ヤンデレ宇宙戦艦『橘カオル』(読切り版)

石の上にも残念

修羅場で試される愛の形

「……」

俺、ヤスヒロ・サイグサはその光景に茫然とした。


横を見れば、その光景に当然と頷く女性が一人。

豊かな黒髪を腰まで真っ直ぐに伸ばした抜けるように色の白い、大和撫子然とした女性。年齢で言えば18歳ぐらいだろうか。


格好は独特で昔話に出て来そうな、旧時代の軍服を着ている。

なのに、なぜかパンツではなく、スカート。

それもミニスカートだ。

細くしなやかな足が艶めかしい。

彼女は名前を橘カオルという。


どこからどう見ても生身の女性にしか見えないが、実は彼女は人間ではない。

いわゆるアンドロイドというものだ。


「……ど、どうすんだよこれ……?」

頭を通らない心の声がポロリと零れた。

その声を自分で聞いて我を取り戻す。

慌てて隣の女性へと向き直る。

「どどどどどうすんだよこれ!?」

詰め寄って襟首を掴もうと――


――パシン――


――軽い音ともにビンタ。

音は軽いが威力は絶大で、俺は糸の切れた操り人形のようにカタンと崩れ落ちた。


「不敬ですよ。なんですかその口の利き方は?」

凛々しい声で鋭く叱責する。

威圧的でいて、品のある、妙に耳に心地よい声。

「まだ調教が足りないようですね」


腰に差した細い棒ムチを取り出すと、その先端を赤い舌でチロリと舐める。

「ヒィッ!?」

思わず声が裏返る。


「いや、待て!?」

「……マテ?」

コテンと首が傾ぐ。


「あ、いや、待ってください!待ってください、橘将ぐ――ヒュン!――ヒィッ!?」


鞭が鼻先の空気を抉り取り、甲高い音を奏でた。


「私のことは、カオルと呼びなさいと教えたでしょう、ヤスヒロ?」

「す、すみません」

「誰への謝罪ですか?」

「も、申し訳ございません、カオル」

俺が名前を呼ぶと、頬を赤く染めて、恍惚とした目をする。


有体に言ってかなりヤバい雰囲気だ。


「あ、いや、そうだ、それよりこれですよ!?」

「これ?これがどうかしました?」

そう言うと、目の前に横たわる絢爛な装飾のあるかっちりした服を着た、金髪の女性の頭を軍靴の硬い踵でグリグリと踏みつけた。


正確には、彼女以外にも、何人も倒れている。

中でも一番絢爛な装飾を身に着けているのが、目の前で倒れている彼女……いや、現実逃避は辞めよう。


彼女の名はダレキオン大宇宙軍第6分割地独立大隊、通称『ヒュージウイング』大佐、ミーシャ・ヘイル・アッカーマン。

またの名を“ヘル”・アッカーマン地獄のアッカーマン


絢爛な装飾……つまり勲章が示す通り、ダレキオン大宇宙軍の支配圏の中でも、最も過酷と言われる第6分割地にその名を轟かせている女性将校だ。

そんな歴戦の勇士たるアッカーマン大佐をはじめ、彼女の腹心たちが、目の前に倒れているのだった。


「問題ありません。ヤスヒロに色目を使った雌牛とその種牛どもを正しく処理しただけです。もしこの行動が問題であると言うならば、問題なのはその倫理観だと言えるでしょう」

カオルは腕を組んで深く頷く。

アッカーマン大佐の頭を踏みつけたまま。


「言えるわけないでしょうが!?どうするんですか?いやホントにどうするんですかぁ!?」

飛び跳ねて立ち上げると、カオルの肩を掴む。


「……ヤスヒロ、貴方、妙にこの雌牛の身を案じますね?」

その目は氷のように冷たい。

「え?」

「淫売に詰め寄られまんざらでもなかったとでも言うのですか?」

「え?そんなことは……」

肩を掴んでいた手を逆に掴まれる。

白絹のような滑らかな手袋越しに感じる体温が高い。


「……私の愛がまだ伝わっていないとは……調教プランを一から修正します。今日からは教育負荷を27.5%引き上げなければ……はあ……艦長の教育が斯様に大変だとは……」

「え?27?え?え?」

戸惑う俺を置いてけぼりに、ゆるゆると首を左右に振り、憂いに満ちた顔をするカオル。


「ヤスヒロの性癖分析もまた一からやり直しですね。まさか、こんな品のない雌牛に心を奪われるなんて……」

「……性癖分析って、まさか、あの……?」

思い出すのは1カ月前の忘れられない3時間。


「さあ、戻りますよ。可哀想なヤスヒロ。私のヤスヒロを思う心がどれほどであるかを、爪の一枚一枚、髪の毛の一本一本、唾液の一滴に至るまで教え込まなければ、ヤスヒロの心の安寧は得られません」


死屍累々となったポートのブリッジを華麗に無視して、身体を翻すカオル。

ふわりと流れた黒髪から甘い香りが漂う。


その香りは、俺の好きなバラ、ヒイロノソラの香りだ。


「何をしているのです?早く行きま ……まさか、私よりその雌牛の方がいいとでも!?いえ、まさか生きている人間よりも!?」

可憐な顔を驚愕に染めるカオル。


「そんなわけないでしょう!?って、うえ!?」

「これは由々しき事態です。可及的速やかに対処しなくては」

俺の声を無視して、カオルの手が伸びる。


――カチャ――


軽い音とともに、俺の首に首輪が嵌められる。

首輪から伸びたリードの先を持つのはもちろん、カオルだ。


「さあ、参りますよ」

問答無用で首輪を引っ張られ、俺はポートに停まる巨大な船……宇宙船の中へと引きずり込まれた。


この宇宙船こそが、カオルの本体……ではなく、本体から射出された連絡船である。


そう、橘カオルは宇宙船に搭載された管理AIである。

その管理AIが自立行動するために用意されているのが、今の橘カオルのアンドロイドボディなのだ。

そして、俺は、カオルに認められた唯一の人間、宇宙戦艦『橘カオル』の艦長である。


何が起こってこうなっているのか?


それを語るのは、これからカオルの教育を受けてもまだ、俺が生きていたら、の話だ。




誰か、助けてくれ……。


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