楽しめるようになってきた。
まあ、ないに越したことはないんだけど。
とりあえず、昨日の反省を踏まえて目に見える燈が本物か確かめる必要があるだろう。
俺は机の引き出しに入っている苦無(ゴム製)を取り出し、窓をわずかに開けて燈目掛けて投擲した。
「いたっ!」
燈は頭を抱えてうずくまった。
しめしめ、今度は本物というわけか。
燈に付け狙われるようになってから購入した忍者グッズが最近は火を噴くように活躍している。
俺は制服に着替え、階段を駆け下りていく。
テーブルの上に用意されていた食パンをかじりながら裏口を出て一目散に学校へと向かった。
◇
始業の鐘五分前に教室に到着する。
燈の奴、結局俺に追いついてきやがった。授業というイベントがなかったらマジで一生追い回されている気がする。
――学校、ラブだぜ。
「よぉ、おっぱい星人、元気か?」
深山が心底軽蔑した目で俺を見る。
「……誤解だ深山。俺が愛してやまないのは白鳥先輩だけ。それ以外は有象無象の塵芥だ」
「なるほど、お前は俺の妹も塵芥だと?」
「……すまん。もう好きなようにしてくれ」
よくユーチューバーが炎上したとき、なにを言っても批判の嵐ということが起きているけど、今まさに同じ状況に立たされている。
今の俺は木に括りつけられて燃やされる寸前の男だ。
「冗談だよ。妹までお前の異常体質にやられたのは不満だけど、お前なら安心だからな」
「深山……俺のこと、そんなに信用してくれていたのか……」
「ああ、お前は白鳥先輩以外はゴミのように見てるもんな」
「ぐ……!」
そこを突かれるとなんも言えない。
とりあえず深山の信頼を取り戻せたのはよかった。
そう考えている内に、森永先生が教室に入ってきた。
……なんか、昨日よりもブラウスがパッツパツな気がするけど大丈夫ですか先生。
「今日から本格的に授業が始まるので、みなさん真面目に勉強してくださいね」
尻をフリフリ振りながら話す森永先生。
エロいというよりもはやギャグだ。
「あ、それと来月は体育祭があるから、体育祭はその練習になると思います。詳しくは体育の先生に聞いてくださいね」
――体育祭。
その言葉が微睡んでいた俺の耳に飛び込み頭を上げた。
忘れていた、あの特大ビッグイベントのことを!
1年生から3年生までが一堂に会して行われる体育祭は、俺が白鳥先輩に近付けるイベントの一つだ。
――といっても、俺は果てしなく運動音痴だ。
成果で白鳥先輩に注目されることはない。
事実去年は俺の存在には一秒たりとも気付いてもらえなかった。
だが今年は違う。
運動音痴なことが分かっている以上、そこで勝負はしない。
――とにかく笑わせる。三枚目としてなんとか白鳥先輩の笑顔を獲得するのだ!
そのためにこの一年間、お笑い忍術の練習をしてきたのだ!
「うふ、気合入ってるわね新藤君。今年からは先生も参加するからみんなで頑張りましょうね」
俺の気合の入りようが伝わってしまったのか、森永先生はそう言って朝のホームルームは終わった。
だが、それよりも捨て台詞の方が気になった。
――あの先生、絶対体育祭に参加するためになんかしただろ。
去年まで先生が参加するということはなかった。なにやらかす気だあのギャグ先生は。
「いや、待て」
俺は思わず独り言を呟いてしまった。
先生が参加するだけならいざ知らず、今年は新1年生も参加する。
ということは舞ちゃんも参加するということだ。
俺は両手で頭を抱えた。
そういや去年の時点であの淫魔どもに邪魔されまくっていた。
くそ、今年はさらに増えることになるのか。
一発芸の練習のほかにその対策まで考える必要があるとは……。
白鳥先輩までの道のりは遠いな。
誰か助けてくれないかなあ。
なんてぼんやり考えながら、一時限目の準備をした。
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